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第1話

 寂れた公園だった。  幸弥(ゆきや)は気がつけばここに立っていた。  20歳にもなって迷子とはあり得ない。そもそも迷子になるはずがない場所に居たはずだ。  先ほどまでは確か、夕暮れの交差点に居たのだ。  横断歩道で目が不自由な人を誘導するために流れる、音響信号機の“通りゃんせ”を聞きながら一歩踏み出して――待てよ、と、幸弥は思い返す。  大学に通い慣れた道の横断歩道に流れていた音は、果たして“通りゃんせ”だっただろうか? あの音響信号機は鳥の鳴き声ではなかったか?  幸弥は知らなかったが、もうずいぶん前に世の中の音響信号機は、音楽ではなく鳥の鳴き声に代わっている。“通りゃんせ”が使われたのは前の話だった。  いや今はそんな話はどうでも良かった。  交差点を渡って居たはずが、なぜ夕暮れの、それも寂れた公園の中に佇んでいるのか。 「……え? ここって……?」 『ここかぁ? そうさなぁ、ニンゲンで言うところの、地獄の一丁目……の、手前ってところだ』  不意に聞こえたのは岩を削るような胴間声だった。野太い声に振り返れば、その声に見合う巨漢が夕日を遮っている。  背丈も厚みも、幸弥が見たことないほどに大きい。あまりの迫力に脳が警鐘を鳴らした。  巨漢の圧迫感に知らず幸弥が後ろへと下がる。大きな体躯も声も十分に怖かったが、それよりも夕日の隙間から黒々と(そび)えるニ本の角が恐ろしかった。  鬼だ。  直感で思った。思った瞬間には逃げようとした。  けれど太い指が枯れ木を掴むように幸弥の二の腕を捉える。 『まぁゆっくりしていけよ。久々の生き肝――精のつく食いもんだ。たっぷり食わせて貰うぜ?』  「……ん、ひぃ……ひィ……っ………」  嗚咽混じりの声が夕暮れの公園に響く。  夕日が映す長い影には二足と四足の姿がある。  二足は大柄な鬼、四足は裸に剥かれた幸弥が、四つん這いになった姿だ。 『おら、もっと俺が食いたくなるように柔いケツを振りやがれ!』  鬼が幸弥の首に掛けた縄を引けば、カエルが潰れたような声を出しながら幸弥が尻を振る。  恐怖心から鬼の言いなりになっていると言うより、鬼の言葉に抗い難い力があるのだ。  幸弥自身は知らなかったが、それは鬼の言霊による精神と肉体の支配だった。  左右に尻を振って四つん這いに歩きながら、幸弥はぐしゃぐしゃの泣き顔で地面を見ている。食われるのだろうかと怖くて怖くて堪らないのに、鬼の言葉に逆らう方がもっと怖い。 『ここは俺たちの遊び場だ。たまぁに素質のあるニンゲンが迷い込む以外は、俺たちだけの住処よ』  首に掛けていた縄を引けば、首が絞まって藻掻いた幸弥が思わず膝立ちになる。 『誰が二本足になれっつったよ? あぁ?』 「……ひぐ……っ……ご、めんなさ……」  にやにやと笑いながらクイックイッと縄を引けば、潰れた声を上げて幸弥が必死に四つん這いに戻ろうとする。 『絞められた鶏みてぇな声だなぁ? よしよし、鶏なら卵でも産んで貰おうか』 「ヒぃ、ィッ!? ……な、なにっ……ぃっ?」  鬼が“卵”と言った途端に感じる腹の中の違和感。楕円形のものが腸内に詰められた感触に真っ青になって鬼を見れば、鬼の太い指が一本、二本と立っていく。その都度、尻の奥にぽこん、ぽこんと楕円形の質量が増えていくのだ。 「……や、めっ……ゆるじ、で……壊、れ……腹が、こわれる……っ」  増えていく質量に地面に這いつくばって泣き叫ぶ。体の中を埋めていく質量が、なぜだか熱さと痒みを伴って尻を振るわせ続けた。 『痒いかぁ? 