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第167話

「はぁ…。」 「法月君何かあった?浮かない顔して…。」 席に戻ってからずっとこれだ。 ため息を吐かずにはいられない。 あの後竹内さんを問い詰めた所、「俺がこれを話してしまう事でお前まで幇助罪で捕まる事になる」だの何だのと頑なに事情を教えてくれることはなかった。 大体の予想はついてしまうのが悲しいが、今更幇助も何もないだろうというのが本音で。 一つだけ不満を抱くとすれば、確実に自分のメンタルの事情でズル休みをしている竹内さんに憧れていた僕だから、涙ながらに娘と別れて来たのに…彼は案外繊細な心の持ち主だったという所だろうか。 あぁ、あとは僕が竹内さんをどう想っているか本人はまだ理解してないのか、とか。今まで黙っていたのだからこの先誰かにバラすなんて疑われるのは心外だ、とか…おっとこれでは一つだけと言った少し前の決め事が台無しだ。 とにかく思う事は色々とあるわけだが、体調不良にしては枯れてもいない普段通りの声色に安心したのは事実なので、僕まで早退して様子を伺いに行く必要は無くなった。 終業後に見舞いという設定でご自宅まで話を聞きにでも行ってあげようか。 ふと隣のまっさらだったデスクを覗くと、まだ午前中だというのに積もりに積もった資料から伝票、手を付けられていないFAXの山に言葉を失う。 嫌な予感がしてメールボックスを開かせてもらうと、2桁は溜まっている受信欄に目を疑った。 この人…いつもこんな量の仕事をこなしていたのか。僕に引き継いだものも多少はあるけれど、いくら何でも…。 中には同部署の連中から丸投げされた依頼書なんかも混じっている。居ない事を知っている人間ですらこれなのだ。文句の一つも言わず淡々と進める竹内さんが、この会社にいかに貢献しているかがよくわかる。 何が来年には俺の給料を越してるだろうな、だ。僕の3倍の給料を貰ったって不思議じゃない事を竹内さんはこなしているじゃないか。 …残業はしない主義だ。もっとも、僕に課せられた業務はすべて終えてから帰宅しているので誰にも文句を言われる事は無い。 娘に早く会いたい一心で、忙しい時期も乗り越えられた。 でも、明日竹内さんが出勤したとしてこの光景を目にしたら──。 何も言わず、熱心に取り組むんだろう。 わかっている。僕の上司はそういう性格の人だ。自分に厳しく人に甘い。仕事だけじゃなく、私生活…恋愛においてもそう。悪いのはいつも自分で、他人を巻き込むことを嫌う。 いつか過労で倒れてもおかしくないぞ。本当に、世話の焼ける人だ。 自ら全てをこなすには、僕では知識が浅すぎる。出来る事にも限りがあるだろう。それでも。 メールは全て印刷し、返信内容は送信履歴を参考に。 暇をしている先輩を見つけては質問を繰り返していれば、あっという間に昼休憩は潰れた。 ゆらと一緒に早起きして作った弁当は、今晩のおかずにしよう。 初めて竹内さんの大変さが身に染みてわかったその日、彼のデスクをまっさらにする事は叶わなかったがある程度の切りを付ける事は出来た。 初めての残業らしい残業。20時手前で会社を出れば、慌ててゆらの待つ保育園へと車を走らせた。

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