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第2章ー第28話 初戦
拳を握りしめて、変な汗が背中を伝わるのがわかる。この時間は、本当に嫌だと思った。カサカサと紙のめくられる音だけが大きく聞こえた。
「そうだな。六十点かな」
保住の声に、息を潜めていた他の職員たちは表情を明るくした。
「やったな! 田口」
「本当だ。係長のお眼鏡にかなったのなら安心だ」
「し、しかし。まだまだ合格ラインギリギリですが……」
とは言いつつ、嬉しいのは嬉しい。
「十点からの進歩だぞ!」
渡辺に喜ばれる。保住は、みんなにもみくちゃにされている田口を見ていたが、ネクタイを締め直した。
「係長?」
「田口、それ持って局長のところに行くぞ」
「係長?! 六十点で勝負するんですか?」
「結構、ギャンブラーですね……」
矢部と谷口の言葉に田口は不安になった。
「えっと」
「企画書ができ上がったら、担当者が直々に局長にプレゼンするんだよ。OKないと話し進められないだろう?」
谷口の説明に「確かに」と頷く。企画書を作るのが目的ではない。事業の実施が目的なのだ。
「六十点で大丈夫でしょうか?」
不安そうな谷口の言葉に保住は笑顔を返す。
「例え九十点の企画書でもプレゼンがダメならダメです。田口、六十点でもお前のプレゼンしだいで九十にも百にも跳ね上がる」
――プレッシャー……。
田口は胃が痛んだ。
「係長、それは励ましというよりプレッシャーですよ」
渡辺は苦笑。
「そうですか? 励ましているつもりですが……」
瞬きをする保住は悪気がないらしい。そのことはよくわかった。
「行けます」
田口は深呼吸をして保住を見る。それを受けて彼は頷くと、廊下に出ていった。
「頑張れー」
「局長の目を見るなよ」
「うまく行ったら歓迎会してやるぞ!」
励ましなのか、アドバイスなのか、意味不明な言葉に背中を押されて廊下に出る。澤井の部屋は廊下を挟んで向かい側だった。
「お前のやり方でやればいい」
隣に並んだ保住の手が田口の肩に添えられる。緊張のドキドキが、別なドキドキに変わるのがわかった。
「了解です」
田口の返事を聞いてから、保住はノックをして扉を開けた。澤井の返答など関係ないということだ。
「入りますよ。局長」
ずかずかと入っていく保住の度胸には脱帽だ。田口も恐る恐る後に続いた。
「返答しておらん。勝手に入ってくるな」
「いいじゃないですか。どうせいるのは知っています」
「お前な」
澤井は、保住に一瞥をくれてから田口を見た。
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