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第18話 二度目の水曜日
あの日の午後に来てくれた人は、以前一度水曜日に会った人だった。
セックスは可もなく不可もなくで、本当なら次の水曜日まで効果が持続するかどうか?というところだけれど、僕は次また東郷に会えることになって浮かれていたためか、ここ1週間ずっと体調は悪くなかった。
毎週水曜日に必ず予約を受けてきたけど、今週は初めて水曜に予約を受付けなかった。
どうなるかはわからない。どうしてもダメってなったら、健斗に相談すればい。
新しいことをしているみたいで楽しい。
でも、今週は会えないんだ。
2週間なんてすぐだと思っていたけど、会えない期間ってこんなに長く感じるものなの?
病気とは違う意味で苦しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
まず結論から言うと、東郷と会った次の週の水曜日は誰とも寝なかったけど大丈夫だった。
そしてまたその次の週の火曜日。僕がいかに浮かれていたかは、帰り際の藤岡さんにからかわれたことから明らかだった。
東郷とはセックスはしない。
だけど、ただ会って話すだけの水曜日が楽しみで仕方ない。
僕の病気について調べてくれるって言ってたな。
忙しいから、実際はそんな時間取れなかったかもしれないけど、そう言ってくれただけで嬉しかった。
水曜日になった。
僕はまた朝から部屋の掃除をして、銀木犀を生ける。
清潔な部屋で、紅茶を飲みながら東郷と話をする。
それは僕にとって今までにはなかった心穏やかな時間だ。
東郷は予告どおり、僕の病気について調べた資料を持って現れた。
正直全く期待していなかったけど、考えてみたら秘書が何人かいるらしいから頼んでやらせたんだろう。
僕がそう言うと東郷はムッとして答える。
「何言ってる。病気なんて人のプライバシーに関わること、他人に調べさせるわけないだろう」
「え?じゃあこれ東郷が調べてくれたの?」
「当たり前だ。他に誰がやるんだよ」
僕は紙束を前に呆然とした。
仕事ができる人ってバイタリティがすごいよな…
「ありがとう」
「ほらここ、持続性性喚起症候群が女性に発生することが多いって…」
「どれ…?」
資料を手にする東郷に頭を近づけると、ほんの微かにコロンの香りがした。
好きな香り…胸に顔を押しつけて思い切り嗅ぎたいくらい。
すると東郷に声をかけられる。
「それで、最近体調は?」
「あ、うん。それが東郷に話してから体調は悪くないんだ」
「そうか」
「でもごめんね、こんな調べ物させたら東郷の寝不足が酷くなっちゃうよね」
「あ?ああ、いや。そういえば調べ物で頭使ったからかここ最近は薬無しでも寝れてるな」
「本当?それなら良かった」
あれ…?薬が無くても寝れてるならもう、ここには来てくれなくなっちゃうのかな。
そっか…もう会えないのかも…
「西園寺?どうした、急に顔色が悪くなって…」
いきなり顎を指で持ち上げられた。
「白い顔がもっと白くなってる。唇も青い、大丈夫なのか?」
「大丈夫…離して」
僕がそう言って初めて自分が僕の顔に勝手に触っていた事に気づき東郷が謝る。
「すまん、勝手に触って」
「いいよ、大丈夫だから」
僕は気を落ち着けるために紅茶を飲んだ。ちょっと寒気がしてきた。
「でもほら、こうやって色々症例や原因の分析もあることだし、西園寺の病気もきっと解決するさ」
「うん、そうだね」
「だから呪いだなんて言って、誰彼構わず寝るなんてもうやめろよ」
僕は直接はっきりと言われて面食らった。
ああ、つまりそれが言いたかったのか。
「そう…だよね。気持ち悪いよね…」
「気持ち悪いなんて言ってないだろ。とにかく、こんな部屋に閉じこもってないで外に出て運動したりさ。前のパーティの時みたく西園寺の弟を手伝えよ。影に隠れてないで」
「あ………さ、咲真の…手伝い?」
東郷は僕がどんな思いで咲真と距離を置いてるか知らないから。
咲真にしろ東郷にしろ、こういう陽の当たる場に居る人間は無意識に僕のような日陰者の存在を消し去ろうとする。
さっき感じた寒気が全身に回ったような気がした。
「でも、これでも僕は…努力してるんだ。ちゃんと仕事もして…っ」
「でも西園寺の仕事からは逃げてるだろう?」
「逃げ…?」
息が苦しい。背筋が冷えて寒い…
嫌な予感がする。
「本当はお前が継ぐのが定石だろう。弟に任せきりで、兄貴がこんなことしてたら示しがつかないだろ」
これを聞いて僕の頭は真っ白くなった。
「東郷にはわかんないよ…」
「何?俺だってお前と同じ長男で…」
「わかるわけないよ!同じ長男?産まれたときから次期当主として期待されてて、なんでも持ってる東郷と一緒にしないでよ!僕が今までどんな扱いを受けてきたか知らないくせに!」
「西園寺…」
東郷が驚いてるけど、僕は自分が喚くのを止められない。ヒステリーの発作が始まってしまった。
こんなことしばらく無かったのに。浮かれて調子に乗って先週誰とも寝なかったからだ。
「健康な身体に、明るい社交的な性格に、優秀な頭脳。見た目は彫刻みたいに完璧で仕事は出来る。羨ましいよ!僕に無いものを全部持ってるんだから!」
こんなこと言ったらもう二度と会ってもらえないってわかってるのに、パニックになってどうすることもできない。
「こんなところに引きこもってるだって?僕がどんなに必死でこのクリニック開業まで漕ぎ着けたと思ってるの?君にとっては…何でもないことかもしれないけど!僕はやっとここまで来たんだ!」
叫びながら涙が溢れて止まらなかった。
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