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第1話
義兄弟始めました
「これ……」
大学のコンパから帰宅すれば、半年前に義弟になったばかりの倫 が小さな声で呟いて、雄哉 宛に今日届いたらしい通販サイトからの荷物を差し出す。
「あ。あぁ。その、さんきゅ、な?」
「……ん」
互いに交わす言葉はぎこちない。
それも無理のない話だった。
雄哉の父親と倫の母親が再婚して二人は義理の兄弟となったわけだが、雄哉が5月生まれの21歳、倫が12月生まれの同級生になるのだ。
20歳も過ぎれば今さら義理の兄弟に反発するほど子供ではないが、仲睦まじく接するほど無邪気でもいられない。
それゆえに二人の間には、微妙な距離感と空気が半年経っても漂っていた。
もっとも二人の性格にも問題あるのだろう。
人好きのする端正な容貌を持つ雄哉は交友関係が広く社交的なアウトドア派。反対に倫は無口でマスクが常備な非社交的なインドア派だ。ちなみにマスク着用は喉が弱いかららしい。
20歳を過ぎて共通の話題も趣味もない。同い年とはいえ似たような価値観の友人達とも空気感が違う。
これで義理以上に仲良くなれと言われても無理な話だ。
まさに義理の兄弟を地で行っている。
それでも緩衝材役の両親がいればマシなのだが、ただいま再婚半年でラブラブ中の両親は有休を取って長期旅行中。穏やかで天然の入った父親と、明るくハキハキとした母親の存在がこれほど有り難く思ったことはないくらいだった。
それでも自立した社会人なら適度な距離感で付き合えただろうし、未だ親に依存する幼い年齢なら仲良くなる努力もしたかもしれない。
だが大学生と専門学生というのは、同じ屋根の下で暮らすには微妙な年齢と立場と言えただろう。
大学が自宅から通えるからこそ自宅に住んでいたが、そろそろ一人暮らしを考えた方が良いのかも知れないと雄哉は思う。
個人的に少し――かなり自宅暮らしの楽な環境は勿体ないが。
それに……と内心で言葉を続けながら、雄哉は倫を盗み見た。
癖のない艶やかな髪と一重で切れ長の瞳の倫は、歌舞伎役者の女形に似た無性の印象がある。決して女には見えないが、どこか男臭さも感じさせない。
そして、密かにそんな倫に懸想している自分がいる。
隠しているが雄哉はゲイだった。
金褐色に染めた髪や丹精で派手な顔立ちは異性に人気があるものの、彼女たちは友人になれても性欲の対象にはならない。
しかも雄哉の趣味は冷たい雰囲気を持つサド気質な男という、なかなか厄介でレアな存在がタイプだった。
漫画などでは男を受け入れるネコ側はモテモテだが、現実はネコは供給過多で攻める側のタチの方が少ないものだ。そこに加えてサド気質のタチと来ればさらに数は少なくなってしまう。
現実的に理想のタチを探す気も無い雄哉は、せいぜいが自慰で自分を誤魔化すくらいだ。
最近の自慰ブームは“声”だった。
たとえば義弟の倫のような。
無口で言葉数も少ない倫だったが、その声は雄哉が“オカズ”にしている声優によく似ているのだと、それに気づいたのはいつだったか。
現実で理想の相手に巡り会えない雄哉が行き着いた先は、非現実的なサブカルチャーの世界だった。漫画や小説、アニメやボイスドラマなら容易く理想の相手に出会う事が出来る。
中でも最近のお気に入りは、一年前に出たボイスドラマの声優だ。
始めは原作の漫画からそのボイスドラマを知ることとなる。
たまたまネットで見かけたBL漫画の主人公が、なんとなく雄哉と似通っていてシンパシーを感じたのだ。
女の子にみたいな可愛い感じの主人公ではなく、細めだが筋肉質な青年で描かれた主人公の目つきと良い、雰囲気といい、雄哉がコスプレしてるのかと思うほどだった。
自分に雰囲気が似てるということで買ったのだが、そのネコハーレムのハーレム要員の一人として登場したキャラが雄哉が理想とする男との出会いだった。
