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第21章ー第191話 それぞれの持ち味
朝食を終え研修二日目が始まった。
「午前中はグループごとに分かれて企画をまとめていってください。三時より、一グループ十分でのプレゼンテーションを行ってもらいます。終了は五時です。昼食終了後の休憩時間に宿泊部屋の荷物の撤収は済ませてください。なお、不明な点等ありましたら、係の者までお声かけください」
人事課の人材育成係の担当者のアナウンスに、フロアにいる参加者たちは、一様に顔色が悪い。社会人になってからの研修は、学生の頃のそれより面倒に思えるのはどういう理由からなのだろうか。年を重ねてきたおかげで面倒なのか。体力的に面倒なのか。日常と違うことだから面倒なのか。
田口は「どれも当てはまるのだろうな」と思った。
広いフロアには、あちこちにテーブルが置かれ、皆一様に顔を突き合わせて話し合いを行っていた。各グループに支給されているのは、パソコンと文具類だ。見せ方はパワーポイントのスライドを使うという共通課題があるため、基本的にはパソコンと向き合っているグループが多いようだった。
課題の進め方としては、まずはテーマや概要を決定する。それに従って、の企画書の原案作り。それが形になれば、あとはどう見せるか――だ。
田口たちのグループは、朝の五時からの会議で、コンセプトが決定した。四人が取り組みたいのは、駅前の街中改造計画だ。
梅沢は温泉の宝庫だ。中心地から車で三十分圏内に、複数箇所の温泉地があるのだが、残念ながら全国的には有名ではない。理由は、売り出し方が下手だからだ。元々、引っ込み思案な気質なのだろうか。それとも企画力がないのだろうか。ともかく、観光面では星野一郎然り、温泉地然り、果物然り、みんな日本一にはなり得ない。そんな梅沢の欠点から脱却して、大胆にPRをしようというコンセプトだ。
――そう。昔からある温泉地を利用しない手はない。温泉地は建物の老朽化や人の高齢化があり、閉じている旅館も増えている。
「街並みを作り替える。温泉地向きに。中途半端に都市化しても意味ない。思い切りレトロ感を出すんだ」
安齋の提案はそれだった。田口も同様の企画を考えていた。ソフト面で小さくやっていくのではない。ハード面も含めて、徹底的に街づくりに取り組もうというコンセプトなのだ。
駅前に足湯や温泉地らしさを移植する。
古き良き時代風景で、梅沢市にやってきた人々を迎え入れる――。
「お金かかり過ぎだよ」
財務担当の大堀は頭を抱えるが、先行投資なく道は切り開けないと、安齋と田口に説得をされて、渋々同意をした。
「金はないなら、作ればいい。今後少子化で人口が増えるとは思えない。やはり、狙うは法人税や民間企業だろう?」
これは天沼の得意分野だ。安齋の言葉に彼は頷いた。
「今の梅沢は閉鎖的なんだ。どうしても外からの風が入って来ると、それに対して抵抗する地元の気持ちもわからなくもないんだよね。しかし日本全国がこの不景気の空気が漂っているでしょう? 突然大企業が梅沢に進出してくるっていうこは皆無だね」
「それもそうだな」
安齋の問いに天沼は少し悩んだ様子で答えた。
「しかし、まったく道がないわけではないと思うんだよね。今現在、特に取り組んではいないけれど、ちょっと考えていることがあってね」
天沼は少々考え込んだ様子だったが、「うん」と頷いてから顔を上げた。
「今回のテーマで行けば、温泉を中心とした街づくりに投資をお願いするとなれば、それに付随した関連企業にお願いすることになるよね。でも、市内の企業たちも、体力がないしね。やっぱり市外からってなると、梅沢に来るメリットを考えなくちゃって思うんだよね。いま、おれが一人で勝手に考えているのはね――人材の確保を全面に押し出そうっていうこと。今はどこでも人不足。梅沢に来れば人が確保できるよってなれば、少しは考えるかな」
天沼という男は、おとなしそうに見えて、なかなか仕事について思慮深い人間らしい。田口は感心した。そこで、前職である農業振興係だった頃、思っていたことを提案してみることにした。
「大規模な工場系が来れば、いっぱつでOKだが、そういうご時世でもない。小さい企業を数多く呼ぶっていうのはどうだろうか?」
「なるほど」
田口の案に天沼は表情を明るくした。
「梅沢には農業系以外にも音楽で売っている部分もある。そういった関係ではどうなのだろうか」
「そういうのもあるかもね。温泉地と音楽の抱き合わせ。誘致や投資してくれる企業の幅は広がるかもね。まあ、今回はシュミレーションだけだし。いいんじゃない? なんでもありで」
「音楽ね」
安齋は、はっと顔を上げる。
「星音堂 で一流企業の羽根田グループの企画が増えているんだ。最近では、一般的企業がクラシック界に手を出すんだ。イメージアップにもなる。それに聞いた話だと、羽根田グループのお偉いさんに梅沢市に縁のある人がいるようで、ここのところなにかと星音堂を使ってくれるんだよ」
「本当か?」
天沼は安齋の言葉に本気で目を輝かせた。
「それは初耳だ。ふるさとに投資をしたがる業界人は多い。それはいい情報だ。それって、明日からの業務にも朗報だな」
安齋と天沼のやりとりを見ながら、田口は歯痒い思いを隠しきれない。ハード面を作り変える作業はやったことがない。企業の誘致や、どうやって予算を捻出するかも良くわかっていないのだなと痛感する。視線を伏せると、安齋がふと田口を見た。
「焦るな。お前の出番は、骨組みができてからだ」
見透かされているのかと思うと驚いた。しかし、安齋の言葉に同調するかのように、大堀と天沼も頷いた。
「そうそう。田口はでき上がったものに彩りを添える役だろう」
「様々なイベントも盛り込もう。きっと良くなる。温泉と音楽のコラボ。もうアイデア湧いてそうな顔してるよ」
天沼の言葉に田口は顔を熱くした。
「しかし、問題はその骨組みだな」
黙々と予算の概算を出していた大堀は頭を抱える。
「ねえ。でもこれだけ出してくれる人いるかな?」
「それを考える」
四人は頭を突き合わせて考える。架空の企画なはずなのに本気だ。四人は顔を見合わせて思案した。すると、どこからか能天気な声が響いた。
「安齋じゃん! 元気~」
田口たちは不可思議そうに顔を上げる。そこには、一人の男が立っていた。長身で体を鍛えているのか、がっちりしたタイプだが、見た目が軽い。金髪に近い髪色はいじっているのがうかがえる。こんなタイプの男と安齋が知り合いとは、到底思えないのだが。
案の定、安齋は無視。パソコンのパワポをいじっていて、視線もやらない。
「無視かよ~。おれが変な人みたいじゃん」
「うるさい。話しかけるな」
安齋は冷たい調子で答えるが、男はニヤニヤとして資料を覗き込んだ。
「お前のところ、どんな企画なの?」
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