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第2章ー第16話 30点

「三十点」  翌日午後。コンセプトは合格と言われたので、早速企画書の原案を提出したところだったのだが――。  保住は大して興味もなさそうに頬杖をついて、田口の書類を返した。 「えっと」 「もう一回やり直し」 「は、はい」  呆気にとられすぎて、素直に書類を受け取る。しかし身体が動かなかった。 「えっと」 「なに?」  パソコンから視線も外さない保住。じっと書類を見つめて、それから書類を握った。 「ど……どこがいけませんか?!」  思い切って振り絞った言葉。保住は軽く手を振る。 「どこって……全部っていうか」 「全部?!」  二人のやりとりを見て、他の職員たちはクスクスと笑う。周囲の反応を見て、保住はため息を吐いたが、田口はそんなことはお構いなしだ。なにせ自分のことで精一杯だからだ。 「教えてください。おれとしては、今現在ではベストなんですけど。どこがダメなのか。是非、教えてください」 「いちいち教えないとわからないとか。面倒なんだけど」 「面倒とか言わないでくださいよ」  『必死』。そういう言葉が適当だろう。  谷口はくすくす笑った。 「ベストって」 「強気発言だな」  渡辺も同感という感じだ。 「見てみたいな。田口の」 「ひ、ひどいです」  田口は泣きそうだ。 「田口」  そんな田口を見上げて、保住は真面目な顔を見せた。 「あのさ。細かく直されて、いいものを作っても身にならないものだ。自分でよく見直しをしてだな……」 「見直しても見直しても、これ以上は絞り出せません!」  いつも物静かな彼の声は、文化課のフロアに響いた。発言は少なくても、そもそもが声を出すことに慣れている男だ。彼の声はよく通って、他の島で仕事をしている職員たちも一斉に振り返った。 「なになになに? また揉め事? 保住(ほう)ちゃん」  課長の佐久間が、のろのろとやって来る。 「揉めてはいませんけど」  息を荒くしている田口は流石に引き下がった。 「すみません」  佐久間は、保住と田口、渡辺たちを順番に眺めてから軽くため息を吐いた。そして、保住と田口の肩を一遍に両手で叩く。 「場所を変えて、時間を取ってあげなよ。保住(ほう)ちゃん。忙しいのはわかるけどさ」 「すみません。おれのやり方が悪いですね」 「そうじゃないけどさ」  佐久間はそう言うと「ね?」と片目を瞑る。それを見て保住は、パソコンから手を離したかと思うと声を上げた。 「企画書を持って、第三会議室」 「はい」  田口は、資料や企画書をがさがさと抱え込み、廊下に出て行った。むうむうとなっていて周囲が見えていなかった。 ***  田口を見送ってから、保住はため息を吐いた。佐久間は笑う。 「保住(ほう)ちゃん、いろいろなタイプがいるからさ。保住(ほう)ちゃんのやり方でついていけない人も多々いるもんだよ」 「そうですね」 「ここにいるみんなは、優秀だね」  佐久間はそう言うと、渡辺、谷口、矢部を見た。 「おれたち、優秀ですか?」 「嬉しい。課長」 「うふふ」  三人は笑う。保住も苦笑いだ。 「田口はこれからです。おれが育ててみせます」 「すごい入れ込みだね」  佐久間は笑う。 「見込みはあると思うんですよね」 「力入り過ぎないようにね。潰しちゃうともったいない」 「そうですね」  ――あの大型犬みたいな男が、ちょっとやそっとじゃ、潰れないと思うが……。  保住はそう思いつつ、ネクタイを緩めて廊下に出た。

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