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悪癖 前編

かむかむさん主催「噛み癖アンソロジー」に寄稿した作品の再録です。ベニヒコとクロのお話。 ーーーーーーーーーーーーーー 中国に来てからというものの、散々な目に合っている。良かったことを強いてあげるなら、喫煙者に寛容なことくらいだ。 オレと"イヌ"のクロは、横浜にあるボーイズクラブ「帝愛妃」でキャストや客からの債権回収をやっていた。上の命令で借金を抱えたキャストを追いかけわざわざ大陸に渡ったのだが、奴には共犯者がいてまんまと逃げられ金までぶん取られた。 とにかく先立つものがなく、今は「帝愛妃」にゆかりのある団体やマフィアの仕事から回ってくる仕事を片っ端から受けているのだが 「は?なんだこりゃナメてんのか?オイ、クロ訳せ」 クロは雇い主の前に出る。そして淡々と中国語でやり取りを始めた。 相手はスキンヘッドに刺青の入った凶悪そうなツラした男で、クロより頭一つ分でかい。その後ろにもこちらを睨む男達が2人ほど控えている。中国人とのケンカは声のデカさと数だ。2、3人で囲い込みクソでかい声で喚きながらクロに突っかかる。が、クロはそんなことで引き下がるヤツじゃねえ。時々ドスを効かせて黙らせていた。 今回の依頼は特殊詐欺のグループからだ。アガリから金を抜いて持ち逃げした野郎を探して始末しろと。 仕事が終わって報酬を受け取れば、最初に取り決めた額の三分のニしかなかった。ピンハネされんのは珍しいこっちゃねえが意地汚く粘ることも珍しくない。 それは主にクロの仕事だ。オレより中国語が上手いし、大人しそうなツラして気に入らねえことにはすぐ食ってかかる。コイツの"噛みつき癖"には手を焼かせられるがたまには役に立つ。 クロが交渉している間、オレは周りを見渡す。ここはどこにでもあるような飲み屋だ。床は打ちっぱなしのコンクリート、年季の入ったベタつく机と椅子が並び、壁にはそっけない印字でメニュー表が貼ってある。 しかし、ここは黒社会の人間が集まる。客の見た目はどこにでもいるようなヤツらだ。日本のヤクザみてえにいかつい見た目は必要ない。いるものは人を殺せる武器と金の為ならなんでもやるというぶっこわれた倫理観だ。 「聞いてました?」 クロがオレに話しかける。 「全額出すそうです。振り込みは明後日」 「ダメだ。今出せっつっとけ。多少減っても構わない」 そうやって結局振り込まれず相手がトンズラしたのを忘れたのか? 交渉を続けるうち、スキンヘッドが遂にスマホを出した。オレもスマホを出してネットバンクに報酬が振り込まれたことを確認する。 スキンヘッドは舌打ちを残して席を立った。ガメツい日本人だとでも思ってんだろうがお互い様だ。 それよりもようやく煙草が吸える。レザージャケットから取り出せばクロが顔を顰めた。コイツは酒もタバコもクスリもやらない。ストイックに身体を鍛えているのもあるが、金が無えだけだ。 「終わったら呼んでください」 クロは嫌味ったらしくどっかに行きやがった。 さて、次はどの団体から依頼がくるのか。 逃げたキャストも追う必要があるが、中々居場所が掴めない。相方がさぞズル賢いヤツなんだろうよ。 スマホをスクロールしてメッセージアプリをチェックする。そのうちに紙巻きタバコが吸いづらくなってきた。知らない間にフィルターを噛み潰していた。灰皿なんてお上品なモノはねえから、氷の溶けたコップに放り込んでおく。 自分の頼んだ紹興酒を一気にあおり、底に沈んだザラメをガリガリ噛み砕く。 クロはどこへ行った? 店の外に出れば、ぐっと気温が下がり夜風がヒヤリと肌を撫でた。大して人通りがねえのにクロは見当たらない。クロはそのへんのチンピラに絡まれることもある。淀んだ切れ長の目に眼鏡に垢抜けない長髪と見た目だけはいかにもないじめられっ子だからな。 先にホテルに帰るとスマホで送信した。 飲み屋が軒を連ねる通りの看板に灯りが点き始める。それを横目に煙草をふかしながら歩いていれば、背中がざわざわと疼いた。