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第3話 同室

ピッとカードをかざして部屋のドアを開けると、 カーテンが揺らめいてその間から溢れる光と 目の前に広がる海が目に入った。 「海、海、海〜 凄いね! 僕達でもこんないい部屋がもらえるんだね! ねえ、矢野君はどっちのベッドが良い?」 僕たちは従業員用の別棟に案内され、 与えられた部屋にやって来た。 部屋はツインのベッドがあるシンプルな作りで、 窓からは海が全望できた。 窓に駆け寄り矢野君の方を振り向くと、 彼はもうトイレに近い方のベッドに寝転がって携帯をいじっていた。 そんな矢野君を横目にもう一つにのベッドへ行くと、 荷物をその上におろした。 「あのさ~ 矢野君、 5週間一緒に過ごすわけだからさ、 仲良く出来ないかな?」 ベッドの上に置いた荷物を片しながら僕が訪ねた。 矢野君は相変わらず僕を無視している。 「あのさ、僕、君に何かした? どうして怒ってるの? 僕に怒ってるの? 僕がバスに遅れたから? 僕がどんくさいから?」 そう尋ねても、 彼は僕を無視して音楽を聴いていた。 彼と仲良くなることは諦めて、 僕はサッと荷物を仕分けると、 ベッドに座って大きなため息をついた。 その途端矢野君が、 「お前さ、知ってたのか?」 と尋ねたので、何のことを訪ねているのだろうと不思議に思った。 「知ってたって…… 何を? 僕、配置の事も、部屋割りの事も 何も聞いてなかったんだけど……」 そう言い返すと、 「そんな事じゃないよ」 と彼はぶっきらぼうに言った。 いい加減僕もイライラとしてきた。 「あのさ、初日だから仲よくしようって下出に出てたけど、 矢野君、一体何がしたいのか、何が言いたいのか分かんないんだけど…… 僕に怒ってるのかと思えばそうでもなさそうだし、 はっきり言いたいことがあったら言ってくれる? 僕は感のいい方じゃないし、 ちゃんと話してくれないと、 分からないんだけど!」 半ばヤケ気味でそう言うと、 「あのさ、今回ここに来たのは、Ωはお前だけって知ってた? おかげで俺がお前と組む羽目になったし、 色々とやりたい事あったのに、まるで計画倒れだよ!」 と来たので、 「え? それって君はこの中でただ一人のβって事?」 と尋ねると、 「なんでそうなるんだよ!」 と彼はまたぶっきらぼうに答えた。 「え~ Ωの僕と一緒に居るってことは Ωかβでないと大変でしょう? 僕だけがΩだったら、 消去法で行くとβしか残ってないじゃない!」 僕がそう言うと矢野君はちょっと考え込んだようにして、 「違うよ。俺のどこがβに見えるんだよ。 何処からどう見ても俺ってαだろ?」 と来たもんだ。 「え~ そんな事言われても…… 見ただけで第二次性なんてわかんないよ……」 そう言うと矢野君は、 「まあ、お前みたいなヤツには難しいかもな」 と、少し笑って言った。 でも、矢野君がαって言うのは納得できるかもしれない。 そう言ったオーラが出ているのは確かだ。 それに、α特有のルックスとスタイルを兼ねている。 きっと頭も良いんだろう…… スポーツだって…… 「αって、何でも持っているよね! 羨ましいくらいだよ! でも、αなのに、Ωの僕と組んでも大丈夫なの?」 僕がそう言うと、彼の雰囲気が少し変わった。 “また不機嫌?” そう思っていると、 彼はびっくりするようなことを言い出した。 「俺がお前と組まされたのは…… 俺がポンコツのαだからだよ」 僕は矢野君のそのセリフに度肝を抜かされた。 “ポンコツ? どういう意味で?” 僕は何と返答していいのか分からなかった。 少し彼に対して失礼だけど、 何故彼が自分の事を “ポンコツ” というのか興味もあった。 そして僕の、 “知りたい” と言う、興味が勝ってしまった。 「ポンコツって…… 一体どういう事?」 僕がそう尋ねると、 「お前は知らなくってもいいよ。 ただ、これだけは言える。 俺はΩの発情に興奮できないから、 お前と一緒にされたんだよ。 だから、いくら俺がαとは言っても、そこは心配するな」 と来たので、その後僕は何も言えなくなってしまった。 “一体どういう事なんだろう? 彼は生殖器官に何か障害があるんだろうか? ダメダメ、これは彼のプライバシーにかかわるから考えちゃだめだ” でも僕の妄想は加速度を増して、 どうして彼がΩの発情に興奮できないのか、 その事を頭から切り離すことが出来なかった。 “だからなのかな? こんなにいつも不機嫌なのは……? 彼は自分の人生に絶望してるのかな? 僕に何か出来ることは無いだろうか? あ~ せめて何が問題なのかわかれば…… 最初はなんて奴だろうって思ったけど、 やっぱり冷たくされても彼には優しくしてあげよう……” と訳の分からない同情心が芽生えてきた。 僕は窓辺に立って外を眺めると、 「従業員用の部屋ってホテルの方に比べると寮みたいなんだね。 やっぱり宿泊客みたいにはいかないか~ でもここからの眺めも最高だね……」 そう言うと、 「お前さ、何故俺がΩに興奮できないのか聞かないのか?」 と矢野君が訪ねたのでびっくりした。 「え? 話したいの? 矢野君が僕に聞いてほしいんだったら、 僕、一晩中でも話を聞くよ?」 そう言うと、矢野君は寝返りを打って壁の方を向くと、 またおとなしくなった。 “ΩにはΩの悩みがあるように、 きっとαにはαの悩みがるんだ……” 僕は本当に、彼の力になるんだったら、 一晩中でも彼の話を聞いてあげるくらいは出来ると思った。 「あのさ…… とりあえず今日は一日自由だから、 後でビーチにでも繰り出してみない? 気分じゃ無かったらプールで日向ぼっこでも……」 僕がそう言うと彼はムクッと起き上がって、 「お前さ、発情期はどうなってるんだ? ちゃんとコントロールはしてるのか? いくら俺が反応しないからって他は違うんだからな。 いわばお前ってαの狼の群れに放り投げられた餌みたいなもんだからな」 と僕の事を今度は心配してくれた。 「大丈夫だよ。 ここに来る前に終わったばかりだから次は帰った後だよ。 よっぽどのことがない限りは大丈夫だよ……薬だってちゃんと飲んでるし。 僕の事心配してくれてるんだね。 ありがとう」 僕がお礼を言うと、彼はまた舌打ちをして、 「よっぽどの事って…… どんな事だよ?」 とぶっきらぼうだけど、やっぱり心配してくれてる。 本当は良い人なのかもしれない。 「う~ん、よっぽどな事って言ったら、 そうだね、誰かを好きになるとか~ 運命の番が現れるとか!」 そう言うと、 「運命の番か……」 と彼がぽつりと言った事が凄く印象的だった。 何処がどう印象的だったのかうまく言えないけど、 そう言った時の彼の表情がとても切なかった。

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