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心境の変化
軽井沢純は悩んでいた。
彼の目標は「金持ちでイケメンなアルファを見つけて結婚し、さっさと寿退社して、楽しく華やかに暮らすこと」だ。
見た目に自信があり、周囲の男性に気に入られるくらいの社交性だってあると自負していた。
自分にはそうなる値打ちがあるはず、と思っていたのだ。
見た目を整えるために、食べるものや肌に触れるものも考えて、花嫁修行のために料理教室に通ったり、裁縫なんかも習った。
探しても探しても理想とする相手はなかなか見つからず、ようやく見つけたかと思えば、「結婚はしない、6番目の愛人として番になって欲しい」と言われた。
その男とは縁が切れたものの、合コンだの婚活パーティーだのに参加して見つけた相手は皆、似たようなことを言うのだった。
それだけではない。
「ブス」「売れ残り」「オバサン」と見下していた女性は、結婚歴があって子どもがいた。
他の人から聞いた話では、彼女の夫は10年ほど前に亡くなっていて、娘を女手ひとつで育てるために、必死で働いているのだという。
独身で、恋人もいないのだろうと勝手に思っていただけに、ショックを受けた。
「汚いギャル」と見下していた女性には彼氏がいたし、彼女には英語が話せるという技能があった。
一度だけ外国人の来客があり、その対応に困ってしまったときに偶然彼女が通りかかり、うまく対応してくれた。
その客は営業部の部長が呼び寄せた客で、営業部は英語が話せる人が何人もいたが、受付の人間には英語が話せる者など1人もいなかった。
この会社において受付というのは、半ば窓際部署のようなものなのだ。
一応、ケミーちゃんと呼ばれている彼女に礼を言うと、「こんなの大したことないよ、まだまだ勉強中」と言って去って行った。
見下していた人たちは昇進したり、技能を身につけていく。
一方で自分は?
結婚相手どころか、相変わらず恋人もできない。
婚約者候補となる恋人ができたかと思えば、結局は思うようにいかずに別れ、また振り出しに戻る。
そんなことの繰り返しで、未だに何もかも停滞したままだ。
いつもマスクをしている、大人しくて目立たない先輩まで昇進した。
実のところ、軽井沢はこの先輩のことも見下していた。
マスクをしているのは、褒められたような容姿をしていないから、それをごまかすためのものだろうと踏んでいたのだ。
ところが、マスクを取った先輩の顔は驚くほどに美しかった。
なんだってマスクなんかしているのかわからないが、軽井沢はなんだか負けた気分になった。
休憩中、肩を落として廊下のベンチに座り、缶ジュースを飲み干した。
先輩の言った言葉を思い出す。
『お前だけだよ。将来のことなんかなーんにも考えずに「結婚すればどうにかなる」みたいな甘ったるい考え方で仕事してるの。だからお前はろくでもないアルファに引っかかったんだ。まともな人は絶対お前なんか選ばないね!他人はお前が思うほどバカじゃないよ』
これを言われて、傷口に塩を塗られた心地だった。
紛うことなき正論だし、実際、会う人会う人、みんなろくでもないアルファだった。
嫌なことがこうも立て続けに起こると、目標も揺らいでくる。
そうなってくると、これからどうしたらいいのかもわからない。
出世を目指そうにも、受付業務なんてほとんど雑用係のようなものだし、こんなところに左遷されては逆転のチャンスなんて見込めない。
考えてるうちに、自分がかわいそうになってきて涙が出てくる。
「軽井沢くん、久しぶり」
いきなり声をかけられて、声のした方へ顔を向けると、円がそこにいた。
今日もマスクをしていない。
どうしたわけか、最近はマスクをつけずに出社することが多くなった。
「あ、お久しぶりです…」
どうしてこんなところまで来たのだろうと疑いつつ、軽井沢は挨拶した。
「仕事はどう?」
円が軽井沢の前で立ち止まる。
「この仕事、辞めようと思ってます…」
「いい相手、見つけたの?」
「違います。それはもう、諦めました。受付やってても出世とか昇給とか見込めないし、あんなトラブル起きて、会社に居づらいし」
本音だった。
自業自得とはいえ、元から会社の人たち、とりわけ女性からの受けは悪いし、会社のエントランスで起きたトラブルは軽井沢が遠因なわけだから、そのことで軽井沢はすっかり針の筵に立たされていた。
「そう。就職先はもう決まってるの?」
「いえ…」
どうしてそんなことを聞いてくるのだろうと不思議に感じながら、軽井沢は答えた。
「ねえ、君がよかったらだけどさ、仕事を紹介しようか?」
「え…」
突然の申し出に、軽井沢は驚いた。
「返事は今すぐにとは言わないよ。後日でいいから。それと…」
「それと?」
「こないだはごめん」
円が恭しくお辞儀した。
「いいえ…」
その意外な態度に、軽井沢はその場で口を開けたまま固まった。
「もう時間だから、じゃあね」
円は頭を上げると、その場を足早に去って行った。
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