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第24章ー第217話 忘年会と書いて修羅場と読む
忘年会の会場は駅前の居酒屋だった。久しぶりの飲み会、いや初めての飲み会ということもあって欠席をする職員は、ほとんどいなかった。総勢三十名の大所帯だ。
保住のことは渡辺たちに預けて、自分は他の幹事二人と居酒屋に入った。
金曜日の夜の街中は人が多い。飲み会というと、市役所近くの赤ちょうちんが多いので、駅前まで出てくるのは本当に久しぶりだと思った。
いつもは大人しい佐藤だが、こういう時になると張り切るのだろうか。彼は参加者の名簿とボールペン、お金をしまう封筒を持参してきていた。あまり深く考えずにいた田口は驚く。
「佐藤くん、すごいね」
「おれ昔から幹事はよく任されるんです。幹事のことはお任せください」
胸を張る彼を見て笑うしかない。仕事も同じようにやってほしい。それに幹事ばかり押し付けられるって、そういう役回りのキャラであるということを自分で言っているようなものだ。
「店の人と打ち合わせしてくるから。じゃあ、ここは大貫さんと佐藤くんに任せるから。おれは、会場みるね」
「はい」
「わかりました」
若い二人にその場をお願いしてから、田口は会場の様子を眺めた。あと数十分もしたら、この場所が修羅場になるなんて、思ってもみなかった。
***
席はくじ引きだったはずなのに、乾杯から二十分もしないうちに、それぞれは勝手に席を移動し始める。篠崎の目指した「懇談」は、良し悪しだ。なにかイベント事でもあれば、じっと座っているだろうに。総務係の中尾たち女子職員たちは、さっそく保住の隣に座り始める。
日本酒を煽っている保住は頬が赤くなっており、すでに酔い始めていることがよくわかった。本当は、隣に行って邪魔したいところだけど、邪魔する理由もない。それに今回の飲み会は、彼女たちのためということもある。じっと我慢するしかないのだ。
「保住係長って、どんな女性がお好きなんですか?」
「可愛い人?」
「料理が上手な人?」
きゃあきゃあと黄色い声を上げているのは女子だが、中心に座っている彼は、「そうだな」と真面目な顔をした。
「おれのことなんかより、女性はどういうタイプの男が好きなのだろうか。聞いてみたいものだな」
「嘘!? 私たちの好み聞いてくれるんです?」
「じゃあ、私は〜」
人一倍、盛り上がっているそこが気にならないはずがない。悶々としながら日本酒に口をつけると、空いている隣の席に一人の男がやってきた。
「あ、……課長」
そこにやってきたのは野原。彼はオレンジ色のジュースみたいなコップを持っていた。
「何飲まれているんですか」
「カシス? カシスのお酒」
「あ、ああ。そうですか。お酒飲まれるんですか?」
「甘いのだけ」
「でしょうね」
田口は苦笑する。彼は今度は田口のコップを覗き込んだ。
「水」
「違います。日本酒です」
「……大人」
「地元が雪割町なんです。お酒美味しいですよ」
「遠いな」
彼は頷いた。特に話す様子もなく彼はじっとそこにいる。そう、そこにいるだけ。
「こういう席は面白くないですか」
「面白くないわけではない」
「ですが? っていうことですか?」
「誰となにを話したらいいかわからない」
「で、おれのところに来るんですか」
「だって」
野原はそっと視線をあげる。田口も釣られてそれを追うと、そこには保住がいた。
「もしかして、心配してくれているんですか」
「別に。心配なのかどうかわからない。だけど、お前一人だったから」
「課長……」
心配してくれているのだろう。意味はわかっていないのかもしれないけど、確実に田口の気持ちを感じ取ってくれているのだ。
――優しい男なのだな。
そう思っていると、「はい、ごめんよ、ごめんよ〜」と大きな声が耳を突く。そして田口と野原の間に割って入ってきたのは、渡辺だった。
「渡辺さん」
「二人でくっついちゃって。もう。おれたちも混ぜてくださいよ」
「そうですよ。どうせ、女子はみんな係長のところなんですから」
渡辺に引き連れられてきた谷口も、「はい、どいた」と田口を押し除けて、間に割り込んだ。野原と隣同士だったはずなのに、渡辺と谷口が入ってきたので、田口はあっという間に外れに押しやられた。そしてそこに、十文字もやってくる。
「課長ー! 課長はおれのこと嫌いなんでしょう? ええ、ええ。よくわかりますともっ! おれのこと嫌いなんだー。だからおれの書類は一回で通りませんっ!」
十文字は空いている野原の隣に座り込むと、いつもの悪い癖。彼の腕を引っ張り始める。今日は保住が女子に囲まれていて手が出せないから面白くないのだろう。次のターゲットとばかりに野原に目をつけたらしい。
こういう人を弄って喜ぶ輩は、ターゲットを見つける能力がずば抜けて高い。ハイエナのように、「誰を弄ろうか?」と虎視眈々と狙っており、少しでも隙を見せるとこうして襲いかかってくる、と田口は思っているところだが……まさか今度のターゲットが野原だったとは。
彼は十文字に左腕をぎっちりと掴まれていた。その反対側では渡辺がしつこく話しかけた。
「課長っ! 振興係ばっかり、いじめるのはやめてくださいよ〜」
「いじめてない」
「嘘ですよ。おれにお菓子くれないじゃないっすか」
「お菓子?」
「そうですっ、おれ、お菓子もらってませんから」
渡辺の絡むところは少し的が外れている気がするが、谷口も「そうだ、そうだ」と同調する。
「お菓子くれないってことは、嫌いってことでしょう?」
「別に。お菓子好きなの? 欲しいの?」
「欲しいですよ!」
「課長の嫌いなパイでもいいですよ」
「パイ……嫌い」
「パイ嫌いって、どういうことなんですか? あんなに美味しいのに」
「モサモサして、嫌い」
ボソッと呟く野原は、心底困っているようで体が固まってしまっていた。
「課長っ! ぎゅっとしてくださいよ。おれ、寂しいんですっ」
「十文字、やめないか」
田口はたまらず声を上げるが、こうなると手がつけられない。
「なんですかっ! 田口さんは係長もいるのにぃ。課長まで持っていく気じゃないでしょうね」
「そういうものではないだろう」
「あのですね!」
あっちもこっちも収集がつかない。その内、そっちの方にいた篠崎がやってきて、十文字に蹴りを入れた。
「ぐへっ」
「お前っ! 課長に触れるなっ! 誰の許可もらってんだ? 寂しい男どもは、寂しいもの同士で傷の舐め合いでもしとけっ」
「そんな、篠崎係長〜」
「どけっ」
「篠崎さんっ」
十文字に危害が加わるとばかりに、田口は間に入る。渡辺や谷口は「課長、こんな野蛮な人たちは相手しないで、こっちで飲みましょう」と腕を引っ張る。野原はダンゴムシが身を守るためにくるりんと丸まっている時のように、固まっているだけ。あっちもこっちも大騒ぎ。ふと視線を保住に戻すと、彼は机に突っ伏して寝ている始末。しかも「わあ、寝ちゃうんだ。可愛い」なんて女子たちにほっぺたを突かれたりしているのだ。
「これは……澤井さんが飲み会を封印した理由がよくわかった……」
義務は果たしたが……もう金輪際、こういう飲み会は勘弁して欲しいと思う田口だ。
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