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お兄さんにお願いします……

デュークさんの後を追うようにゲスター様のいる書斎へと向かう。何を言われるか少し不安になりながら書斎の扉をノックすればゲスター様の代わりにデュークさんの声で「入りなさい」と返事が返ってくる。 久しぶりに入る書斎は元々はレノー様が使っていた場所で、沢山の本が並ぶ落ち着いた雰囲気の場所だったのだが……ゲスター様が模様替えをしてしまったようで本は無くなってしまい代わりに煌びやかな美術品が飾られていた。 書斎の椅子に腰掛けているゲスター様は、いつも不機嫌そうな雰囲気で僕に接してくるのに今日は何故だか機嫌が良さそうだ……。 「ゲスター様。何か御用でしょうか?」 「あぁ。実はココに話しておかなければいけない用件があってな……。これなんだが……」 ゲスター様はそう言うと一枚の立派な紙を僕に見せてくる。契約書のような紙には何か書いてありゲスター様はそれを読み始める。 「これは、数日前に叔父上の部屋で見つけたんだがな『ヴァントーラ公爵家の全財産は、レノー・ヴァントーラの契約従者であるココに譲る』と、書いてある。これは叔父上から君に当てた遺言書だ」 「えっ………?」 突然そんな事を言われ僕は驚いてしまう。 「この契約書は魔法契約されているから叔父上の死後、すぐに契約は実行される……。よかったなぁ、ココ。私達家族が叔父上から譲り受けるはずの物は全て君のものだ」 ゲスター様はそう言ってレノー様の遺言書を僕に投げつけてくる。床に落としてしまった遺言書を拾い上げ、遺言書に目を向けると確かにレノー様の達筆な字で契約書にはそう書いてあった……。 「僕は……受け取れません……」 「君がそう言っても魔法契約されている以上、叔父上の死と同時に契約は実行される」 「そんな……。レノー様に話して……契約を解除してもらう事は……」 「今の叔父上は話ができる状態ではない。ましてや魔法契約の更新をさせるのには体に負担をかけるからな……叔父上の死期を早め遺産を早くもらいたいと思うのならお勧めするぞ」 ゲスター様はニタァ……と気味の悪い笑顔を向けてくる……。 「レノー様は……そんなに悪いんですか……?」 「あぁ。最善を尽くしてはいるのだが、どうやら体が持たないようだ。誰かが用意すると言っていた『万能薬』とやらはいつまで経ってもやってこないしなぁ……」 「すみません……。まだ、森の主を捕まえられなくて……」 「まぁ、期待はしていないよ。もしかして……君は事前に叔父上から遺言書の事を聞かされていたんじゃないか? だから、薬を準備できないのもワザとなのだろう?」 「違いますっ! 僕は……遺産なんていりません。レノー様が元気でいてくれればそれだけでいいんです!」 「必死だなぁ~。それが余計に怪しく感じるが……まぁいいだろう。そこまで言うのなら三日後までに準備しろ。それ以上は叔父上の体が持たないかもしれないからなぁ」 「三日後……」 「なんだ? 叔父上を助けたいのではないのか? 死んでしまえば流石の万能薬も効果はでないぞ~」 「はい……。必ず用意します」 ゲスター様とデュークさんの笑い声がこだまする書斎を出た僕は呆然としたまま厨房へと戻る。 レノー様を助ける為にも森の主を捕まえて三日後までに薬を用意しないといけない……。 けれどこの三か月、罠を張ってもいつも空振りだったのに三日間で森の主を捕まえる事ができるのだろうか……。 いや、どうにかしなくちゃいけないんだ……僕が頑張らないとレノー様が死んでしまう……。 厨房へと戻れば皆が慌ただしく夕食の準備を始めていて、リアムさんも誰かに仕事を頼まれたのか姿が見えなかった。 今は目の前にある仕事を終わらせて、主を捕まえる準備に取り掛からないと……。 僕は気を入れ直し仕事へと戻った……。 レノー様の事が気になりながらも今日の仕事をなんとか終わらせると、ダンさんと一緒にリアムさんが帰ってくる。 