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そして、ひとまず平穏と呼べる日々が戻ってきた。
鈴鳴 神社で起きた火事は、ミオ達の協力もあり拝殿の一部が燃えるに止まりった。火事による怪我人も、近所の建物等への被害もなかったようで一安心だ。
神社に放火した妖含め、鈴鳴川で暴れた妖達は、ひとまず妖狐の国の牢屋に入れられたという。これから審議が順次開かれ、彼らの処分が決まるそうだ。だが人の世では、神社の火事の原因は不審火となっている。放火の疑いがある為注意するようにと、ご近所にはそんなアナウンスが流されていた。
そうなったのも、犯人が妖で、人間に妖を引き渡す訳にはいかないからだ。
勿論、警察も消防もその事実は知らない、もし警察に連行されれば、囚われた妖が何をするか分からない、能力によっては人間ではないとすぐにばれてしまうだろうし、それで暴れられでもしたら、妖の存在が公にされてしまう。人の世でひっそり暮らしてきた妖達も、人の世では生きていけなくなるだろう。なので、近所の人々には不安にさせて申し訳ないが、人の世の妖達を守る為、火事の真相は人々には伏せられる事となった。
その鈴鳴神社だが、暫くは修復工事の為、神社内は立ち入り禁止となった。真斗 のカフェも、その間はお休みだ。
それでも火事があった事を心配して、火事のあった翌日には、ご近所さんやユキ目当ての参拝客も多く訪れていた。ご近所さんや参拝客の対応をしているユキ達の姿を見ると、理由は何であれ、愛されている神社なのが伝わってくる。
鈴鳴川で起きた騒動も、結界を巡らせていたお陰で、人間がそれに気づく事はなかったようだ。人の世で暮らす妖達には知られていたが、弱っている所に攻めこもうという妖もない。神社にやって来るのは、人間同様、神社やゼンを心配する妖達ばかり。それは、人の姿だったり、動物の姿だったり様々で、春翔 はまるでおとぎ話の世界を覗いているような気分になる。
そして皆、神社やゼンが無事だと聞いてほっとした様子で帰っていく。その様子に、この神社もゼンも、人の世の妖にとって大事な存在なのだと改めて感じ、その度に、春翔の胸には嬉しさが込み上げていた。
そうして、レイジと真尋 が妖の世に行ってから、早くも一週間が過ぎていた。
春翔は今、鈴鳴神社の敷地内にある真斗の家、その中庭で、干していた洗濯物を取り込んでいる。
「うん、良く乾いてる」
今日は良く晴れたので、洗濯物もカラッと乾いて気持ちが良い。溜めてしまった分も洗って正解だ。
あの騒動以来、春翔は暫くの間、真斗の家で過ごす事となった。
怪我もあるが、カゲが体から出て行った影響で体調が安定しない為、暫くは医者である真斗の側で様子を見る事となった。妖が関わっているので、普通の医者では対処出来ない症状が出る可能性も考えられたからだ。
洗濯物を取り込みながら、春翔はふと木々の向こうに目を向ける。
トンテンカンと、拝殿の修復工事の音が聞こえ、その合間に、楽しそうな笑い声も漏れ聞こえてくる。
修復工事を行っている業者は妖だ。人の世で人として生きている妖達で、会社も彼らが経営しているらしい。妖が人の世に溶け込んで生きている事は知ってはいたが、レイジ以外にも(レイジの場合は、隼人 の功績が大きいが)会社を経営している妖がいるのだと、彼らの人として疑いようもない姿や仕草に、春翔は改めて驚いていた。
彼らが何を話しているのか分からないが、彼らにとっても、この神社には何かしら思い入れがあるようだ。
真斗の家は、神社の敷地内、拝殿の裏手にある。拝殿の裏には森のように木々が生い茂っていて、その木々の手前には結界が張ってあり、拝殿の裏手へ人の意識を向けさせない、人を自然と寄せ付けないようになっている。なので、古くからこの地域に暮らすご近所さんだって、誰も鈴鳴神社に家があると思いもしないだろう。
古い平屋建てのこの家は、スズナリがいた頃はよく妖達が集まっていたという。相談事を持ち込んだり、何か問題が起きれば対策を皆で練ったりと、人の世の妖達の中心の場所だったようだ。
その為この家は、妖からも人からも身を守るに、一番安全な場所でもあった。春翔もカゲに取り憑かれていなければ、ゼンと再会した後、真斗の家に運ばれたのだろうが、ゼンを恨む妖を安全な結界内に入れる訳にいかず、春翔はゼンの家に運ばれたのだという。今、春翔の中には何もいないので、安心して真斗の家に居られる。
それにここには、真斗の他、ユキや、治療を受けているゼンもいる。
春翔はふと、取り込んだゼンの着流しに視線を落とした。
カゲが体の外へ出たあの夜から、少年のゼンの夢も、怖いゼンの夢もぱたりと見なくなった。
人工呼吸の件は省いて夢の事をユキに聞いてみれば、怖いゼンの夢は、恐らく春翔の中のカゲがゼンを悪者に仕立てようとして、意図的に見せていたのだろうという事だった。
少年のゼンの夢は、カゲが復讐を果たす為、春翔とゼンを再会させる必要があったからだろうと。春翔がゼンと出会わなければ、カゲの復讐は果たせない。なので、記憶を失った春翔にゼンを思い出させる為、しまい込ませた記憶の一部を夢として見せていたのかもしれないと。
「………」
そうして夢の中の出来事を思い出し、春翔は思わず頬を熱くさせた。春翔は熱い頬を手で仰ぎ、その熱を誤魔化すように、慌てて干していた白いシーツに手を伸ばした。
夢のチョイスに関しては、カゲの判断なのか、それとも春翔自身の思いが強かった場面だったからなのか、はたまた最後に見たゼンとの記憶だったからなのか。
何にせよ、ゼンの話を聞けば、何か分かるかもしれない。
だけどまだ、ゼンとは話が出来ていなかった。話してくれると言ったから、きっと話してくれるのだろうが、この一週間、ゼンは眠り続け、話せる状況ではなかったからだ。
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