早く産まねえともっともっと痒くなってケツん中が爛れちまうぞぉ? まぁもっとも、俺が産めと言わなきゃあひり出せねえがな』  ゲラゲラと鬼の哄笑を聞きながら、内側から虫が這い回るような痒みに必死に堪えるが、痒みとは痛みよりも耐え難く感じるものだ。  尻をうねらせ、痒みを紛らわせようと自分で自分の尻を叩きながら、“許して”“助けて”“産ませて”と鬼に乞うて見せる。 「こりゃいい! 自分で自分の尻っぺたを叩いていやがる!」  その滑稽で哀れな格好が気に入ったのか、鬼は嗤いながら幸弥の髪を掴んで歩き出す。向かった場所はアーチ型の雲梯だった。  登ったり降りたり、時に梯子のような鉄棒にぶら下がって遊ぶ遊具だ。 『そら、その天辺に登って四つん這いになれ。そうしたら雌鶏の仲間入りをさせてやらぁ』  痒みと圧迫感は、恐怖と羞恥を簡単に駆逐した。這う這うの体で雲梯に登り、アーチ型の天辺で鉄棒を掴んで四つん這いになる。  痒い。苦しい。痒い。――産みたい。 「う、うま……せっ……てぇ……たま、ごッ……う゛ま゛ぜでぇぇぇぇぇぇッッッ」  雲梯にしがみ付き、尻を上げて必死に産卵を強請る。夜が一向に来ない夕暮れの中、雲梯の上で産卵を哀願する格好はおおいに鬼の興を満たした。その愉快な気持ちが通じたのか、幸弥の尻に間からは白い卵が半分ほどだけ頭を覗かせていた。  半分ほど食み出た卵を振り落とそうと、幸弥は尻を大きく振り動かした。しかしそんなことでは卵は抜け落ちない。横に、縦に必死に尻を動かせば動かすほど、鬼の哄笑は大きくなる。 『そんな格好で()り出してぇか! 雌鶏野郎が! 雄は卵なんざ産まねえからなぁ! てめえは雌ってこった! なぁ雌だから産みてえんだろうが!』 「……め、メス……メス、だか、らッッ……たま。ご、ぉッッ……うみ、ま゛ずッッ……!」 『雌鶏が。いいぜ“産め”よ、ケツが壊れる勢いでな!』  卵が鬼の言葉で意志を持ったようにずりずりと腸で蠢き、腸を産道に変えて産まれようとする。腸の粘膜は痒みで過敏なって爛れた。卵が動くだけで、先走りが間欠泉のように噴出して雲梯から滴り落ちる。  雲梯の上でうねる幸弥の体は夕日に晒され、てらてらと汗が赤に反射してひどく艶めかしかった。 「……ン゛ンッ……ん、う、うまれ……う゛ま゛れ゛ぢゃ……う゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛ぅぅぅぅっっ……!!」  怪鳥のような声を上げ、雲梯の上で幸弥の体が跳ねるように痙攣した。  ぢゅぽ、ぶぽっ、と、間抜けな音を鳴らして勢いよく産まれる数々の卵に、鬼は大笑いしながら手を叩いて喜ぶ。  完全な見世物扱いだった。 「今までのニンゲンの中じゃあ、一等よく飛んだな! いいケツ穴女郎になりそうだ」  痒みを凌駕する刺激で次々と卵を吹き飛ばし、排泄の快楽にも似た余韻でぐったりと幸弥は雲梯に倒れ込んだ。疑似産卵の刺激が強すぎたのか、その雲梯の間からじょろじょろと溢れるものがあった。 『あぁん? 誰がションベンまで漏らせって言った? しょうがねえ雌鶏だ』  のっそりと鬼が雲梯の下に潜り込む。雲梯のてっぺんから葡萄みたいにぶら下がる幸弥の陰茎を舌で掬っては先っぽを舌でビンタする。そのたびに浮こうとする尻を留めるように鬼は器用に唇だけで食んだ。 『いい味だ。こりゃ穴をほじくるのも楽しみだ』  鬼が雲梯の下から離れる。  幸弥がしがみつく雲梯が、ギシギシと軋んで揺れる。重量の負荷がかかったその音。 『そういやぁ順番が逆だったな? 卵を産む前に種付けしねえとな』  虚ろな顔で涙と涎、それに小便を溢す幸弥の視界に黒々とした影が落ちる。