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保健室の秘めごと
ゴールデンウィーク過ぎ、まさに五月晴れとなったその日、半分だけ開け放たれた窓から入りこむ風に踊らされる白いカーテンを、俺はぼんやりと見つめていた。教室では二時限目の最中だ。退屈極まりない数学の授業の。
俺も高三になってこんな所でさぼっていられる身分じゃないのは充分わかっている。でも、一度知ってしまったからには抜け出せない。やったことはないけど危ない薬と同じで、すっかり身体が味を覚えてしまったらしい。ここから自分を引き上げるのは到底不可能だと思える。
窓からは眠くなりそうなほど肌に気持ちいいそよ風だけじゃなく、校庭で体育の授業を受けている生徒達の声も入ってくる。平和で、いつもと変わらない学校生活。俺の友人も、クラスの奴らも、担任も、誰も知らないことがもうすぐここで始まろうとしている。
ほら、聞こえてきた。廊下を進むサンダルの音。細身のくせに立てる足音は力強くて、どこか乱暴な響きを含んでいる。その人物は保健室の扉を開け、閉めた。鍵をかける前に間があるのは、中に俺しかいないのを確認しているから。
足音が近づいてくるにつれ、俺の鼓動も落ち着かなくなってくる。みんなの先生も、今は俺一人のもの。女子の憧れでもある二十五歳の独身男。
彼の手が、そっと軽やかに俺の額に置かれた。熱なんてないって知ってるのに、一応のポーズだけはつけたがる。
俺は覗きこむ端正な顔をまっすぐ見上げてやった。目にかかりそうな前髪をかきあげたくてたまらなくなるけど、ピクリとも動かない。ここでは俺は完全に受け身になる。何をされてもされるがままでいるだけ。手を出してしまったら、彼が一瞬で消えてしまいそうで怖いから。
白衣の裾を翻しながら、先生は静かに俺の上に乗ってくる。既に第二ボタンまで開けていた俺のシャツに手を伸ばし、ゆっくりと楽しむように更にボタンを外してきた。だけど全部は外さない。最後のひとつだけは残したままで、右手を素肌に滑りこませる。細くて、器用な指先の一本一本が、俺の骨格を探り出す。往復を楽しむ手はいやらしく俺を挑発し、シーツへと深く身を沈めさせる。もう一方の左手は、頭上で俺の両手首を封じていた。抵抗なんてするはずない。いや、できないのは、もちろん彼も承知の上で。
腹筋を這い回っていた手が、望むべき個所へと移ってきた。遠慮のない視線で俺をがんじがらめにしながら、親指の腹を使って何度もはじく。
感じてなんかやるものか。初めてそれをされた時、俺はそう思った。なのに、そんな痩せ我慢はするだけむだだった。
くすぐったさを通り越して、下半身が疼く快感が徐々に内部を満たしてくる。思わず出かかったうめきを、唇を噛み締めてこらえた。もし誰かに聞かれたらと考えると、声は出せなかった。そして、その歯がゆさがより興奮を促すのも学んでいる。
片側だけ剥き出しにされた胸が、今度は別の部位でいたぶられ始めた。歯を立てられたかと思うと、舌で癒される。それを繰り返されるうち、どうにも抑えられなくなって、自分から腰を突き上げていた。股間に当たる彼の片膝になすりつけるようにして。
先生の口元が微かに、優しく緩んだように見えた。それから、上半身に手をかけた時と同じくらい、いや、もしかしたらそれよりも慣れた手つきで学生服のズボンを下げる。
新品のブリーフに口づけされた瞬間、一気にそこも心臓も動悸を打った。手でもいい、口でもいい、早くなんとかしてほしいと頭の中で叫ぶ。それを感じ取ったのか、先生はその両方を駆使して、俺自身を慰めてくれた。隅から隅まで、口に出すのもためらわれる場所さえも愛撫してくれる。
髪を弄ぶそよ風よりも快い感触が全身を包み、体温を上げ、酔わせる。
彼と俺とで濡らしたそこが、大きく立ち上がった。
白衣が太腿をこすり、気づくと再び先生が俺を見下ろしていた。無意識に掠れ声で出た彼の名前。上じゃなく、下の名だ。
唇を唇で押しつけられるのと同時に、下で彼の手が動きを速めていった。苦しい。俺自身も、呼吸も、解放を求めてあがく。
そして、俺は真っ白になった。喘ぎは口で封じられたままで。糸を引いて離れてゆく彼の唇が、静かに微笑む。
その顔を見ながら、俺は考える。抜けられないのは、これがこの上なく気持ちいいことだからなのか、それとも、先生に恋しているのか、と。考え続けて一年経つが、いまだに答えは見つからない。ただひとつだけわかっているのは、卒業した後も、どこか、ここじゃない別の場所で、この秘めごとを続けられたらと願っている自分がいるってことだ。
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