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第2章ー第18話 上司としての器
ハモンドオルガン奏者と、女性のヴォーカルが古き良き音楽を奏でる。それを聞いている子供からお年寄りまでの市民は、ニコニコして身体を揺らす。
「誰のためのものか」
「市民の、星野一郎を好きな人や、まだ知らない人たちのためです」
田口の思考は、いつもの彼を取り戻した。自分にはまだまだ経験しなければならないことがあると確信した。
「少しは見えるか」
「見えます。イメージとして理解しました。今まで物事をイメージとして捉えるという方法が自分にはなかったので、少し戸惑っていますけど……」
「やれるか?」
「書きます」
イメージがつけば、後はそれを文章におこすだけだった。田口は頷き立ち上がった。
「夕方までに書き直します」
「期待している」
資料をかき集めて、田口は静かに会議室を出ていった。
――まだやれる。おれにだってできるはずだ……!
***
田口が出ていくのを見送ってから、保住は椅子に持たれた。
「疲れた……」
なんでも飄々とこなしているように見られがちだが、実はそうでもない。打たれ弱いのは打たれ弱いのだ。
田口は学ばなければならないことがたくさんある。しかしそれは、自分にも言えることだった。
今まで前線部隊で戦ってきた保住は、何一つ苦労することがなかった。彼の能力を思う存分に活かせたからだ。その結果、その管理者としての能力を買われたから、ここにある。
しかし実務とはまた別の話だった。係長というものは、ずいぶん特殊な立ち位置だった。新しいことの連続で、苦労をしているのは確か。人を育てる難しさ。係長としての立ち位置、振る舞いについては、課長の佐久間が色々教えてくれる。
佐久間には、本気で世話になっていると保住は思っていた。こんな若輩者の係長なんて、鼻に付くはずなのに、彼もまた、保住を育ててくれているのだ。
そんな気持ちが、わかるからこそ、田口にも伝えたいことがあるのかもしれない。
――殻を破った時のあいつの目。曇りのない、まっすぐな瞳。あれは、おれにはないものだ。あれは、田口自身が持つ可能性。
そんなことを考えて。じっとしていると、扉が開いた。
「サボっているな」
ドス黒い重低音に、苦笑いをして顔を上げる。
――よく部下の動きを見ているものだ。
保住のところで一悶着があって、ここで揉めていた事も把握しているのだろう。扉を隔てている部屋にいる癖に。部下の動向には目を光らせている嫌な奴だと、保住は思った。
「少しぐらい勘弁してくださいよ。澤井さん」
保住の言葉に澤井は、ニコリともせずに口を歪ませた。
「局長だ」
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