明かりを反射する窓やそこかしこに停められたバイクのミラーを視線だけで覗き込めば、人影が背後にちらちら映る。 こりゃつけられてんな。クロは何やってんだ。殺られたか? 口に咥えた煙草が曲がる。また噛み潰していた。火がついたままのそれを付けてきている連中に弾き飛ばしてやる。間抜け面してはたき落とすヤツらに背を向け駆け出した。 走りながらクロに電話をかける。チッ、出やしねえ。 入り組んだ路地を走るうち、追ってくるやつは1人に減った。おそらく路地から挟み撃ちする為に別れたんだろう。 案の定、路地の入り口を走ってきたバイクが塞いだ。乗っていたのはあのスキンヘッドの男だ。 単語くらいしか聞き取れねえが、スマホを出せと言っているようだ。 報酬を払ったと見せかけて、オレらを消してその金を自分達のものにしようってわけか。まあ、こういう輩に引っかかるのもままある事だが。 背後からも足音が迫る。ジャケットの懐に手を伸ばせば、武器を出すと思ったか一斉にオレに向かってきた。飛び道具を持っているヤツは居なさそうだな。 なら、クロに任せておくか。 背後から走ってきたヤツらのさらに後方から黒い影が見えたかと思えば、打撃音とともに2人は地面に沈んだ。 オレはタバコを取り出して悠々と火をつける。スキンヘッドがオレに手を伸ばすが、その前にクロがその腕を掴んで引き寄せボディに拳を入れていた。全員呻きながら地面の上で蠢く。 クロは別のヤツらともやり合ったのか、シャツのシワがよれて肘や膝が砂埃に白く煙っていた。 スキンヘッドはよろめきながら立ち上がる。報復がなんとかなんて言っていた。そうだな、やられたらやり返すのが様式美の人間どもだ。噛みつきゃいいってもんじゃない。 だが、今回のオレたちの依頼は"金を抜いて持ち逃げした野郎を始末すること"だ。コイツらだって上がオレたちに払った金を自分たちの懐にしまおうとしていたんだ。コイツらもグルだったと報告すれば問題ない。 「手加減しなくていいぞ、ヤッちまえ」 クロの肩がぶるりと震えて、口の端が少しだけ上がったように見えた。リミッターが外れたか?戦闘中は簡単にタガが外れて動く相手がいなくなるまで暴れ回る。 それを壁に背をつけ鑑賞しながら、マカロフを取り出しサイレンサーをつける。人数が増えてきた。 クロを追ってたヤツらだな。やっぱり手加減していたか。誰彼構わず殺さなくなっただけ進歩したと言っていいのか。 撃鉄を起こせば、オレの手にも小さく武者震いが走る。ニヤリと笑い、スキンヘッドの頭に狙いを定めた。 全員片付いた後は、いや、食い散らかしたって有様だな。 クロがまだ"遊んで"いる間に、スマホで電話をかけアイツらの上の人間にことの顛末を報告する。 結論から言えば、こっちにはお咎めなし。 報酬の額は変わらねえが死体の始末はあちらさんがやるらしい。 「クロ、戻るぞ」 クロはまだ焦点の合わない目でゆらりと振り向く。オレもまだ興奮を引きずっている。タバコの煙と一緒に息を吐き出して呼吸を整えた。 ヤりたくてしょうがなかった。殺しの後はいつもそうだ。 その辺の売春婦を買ってもいいが、さっきまで野獣のように荒れ狂っていた野郎を組み敷いて、肉に噛みつき血を啜り、骨の髄まで貪るようなセックスをする方がずっと燃える。クロが身悶えるたびにボディピアスがきらめき全身に入ったタトゥーが波打つのも中々エロい。 早くホテルに戻りたかったから、ヤツらが乗ってきたバイクに跨がり後ろの座席に乗る。 「出せ」 クロは渋い顔をしていた。文句を堪えているのか唇がぐっと結ばれている。 「んだよ、ここで犯されてえのか?」 髪を掻き分け頸に歯を立ててやる。 クロは深く溜息を吐いて、やっとエンジンを掛けた。 従順なイヌのフリをしているが、いつかオレの息の根を止めてやろうと牙を研いでいるのを知っている。簡単にヤられるつもりもねえし存分にこき使ってやるつもりだ。 それまでせいぜい喰らい付いてくるんだな。

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