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番外編-13

***   何度そうして抱き合っただろう。  聖利がのそりとベッドから起きあがったのは空腹からだった。  壁の時計を見ると六時半……。しかし、それは早朝ではない。夕方の六時半のようだ。ブラインドの隙間から差し込むオレンジの光は方向的に西日である。二十時間以上、寝食を忘れて抱き合っていた。  ヒート期の性欲はここまでなのか。さすがに自分たちの本能が怖くなる。  しかし、見下ろせば來はあどけない顔でやすらかな寝息をたてていた。聖利の腰にがっちりと腕を回し、離すまいとしているあたりに強めの執着を感じるが。 「ふふ、可愛い寝顔」  髪を撫でると、來が眉間に皺をよせ、わずかに身じろぎをする。それから切れ長の美しい目がゆるゆると開いた。 「おはよ、來」 「聖利……」  來は目をこすり、ん、と軽く伸びをした。 「少し、甘い匂い薄くなったかも」 「そうかい?」  セックスはフェロモンの緩和になり得るのだろう。今のところ、來しか気づかないごく微量の香りだけれど、香らないに越したことはないのだ。  すると、來が聖利の腹にちゅ、とキスをする。柔らかく湿度を持ったキスは明らかにさらなる行為へのお誘いだ。聖利はあわててその顔を押しのけた。 「駄目だ。一度起きて」 「なんで? もう一回しよ」 「休憩も必要だろ? 食事をしよう」 「あーうん、さすがに腹は減ってるな。栄養補給しないと、もう出ないかも」  まだする気なのかと突っ込みを入れようと思ってやめた。昨晩からの情熱的な時間を思えば、身体がじんと疼くのは自分もまた同じ。  同棲生活とはいえ、規則正しくと思っていたのに初日からこうなってしまったのは、抗いがたい互いへの引力だった。  だけど抱き合ってみれば、多少怠惰でもいいかもしれないと思う。学園の寮に戻れば、昼夜を忘れて無心に抱き合うことなんてできないのだから。   「美味しい食事をして、ふたりでシャワーを浴びようか」 「お、やる気じゃん」 「やる気だよ。お互いの身体を洗って、拭いて、髪を乾かし合ったら、またベッドに戻ろう」  聖利の誘いに、來が嬉しそうに破顔した。 「最高の夏休みだな、それ」 「だろ?」  ふたりが恋人になって初めての夏。最初の一週間は蜜月のひと時。  心ゆくまで互いを味わい、愛し尽くす幸福な時間になる。 (end) ※ここまでお読みいただきありがとうございました。 機会があれば、聖利と來のその後のお話も書いてみたいと思っています。

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