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第21章ー第186話 任されたお守り役
「今日の割り当てです」
イオン水を目の前に置くと、保住は生返事をした。
「ああ」
「係長、聞いていますか? 今日は田口さんが研修だからおれが代わりなんですよ」
目の前で手を振って十文字が必死に声をかける。しかしまったくもって無視。十文字は困って渡辺を見た。すると彼も肩を竦めた。
「こうなったら無理だ。少し時間を置くしかないだろう」
「さっき渡辺さんが渡していたコーヒー飲んでいたようだから、とりあえずは大丈夫だ」
「了解です」
二人にアドバイスをもらうとほっとした。人から預けられるって責任重大だ。何事かあったら田口に顔向けできないからだ。
田口は、今日から一泊二日で彼は泊まり込みの研修だ。田口に課せられたのは入庁十年目の特別研修らしい。一泊二日も不在にするのは珍しい事。それで田口は十文字に白羽の矢を立てたようだった。
『おれがいない二日間。このメモを見てノルマをクリアさせるように。声掛けを怠るな』
そう。保住のお守り役を仰せつかったのだ。手元にあるメモには事細かに指示が書かれている。
『1、出勤してきたら服装のチェック。
2、午前午後にペットボトル500を一本ずつ渡して飲ませる。
3、一日目の昼は食堂に連れ出す……』
これを見るだけで、日常どれだけ過保護にしているかがよくわかる。田口と出会う前、保住はどんな生活をしてたのだろうか。一人で自己管理できる人間に言うこととは、到底思えないことまで書かれていた。
時計を見ると、ちょうど昼食の時間になるところだ。この二日間は自分の仕事に手を付けるのは無理だろう。さっそく指示通りに保住に声をかけた。
「係長! 今度は無視はダメです。そんなだんまりは通りませんよ! 昼飯です! 食堂行きますよ!」
十文字は保住のシャツを思いっきり引っ張る。そこではっとしたのか、彼は顔を上げた。
「なに?」
午前中彼の周りを十文字が右往左往していたのは、なんだったのだろうかと言うくらい、保住は何事もなかったかのように顔を上げるのだ。渡辺と谷口はおかしくて仕方がない。
「今日はみんなで食堂行きましょうよ」
渡辺が声をかけた。
「え? もう昼?」
「そうですよ」
「そっか。今日は弁当がなくて――」
そんなことは田口のメモを見ればわかる。十文字は保住の腕をぎゅっと捕まえて引っ張った。
「食堂は混むのです。行きましょう」
「あ、ああ。みんな昼飯ないの?」
十文字一人で面倒を見るのはかわいそうだと付き合ってくれるらしい。今朝お弁当を抱えて出勤してきた二人なのに、食堂に行こうと言ってくれるようだ。
「ないですよ」
「そうそう。田口がいないときは田口の悪口会じゃないですか」
保住は瞳を細めて笑った。『田口』と言う単語に反応しているようだ。田口の話題が嬉しいのだろうと十文字は思った。
「そんなこと言って。田口を褒める会じゃないですか」
しかし、田口の席に目を止めてから、ため息を吐いた。主人なきデスクは、なんとなく物寂しいものだ。三人は一斉に理解する。『田口がいなくて寂しい』のだろうと。
「寂しいんだ……」
「え?」
「いや。なんでもありません」
つい口について出た心の声。谷口は口を閉ざして手を横に振る。渡辺も十文字も笑いを堪えるのに精一杯だった。
「腹が減った」
お腹を抑えて保住は呟く。
「でしょ、でしょ。さあ行きましょう」
十文字は三人の背中を押して、廊下に飛び出した。
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