30 / 349
第30話 波にも磯にもつかぬ恋1
祥悟が家に来る前と後で、2人の関係に劇的な変化があったわけじゃない。
相変わらず、自分と祥悟は同じモデル事務所の先輩後輩であり、ただ、他の人よりもちょっとプライベートで会う機会が増えた……それだけだった。
3日後に事務所の廊下で偶然、里沙やマネージャーと一緒にいる祥悟と、鉢合わせになった。
智也はちょっと動揺して、咄嗟にどんな顔をすればいいのかと戸惑ったが、祥悟はにやっと不敵な笑みを浮かべて首を竦めてみせた。
智也は内心の動揺を押さえ込み、ポーカーフェイスで微笑み返して
「これから、仕事かい?」
「そ。打ち合わせ終わったら移動。智也は?」
「俺は撮影終わって、これから帰るところだよ」
祥悟はぷーっと頬をふくらませ、智也に近づいてきた。
「いいなぁ。もうあがりかよ。俺も家でのんびりしてえし」
「これから移動ってことは、今夜は泊まり?」
「うん。撮影、沖縄だからさ。あ、智也、明後日っておまえ、予定ある?」
智也はどきっとして、慌てて自分のスケジュールを思い浮かべた。
その日は都内で午後2時に紳士服ブランドのイベント営業がある。遅くとも午後6時にはフリーになれるはずだ。
「18時以降なら、空いてるけど」
祥悟は、ふんっと鼻を鳴らし
「俺、夕方こっち戻ってくんの。どっか飯が美味いとこ、連れてってよ」
思いがけない祥悟の言葉に、胸が高鳴った。でも顔には出さないようにぐっと堪えて
「いいよ。こっち着く時間、分かったら携帯に連絡して。……あ、祥、何か食べたいものある?」
にっと笑って里沙の方へと戻っていく祥悟に、智也は急いで問いかけた。
祥悟は立ち止まり、うーん…と首を傾げ
「智也に任せる。あ、出来ればあっさりしたやつがいいかも」
マネージャーの飯倉と里沙が、ちょっと不思議そうな顔でこちらを見ている。智也は何でもないような顔で微笑んで
「分かった」
返事をすると、くるっと3人に背を向けた。
ぎくしゃくしそうな足取りで、そのまま洗面所に入ると、知らないうちに詰めていた息を、はぁ~っと吐き出した。
「明後日か……」
急いでスケジュール帳を鞄から取り出して、改めて確認してみる。
「大丈夫だ。間違いない」
祥悟からの食事の誘いだ。
嬉しくて思わず、頬が緩む。
(……店はどうしよう。あっさりしたものって和食がいいかな。何処か落ち着いて食べられる個室がある店がいいよな)
ともだちにシェアしよう!