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第59話 暴露

「光の大学のフェスに行ったんだって?」 佐々木君に尋ねられ、 僕は深いため息を付いた。 「光に聞いたぞ。 ヤバい事になったな。 あいつ、かなりパニくってるぞ」 僕は佐々木君をチラッと見ると、 「だろうね…… あれ以来、僕に会おうとしないんだ……」 そう言ってまた深いため息を付いた。 佐々木君も同時にため息を付いて 「俺にだって会おうとしないよ」 と言った後、 「あのな、気を落ち着けて聞けよ」 ときたので、佐々木君のそのセリフに、 何を言われるのだろうと心臓の鼓動が速さを増した。 僕はゴクリと唾を飲み込むと、 矢野君の話に聞き入った。 「光の家族が元彼の事を話してしまったんだ」 佐々木君が顔を両手で塞いで気まずそうにそう言った。 「え……? あの矢野君を裏切ったっていう?」 「ああ、何故光がΩのヒートに煽られないか説明するためには もう隠しておけなかったんだよ」 その情報に僕の心臓はドクドクとなり始めた。 「それで矢野君の反応は?」 体まで震えてきそうだ。 「勿論信じはしなかったけど、 Ωに反応しない理由に於いては的確だろ? あいつも信じざるを得ないよな。 今の時点では、番が居るっていう事実よりも よっぱど信憑性があるだろ? それに光の家族は誰一人としてお前の事を知らないしな」 「ねえ、僕はこれからどうしたらいいと思う?」 そう尋ねると、佐々木君は暫く考えたようにして、 「実はな、光、咲耶に会わせろって言ってるんだよ」 と眉をひそめてそう言った。 「え? 元彼に? でも、どこにいるか分かってるの?」 「いや、何処にいるかわ分からないけど、 光の家族にしたら咲耶の事を探すのは、 猫の子を探すよりも簡単だろうな」 「じゃあ、矢野君は彼に会うことになるの?」 「どうだろうな…… 家族の方が難色を示してるんだよ。 記憶がないって怖いよな。 まさか光が咲耶に会いたいと言うなんてな」 「ねえ、僕、矢野君に会うこと出来る?」 「お前、自分の事言おうと思ってるのか?!」 「言いたいのは山々だけど、 僕の事まで話してしまうと、 情報が多すぎて矢野君、 きっと頭がパンクしてしまうよ。 僕、何だか無性に矢野君に会いたくて…… 話がしたくて…… ねえ、無理かな?」 「実を言うとさ、 もう一つ光の家族が提案してることがあるんだ」 とまた意味深なことを語り始めた。 「え? 何か他にも手があるの?」 「これは記憶喪失に効くかは分からないが、 脳に電気ショックを与えてみようかって話になってるんだ」 「脳に電気ショック?」 「ああ、そう言う治療法もあるみたいだ。 効くかは分からないけどな。 でもどの道、何か策を取らないと このままだと光、精神的にやられてしまうかもな」 「え? そんなになの?」 「まあ、記憶を無くしているとは言っても、 咲耶との経験は聞いていても 気持ちの良いものではないからな」 「それはそうだけど…… もし電気ショックで思い出したとしたら、 僕の事も思い出してくれるのかな?」 「それはどうだろうな…… 全く何も思い出さないって事もあるだろうし、 もしかしたら咲耶の事しか思い出さないかも知れない…… そこは全く予測出来ないんだよ」 「でも矢野君は元彼の事をすでに聞いてるから 元彼の事を思い出しても、 そこ迄のショックはないよね?」 「どうだろうな、 実際に経験を思い出すのと、 聞いただけの物では感じ方も違うし、 その時に思っていた思いも違うしな」 「矢野君は電気ショックについてはどう思ってるの?」 「抵抗はあるみたいだが、 記憶を戻したいって言う思いの方が強いんじゃないか? 光の口ぶりからいくと、 どうしても咲耶との事を思い出したいみたいだからな」 矢継ぎ早に色々と聞いたけど、矢野君には元カレの事しか頭に無い様だ。 悲しいけれども、僕は現実を認めるしかない。 「彼の中には僕はちっとも居ないんだね」 そうボソッと言うと、 「残念だが、 今の時点ではあいつの頭の中は咲耶で一杯って所だろうな。 スマン、本当はこんな事お前には言いたくなかったんだが、 どの道バレるだろうから……」 と気まずそうに、 それでも正直に話してくれた。 「ううん、話してくれてありがとう。 少なくとも心の準備は出来るよ」 そう言うと、急に佐々木君の手が僕に伸びてきた。 ビックリして首を仰け反ると、 彼は更に手を伸ばして僕の頬に触れた。 そしてそっと頬を拭うと、 「お前、涙が出てるぞ」 そう言って僕を懐に引き寄せた。 「佐々木君……、ごめんね、ごめんね」 僕は謝るしか出来なかった。 矢野君のサマフェスから こんな展開になるとは思いもしていなかった。 どちらかと言うと、 少しの期待と希望があった。 フェスで少しは矢野君に近づく事ができるかと思った。 「なあ、お前、番の解消は考えた事ないのか?」 佐々木君にそう尋ねられビックリして彼の顔を見上げた。 今まで一度たりとも考えた事が無かったからだ。 僕はしっかりと佐々木君の目を見ると、 「僕ね、未だにあの日の潮の香りを嗅ぐ事が出来るんだ。 波の音と、矢野君の笑顔と彼の香りが 未だに僕の中から離れないんだ。 僕はあの日から幾度も、幾度もあの日を繰り返している。 僕にとって生涯の伴侶は矢野君しかいないよ。 例え彼は僕の事を思い出してくれなくてもね」 そう言うと、佐々木君は僕の頭に手を乗せて 子供のようにポンポンとすると、 「お前の意思は堅そうだな。 じゃあ、俺はもう何も言わないよ」 そう言って僕の髪を撫でた。 「ごめんね、佐々木君も矢野君の事が好きなのに 僕ばっかり自分の気持ちをぶつけてしまって……」 「何だ、お前、俺がまだ光の事好きだと思ってたのか?」 「え? 違うの?」 「いつの話をしてるんだよ。 もうとっくに光の事は従兄弟としてしか見てないよ」 「そうだったんだ。 僕、佐々木君はまだ矢野君の事が好きだと思っていたよ! じゃあ、今は好きな人はいないの? もしかして、もう新しい恋人が?!」 「だと良いんだが、俺のは完全な片思いだ」 「え〜 佐々木君みたいなカッコいい人が片思い?! 一体どんな人が矢野君に片想いさせてるの?!」 「何だ? 俺に興味が出たのか?!」 「やっぱりさ〜 佐々木君も僕にとっては大切な人だからさ〜」 そう言うと、矢野君は僕に微笑んで、 「アイツはちょっと抜けてる所はあるけど、 何にでも一生懸命で可愛い奴なんだよ。 俺が守ってあげたいって思わせるようなやつで……」 そう言うと、また僕の頭をポンポンとした。 「佐々木君、そんな子供みたいに 何度も何度も頭ポンポンしなくってもー僕はもう大丈夫だよ。 今度佐々木君の好きな人も何かのついでに紹介してよ! 絶対にその人にはバレないようにするからさ!」 そう言うと、 「そうだな、機会があったら、いつかな」 そう言って彼は、また僕の頭をポンポンとした。

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