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第24章ー第215話 生態観察
今年は雪が降るのが早いと気象予報士がラジオで解説していたことを思い出す。秋は短く、あっという間に寒い季節がやってきたのだ。
「うー、寒いな」
渡辺の言葉にパソコンを打っていた田口は、手を止めて頷いた。窓の外に視線を向けると、鉛色の空が見えた。そして、風が、がたがたと古ぼけた窓を揺らす。山からの吹き下ろしの風だ。外に出たら、きっと突き刺さるように寒いのだろうな。実家である雪割町のように雪が降った方がマシだ、と田口は思った。雪が降らない冬の寒さは厳しい。雪国育ちの田口がそう思うのだから間違いない。
あれから、田口の野原への評価は変わった。振興係を嫌っていたわけではなかったということ。そして思った以上にまともで、仕事に真面目に向き合っていて、市長の私設秘書である槇のことも真面目に考えているいい人。そう思うと、彼の行動も気にならなくなった。
保住も同様だった。野原に呼び出しをされても嫌な顔をしなくなった。むしろ彼を課長として認めているようで、自分から企画書の相談に行く姿もみられていた。
しかもここ最近では、他の職員たちからも最初の頃のように、毛嫌いされることがなくなったのだ。その理由というのは……。
「おい。また食べ始めたぞ」
規律にうるさいと思っていたのに。あれ以来、お菓子解禁! とばかりに、彼のお菓子を食べる姿が名物になったからなのだろうか。渡辺につられて視線をやると、彼はデスクの上に置いてあるチョコレートをもぐもぐとしている最中だ。無表情でお菓子を食べている姿は、なんとも言えない。それを見て谷口は笑う。
「課長の主食って糖分だったんだなあ」
「だからあんなに顔色悪いんだろ?」
渡辺も頷く。
「昼飯、食わないでお菓子三昧じゃないか。総務の篠崎係長が弁当食うようになにかと世話しているみたいだけど、我関せずだぞ」
よく見ているものだ。確かに篠崎係長へ視線をやると、彼女はお茶を持って野原に話かけている。
「あんな感じなのに、野原課長って女子に人気なのが悔しい」
十文字は「く〜」と顔をしかめた。
「お前、わかってないねえ。女子はああいう『ちょっと放っておけないよね。私がいないとダメな人』が好きな訳。だから、保住係長も人気が高いんだろう?」
ああ、そうか。確かに。田口は納得してしまう。と、いうことは、自分は女子と一緒ってこと? 自分が保住を放っておけないのって「母性」ってことなのか? なんと——。
そう理解してしまうと、なんだか落ち着かない。そんな話を聞いていた保住は苦笑した。
「おれより変わり者がいるとは。迂闊だった」
「変わり者比べしないでくださいよ」
保住の言葉に田口がツッコミを入れると、渡辺たちも笑い出す。
「本当だ。係長、最近はお弁当持参だし、女子たちが入り込む隙がない。そのうち野原課長に人気を持っていかれますからね」
「それは好都合。おれは面倒なことは嫌いです。仕事に夢中になれるなら、そんなものは課長に全て譲ります」
「またまた。モテる人が言える余裕ですからね。そんなこと、おれたち以外の人間に言ったら反感かいますよ」
渡辺は苦笑いするしかないが、十文字はボソッと付け加えた。
「一人いればいいですもんね」
「そう、それね」
保住は何気なしに同意するが、田口は顔を真っ赤にするし、他の三人も恥ずかしそうに笑うので、きょとんとするしかない。
「な、なにか変だっただろうか?」
「係長〜」
「お惚気みたいなことやめてください」
「十文字が言ったのだろう?」
焦って言い訳まがいのことを言っている保住はぐだぐだだ。と、人の気配に顔を上げる。そこには野原が立っていたからだ。
無駄話をしていることを咎められるのか?
振興係の面々は一瞬、口を閉ざすが、彼は田口のところに来てイチゴのパイを差し出した。
「これ、やる」
「あ、あの。ご、ごちそうさまです」
田口がパイを受け取ってから頭を下げると、野原は一瞥をくれて立ち去った。一同は笑いを堪えた。
「ちょ、ちょっと。お前、本当に懐かれているよな」
くっくと笑う谷口と渡辺。
「本当、お前、いいキャラ」
「愛されキャラですね」
みんなは褒めるけど、田口はがっくりとした。
「皆さんはそう言いますけど、課長がくれるお菓子って、自分のいらないものばかりですからね」
田口は唸る。だって、このいちごのパイ。
「おれが昨日、星音堂の水野谷課長からの差し入れで配ったやつじゃないですか」
「あはは」
渡辺は吹き出す。
「確かに!」
「いらなかったんだ。そのパイ。返ってきたわけか」
「いや、多分」
保住は苦笑する。
「あの人、田口からもらったの忘れているだろうな」
「な、ななな……」
田口はからかわれて顔が真っ赤だ。本当、話題に事欠かないとはこのことだ。
「糖分好きなのに、パイはダメとか」
「色々与えてみると課長の生態が明らかになりそうですね」
保住の提案に、谷口たちは手を鳴らす。
「いいですね、やってみましょう」
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