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今こそ別れめ いざさらば④

 鼻先が額に近づいてきて前髪に埋まり、すんと匂いを嗅がれる。先生のお顔は耳の方へと移動して、そこに口づけながらもまた鼻先が動くのを感じる。 「久しぶり……この匂い。僕の家に来る前は、この香り……いつも、してたね」 「お好きですか?」 「うん……好きだよ」  薄い唇が耳の縁や耳たぶを甘噛みし、首筋を通っていく。いつもより熱を感じて、くらりとした目眩とともに熱を出したときのように目に灼熱感を感じる。先生の唇が肌を滑り、その声で囁かれるだけで頭が働かなくなる。息が上がって吐く息が震える。 「ああ……でも、ここからは。君の首からは、ちゃんと……君の匂いがする。この匂いはどこにいても、変わらない……」 「ん……先生、恥ずかしいです。そんな、ところ」  肘を掴み持ち上げられると今度は脇に顔を寄せられた。くすぐったさと同時に緊張で汗ばんでいないか心配になってわずかに身を引くが、先生はそんなことはお構いなしに追いかけて顔を埋めていく。恥ずかしくてたまらないのに、きっと先生は俺のそんなところの匂いで興奮してしまうのだろうと思うと、体の芯が熱くなる。先生が興奮してくださるのならばこの身体の隅々まで見られても、匂いを嗅がれても、何をされても構わない。俺のすべてを知っていてほしい。独占してほしい。 「はぁ、たまらないな。首と脇、か……きっと、君のフェロモンなんだろうな。異性に効くはず、なのにね」 「匂いだけじゃなくて、触って……」 「だめ」 「そんなっ……」 「見て……ほしいんだよね」  腕を上げられているのとは逆側の手首を取り、前を開いたスラックスの中へ導かれる。先程すでに濡れていた下着の染みはさらに広がっていて、それでもまだ立ち上がっていない男性器に羞恥心を煽られる。  この、真ん中のベッドで行われていた秘密の情事。  それを思い返せば先生の言わんとしていることはわかるが、あの頃から随分と身体を躾し直されてしまった。戸惑いにきつく唇を結びながらも、下着の中に手を入れ濡れてとろとろになった鈴口に触れれば、ぶるりと震え上がるほどの快感が走った、が。胸の先端や睾丸の後ろのほうがじんと熱くなるばかりで、扱いて射精するイメージがわかない。なんて情けない身体なのだろう。見てくださいなんて言いながら、先生にうしろを可愛がられることばかり考えてる。 「せんせぇ……」  熱く震えた声で訴えかけるが、先生は脇や首筋、耳の裏の匂いを堪能するばかりだ。 「僕は……触らないよ? 見せて。見たい」 「せんせ、や……そんなとこで話さないでください、くすぐったい……」 「うん? かわいいね」 「ちゃんと、見てくださいますか?」  首筋を唇で撫でられながら、頭が揺れて頷くのがわかる。顎や鎖骨に触れる髪の毛がこそばゆくて首をすくめそうになるのを我慢して顎を上に向く。もっとしてと強請るように。先生にそれはきとんと伝わって、触れないと言いながら喉に何度も口づけ歯を立て舌を這わす。  そんな風に焚き付けられてはじっとしてなどいられず、再び手を動かし始めた。人差し指と中指で裏筋をくすぐりながら、親指を往復させてカリから先端までを繰り返し撫で上げる。くちゅくちゅと音が響いて耳の奥がゾクリとした。先生の手がスラックスと下着にかかったのでお尻を上げれば、そのまま膝下まで下ろされてしまった。  竿に触れないで先端ばっかりいじっているのを見られてしまったと顔が火照るが、そもそもバレバレだったかもしれない。気持ちはいいが、腰の浮く、もどかしさが延々と高まって留まることの知らないような快感に涙がにじむ。 「あ……あ……」 「山下と……何、してたの?」 「え、ぁ……んっ、ん……なに、も……」 「君、抱きしめられてた。嫌だ。僕の君が、この身体が」  長い腕が足に絡まる衣服まで剥ぎ取り床に落とすと、膝裏に手を差し入れられて片膝を高く上げさせられた。既に片腕を上げて固定されているのに、逆側の足まで押さえつけられ、先生の好きなようにこの身体を差し出し、恥ずかしいところを晒していることに内側から喜びが溢れ目を細める。 「どうして……濡れてるよ……?」 「来る前にトイレで、綺麗にしてきたんですっ……中もう、ぬるぬるなんです……」  先生はその奥深く、隠れていた場所が白熱灯をぬらぬらと反射しているのにすぐに気がついて息を飲んだ。空気に触れてひんやりと冷たく、ひくひくしているのが自分でもわかる。 「開いて閉じてる、やらしい……」 「だっておちんちん、気持ちいぃ……からっ……」 「ふにゃふにゃ、だよ?」 「先生が、せんせい、が……こんな身体に、したのでしょう……?」  気持ちいい。確かにちゃんと、おちんちんが気持ち良くなっているのに、どうしても中の疼きに引っ張られる……これはあくまで別の場所を高めるための気持ちよさで。ほしくてほしくて、腰を上下に揺する。 「せんせい……なかぁ……おれ、もう中じゃないと‎だめ……中ほじって、せんせぇ」 「僕は触らない、自分で……」 「さっきしました。自分じゃ、届かないです。おちんちん、ううん、先生のおっきいのじゃないと……おくがいいぃ……」  最後に二回ほど先端を搾るようにつまみ上げて刺激を与え、その手を後ろからしっかりほぐした穴へ移動させた。