「お~ココ。リアムをずっと借りてて悪かったな。コイツのおかげでようやく解体場の荷物整理ができてなぁ、助かったよ」 「ココ。遅くなってすまない。呼び出しは……大丈夫だったか……?」 リアムさんから向けられる優しい笑顔に、ずっと張り詰めていた気持ちが緩んでしまい……涙が溢れ落ちそうになる……。そして、僕はたまらずリアムさんに抱きついてしまう。 「コ、ココ!? どうしたんだ? ゲスターに何かされたのか!? とりあえず……早く小屋に帰ろう。ダンさんすみません! 俺達もう帰りますね」 「お、おぅ……気をつけてな」 リアムさんに軽々と抱きかかえられると、ダンさんに挨拶する暇もなく凄いスピードで小屋へと連れていかれる。 小屋に到着し、ベッドの端に座らせられるとリアムさんはテキパキとお茶まで淹れてくれる。 「ココ。何があったんだ? 俺でよければ話を聞くぞ?」 リアムさんは僕の隣に座ると、心配そうに顔を覗き込んでくる。リアムさんの漆黒の瞳を見つめると、少し収まっていた感情がまたブワリと膨れ上がり涙がこぼれ落ちてくる。 「りあむしゃん……。レノーさまが……れのーさまがぁぁぁ……」 レノー様の最後を想像してしまうと、我慢しきれずにワンワンと泣いてしまう。リアムさんは泣きじゃくる僕を優しく抱き寄せてくれる。分厚い胸板に顔を埋めると、なんだか凄く安心してしまう……。 「レノー様の容態が悪いのか……?」 リアムさんの言葉に小さく頷くと、またギュッと抱きしめられる。 「ココ、俺に何か出来ることはないか……? レノー様の容態が良くなるならば看病だってなんだってやるぞ?」 「なんだって……ですか……?」 「あぁ……」 リアムさんの言葉に胸に埋めていた顔を起こし見上げると頼もしい笑顔を向けられる。 リアムさんと一緒なら……もしかしたら一角獣を捕まえられるかも……。 そう思った僕はゴシゴシと涙を拭いリアムさんと向き合う。 「リアムさん……。お願いがあります。僕と一緒に一角獣を捕まえて下さい」 「一角獣……?」 「はい。森の奥にいると言われているこの森の主なんですが、一角獣のツノを粉末にするとどんな病気にも効果がある『万能薬』になるそうなんです。僕はずっと森の主を捕まえようと罠を張っていたんですが……全然ダメで……。でも、リアムさんと一緒なら捕まえる事ができそうな気がするんです! お願いしますリアムさん。僕に力を貸して下さい!」 リアムさんにお願いすれば、目尻を下げ優しく頭をポンポンされる。 「もちろん力を貸すよ」 「ほ、本当ですか!?」 「あぁ。なんてったって俺はココの従者だからな。ご主人様のお願い事はなんだって聞くよ」 「うぅぅ……ありがとうございますリアムさんっ!!」 嬉しさのあまり思いっきり抱きつくと、リアムさんは少し恥ずかしそうに顔を綻ばせる。 「あ……ごめんなさい」 「謝らないでくれココ。俺はココに抱きしめられると凄く嬉しい」 そんな事を面と向かって言われると、なんだか僕も恥ずかしくなってきてしまい互いにへへッと笑い合ってしまう。 「一角獣を捕まえるにあたって質問なんだが……もしかして、俺が引っかかった罠は一角獣を捕まえる為のものだったのか……?」 「はい……」 「そうか……。罠を俺がダメにしてしまったんだな……」 「リアムさんのせいなんかじゃありませんよ。僕みたいな素人が張った罠なんて森の主にはお見通しだったんだと思います。だから気にしないで下さい」 「……よし。ココの罠に捕まった俺が責任持って一角獣を捕まえてみせる」 「ふぇ……?」 「だから悲しい顔をするな……ココ」 リアムさんに頬を撫でられると、なんだか自然と笑みが溢れてくる。 「はい。よろしくお願いします……リアムさん」 こうして僕とリアムさんはレノー様を救うべく、一角獣の捕獲へと動き出した。

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