雲梯に登った巨漢の鬼が幸弥に覆い被さったのだ。 『たっぷり種付けして、また卵を産ませてやらぁな。今度は亀みてえに砂場で産ませてやる』  裸になった鬼の股間にぶら下がった逸物は、金棒のように大きく節くれ立っていた。  鬼の大きな手が幸弥の柔らかい尻肉を掴む。卵の形にぽっかりと空いた尻穴を見て鬼は舌なめずりをした。 『いい精が溢れてらぁ。コイツは当たりだったなぁ……馳走にありつけそうだ』  ぢゅるっと音を立てて鬼が幸弥の穴を嘗め回す。卵の放出で緩んだ肛門の皺を舐め、蛇のように太い舌を差し込んでビタビタと幸弥の腸壁を打つ。驚くことに鬼の舌は前立腺まで届いて、ぷっくりとしたしこりを舐めしゃぶった。  初めての感触と刺激に尻たぶを震わせて幸弥は雲梯にしがみつく。鉄の臭いが鼻をくすぐり、梯子上の雲梯の隙間からは先走りを零す幸弥の陰茎が垂れ下がって揺れていた。 「あ……あ、ひッ……そん、な……トコ……お、ぉ……おぉぉッッ」  たっぷりと穴の中を舐めてから丸い尻を一噛みしてから鬼が幸弥を腹の下へと引き寄せる。尻に当たるのは人間より大きな鬼の陰茎と、金属のように固い陰毛だ。 『鬼の精はニンゲンにゃキツいかもなぁ? まぁ、おっ死んじまったら(はらわた)も肉も骨も喰らってやるさ。――――そうさな。鬼の精を受けて死ななきゃあ褒美にいっぺんだけ逃がしてやろうさ。せいぜい踏ん張れや』  鬼の声。鬼の臭い。鬼の熱。鬼の重み。  それらに支配された幸弥は、もはや言葉をかみ砕くこともできない。ただ包み込むように鬼の巨体に背中から覆われて、雲梯を掴んで舌と陰茎を垂らして呆けるだけだ。 『死ぬなよ? 死なずにもういっぺん、ココに来たらぁ、そん時は俺の嫁にしてやらぁ』    俯けていた顔を捩じられ鬼の方を向かせられる。お伽話のように凶悪な顔ではなく、凶相ではあるが粗削りの顔は人間のそれに近い。しかし二本の角と太い牙がやはり鬼だと教えてくる。  びっりしと生えた牙の間からぬるりと長い舌が伸び、イラマチオのように幸弥の口いっぱいに捻じ込まれた。  幸弥の口を吸いながら、鬼が腰を進めてくる。あまりに太く長い肉の楔は、幸弥に白目をむかせるには十分だ。ニマニマと笑いながら、鬼が口を離せば途端に絶叫が迸った。まるで首を捩じられた鶏のような声だった。 『なに、おめぇは素養がありそうだからぁ? すぐに馴染んでケツ穴女郎になるさ』  雲梯が大きく揺れて軋む中、絶叫は永劫と続く夕闇の中に響き渡っていった。  ふと幸弥は立ち止まった。  通い慣れた道を遠回りしてでも避けていた、以前よく歩いた交差点の前だった。  来なくなった理由など無い。なんとなくこの交差点に来てはならないと感じ、しばらくは足が遠退いていたはず。  それなのに何故か来てしまった。  来てはいけないのに。  戻れるのは“一度だけ”だったのに。  夕暮れの中、鳴り響く音響信号機。流れるのは鳥の鳴き声ではなく、もの悲しげな“通りゃんせ”――――。  ふらりと足が進んだ。そうだ、鳥……の泣き声……じゃなくて、通りゃんせ、だから……いないと……。  通りゃんせが呼んでいる。誘ってる。夕暮れの――あやかしが跋扈する逢魔ケ時に、さあさあ通りゃんせと。  そう、この世の違う場所へ、鬼やあやかしが潜む場所へと。  それ以降、幸弥は忽然とこの世界から消えてしまった。いくら探しても彼は見つからないままだった。  彼は歩いてしまったのだ。  逢魔ケ時に、あやかしの公園へと。  さあ、あやかし公園に、通りゃんせ。 

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