人差し指と中指を入れ、赤く蠢く中がよく見てもらえるように柔らかい入口を広げる。 「先生……おしりに使うローション、自分で、買ったんです。お店で。ん……こう、やって……あっ……おしりで、えっちなことしてるの、お店の人に気づかれちゃったかもしれません」 「なに、やってんの」 「さっきトイレでしてる時も、くちゅくちゅえっちな音が出てしまって、きっと聞かれてしまいました」  入れた指を閉じて根元まで入れ、指の第一関節あたりまで抜いてを繰り返す……あぁぁ、と深いため息と一緒に、ちょうどその時と同じような水音が響いた。くちゅ、ぐぢゅ、ぢゅぶっ、と酷い音だ……先生に支えられている太ももがビクビクと震える。  息がどんどん荒くなって、口が閉じられなくなる。きもちいい。先生に見られてオナニーするの、きもちいい。一人でしても全然足りない、先生がいないとだめ。 「だらしない顔。そんなことして、見られて、興奮するの? 悪い子だな……本当に、悪い子だよ?」  そう言いながらも、先生の息も荒くなってる。はぁ、と熱い息をかけた後、脇をべろりと舐められた。悪い子と囁かれ、汗ばんだそんなところに舌が這って、腰から脳天までざわざわと快感が駆け上がっていく。 「はぁっ、あ……せんせ、先生の、せい、ん……先生のせいです」  自分でおしりを掻き回しながら、脇の窪みをぐりぐりするようにべろべろと舐められ、言葉を紡ぐのも必死だった。せめて前立腺に触れないように入口だけに刺激を与えているが、少し奥に入れると指の先のほうでぷっくりと膨らんでる気配が感じ取れて、擦りたくて仕方なくなる。どうしよう先生と駆け引きしなきゃいけないのに我慢できなくなってしまう。  もどかしくて、先生がほしくて、目頭が熱くなって涙がにじむ。どろどろと崩れ落ちそう。 「もぉだめ……おれ、だめなの、だめなんです。中が疼いて、たまらないんです。先生が、管理して。連れて帰って。先生いれて下さらないなら、今すぐ他の人の入れてやるっ……」  思わず口調が乱暴になる。家族にだってこんな口きいたことない。歯を食いしばって、息が荒らげるのを極力抑えながら、涙が流れないようにでも潤んだ瞳で睨みつける。反応が怖くて見られなかった先生のお顔は、怒りよりも困惑の色が強く、下半身を見て俺の顔を見て、言葉を吐くのを誤魔化すように胸の先端に優しく噛みついた。 「せんせぇ、なにか、なにか言って」  返事の代わりに、舌で優しく転がされる。まだ触れてないおしりの奥がキュンとして、もはや腹立たしかった。 「先生のばか。もう誰かに、このとろとろのとこに、入れてっておねだりして、あっ、いれ、あぁ、おしり、ずぼずぼしてもら、あ、せんせっ……!」  怒りに任せてはしたない言葉を重ねて駆り立てていたら、ガチャガチャとベルトの留め具を外す音が響いた。それにハッとして先生の顔に再び目を向けようとすれば、ちゅぽんと無理矢理指を抜き取られ、大きくて硬いのがずりずりと入口を擦り始めて目を瞑ってしまう。  ずるっとおちんちんの先端から根元までが往復するだけでそれなりに時間を要し、規格外の大きさを再確認して興奮した。竿からビクビクと脈が打っているのが伝わってくる。 「そのまま、入れて……せんせ、おちて。いかないで」  もうすっかり怒りは消え、悲しいくらい細く弱々しい声で訴えた。  もう今日を逃したら卒業式しかない。先生にもう会えない。繋ぎ止めるのに必死だった。でももうきっと終わってしまったことで、どうにもならないことで、先生を困らせてしまっている自覚もあった。  先生は何も言わない。  脇を愛撫するためにずっと上がりっぱなしだった二の腕が解放され、両足を抱えられ股を大きく開かされた。ずるずると竿で穴の入口を刺激していたおちんちんの根元を握って向きを変え、ちゅぷ、とヒクつくそこに先端を突き立てられる。 「出雲……苦しい。どうして? どうして、こんなことするの。ひどい」  先生の大きな手が、頬に触れた。そしてそのまま輪郭をなぞって親指が耳のほくろのところを撫でる。 「君への感情を……遠くに、おいたのに。戻ってきちゃった……」  先生の手のひらに頬を擦り寄せる。暖かくてきもちいい。 「ワガママを……言いにきたんですよ」 「本当に、わがままだ。もう、話は終わったのに」 「言ったでしょう。先生にしかワガママを言えないんです」  腰をくいっとあげると、少しだけ先生の亀頭が俺の中に埋まる。あ、と甘い声があがると同時に、先生が腰を後ろに引いて逃げた。  歪む視界で先生をよくよく見つめ、白衣の襟元に手を伸ばす。俺が選んだ白衣に合いそうなシャツじゃなくて、また変なTシャツ着てる。かっこいいところが見たかったけれど見慣れた姿に安心するのも確か。  掴んだ襟を引っ張って、先生みたいに俺も首筋で鼻をすんと動かす。先生からはお煙草の匂いがする。ほろ苦いバニラの匂い。 「いずも……入口、動いてる。入れたい……入れたい……」 「少しだけ、もう入ってますよ?」 「うん……」  ぐっと先生が腰を押し進めようとするのがわかって、今度は俺が腰を引いて逃げた。入口を見ていた先生の顔がなぜと言いたげにこちらを見るので、可愛くて微笑みで返した。      

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