役どころはメインではなくサブキャラの一人で、とにかく冷ややかでサディスティックな口調が本物のSなのでは? と信じたくなるくらいにその声優の嵌まり役で悶えてしまったほど。
迫真の演技はとても新人声優とは思えなかった。有名どころの人気声優を食ってしまうくらい、そのサディスティック声優は素晴らしかった。
そう感じたのは雄哉だけではなかったらしく、後にそのキャラをメインに据えた続編がでるほどの世間も嵌まりぶり。もちろん雄哉は購入済みで“使用済み”だった。ちなみに一番よくオカズにするアイテムだったりする。
『跪いて尻を差し出すんだよ。お前は今日から俺のオンナだ』
『俺のものが欲しければ発情したメスイヌのように鳴いて強請ってみろよ』
『ほら、俺のものを食い締めて離さないな、淫乱野郎が』
などなど。
一般流通する商品だけ有って表現は雄哉の好みからすれば幾分マイルドだが、その代わり口調などからサディスティックな響きがこれでもかと溢れ出る。
この声優の言葉責めの部分をだけを抜きだし、再編集したものが雄哉のオカズだった。
その声優に少し似た声の義理の弟から荷物を渡されて気分が上がる。
正直なところ義弟の容姿も雄哉のタイプだが、さすがに男同士な上に義理の兄弟にリアルでどうこうするつもりはない。――――が、妄想なら別枠判定だ。
倫が渡したのは通販アダルトショップの荷物だ。義弟から手渡されたそれを使って、ちょっと義弟に似た声優の台詞を聞きながら今夜は自慰に耽ろうと足早に二階へ上がって行こうとする。
弾む足取りで自室に戻ろうとした雄哉を小声で倫が呼び止めた。ぼそぼそとした声で『もう少しで、バイト……』と。
なんという好都合かと雄哉は無表情のまま内心でガッツポーズを取る。
雄哉が住むのは父親の仕事場を兼ねた一軒家だ。音楽関係を仕事とする家は父親の仕事場より格段に落ちるが、どの部屋もそれなりに防音仕様になっている。しかし他人の気配があると自慰で漏れる恥ずかしい声は出しにくいものだ。父親と二人暮らしの時はそうでもなかったのだが。
最近は部屋に鍵を掛け、枕に顔を埋めるようにして声を潰して自慰に耽っていたが、両親も義弟も居ないとなれば好都合。
明日は休みだし、今夜はゆっくり楽しもうと脳内をピンクに染めつつ、倫と当たり障りのない言葉を一言二言交わして自室へ向かった。
「……うわ、えっろ……」
高鳴る気持ちを抑えて厳重に梱包された段ボールをカッターで開封し、中身を取り出して見れば股間がズクリと疼く。
たまに利用するアダルトショップは差出人を個人名にして送ってくれるため、倫は中身が何か知らずに差し出してくれたのだろう。
倫が手渡してくれたもの――――アダルトグッズのパッケージを開いて雄哉は端正な顔を紅潮させた。
それは形や色をリアルに再現した男性器 だった。倫が手渡した事で、まるで倫自身を差し出されたような錯覚に陥ってしまう。
浮かんだ血管や亀頭のくすんだ紅色など本当にリアルだ。陰茎部分はもちろん、皺のある睾丸までちゃんと再現されていた。それどころか中にローションや水を入れ、睾丸部分を推せばポンプのように中身が飛び出して擬似射精も可能な一品だった。……半ば、ジョークグッズの感は否めない。
ちまちまと雄哉が行う自慰の前準備は端からみれば間抜けだろうが、リアルの出会いが不可能なのだから仕方ない。天然成分で飲んでも大丈夫なローションをディルドーに注ぎ、試しにシリコン製の先端を摘まんでみれば、程よい硬さと弾力を感じて思わず先端に口づけてしまった。
「……倫……」
呟いたのは義弟の名前。
半年前はボイスドラマのタチ役の名前を呟いていたが、ここ3ヶ月ほどはずっと義弟の名前だ。
オカズにしてきた声優と似た声を知るうちに、次第に対象は声だけではなくリアルな姿形を伴う倫へと移行していったのだ。
我慢しきれずに音楽再生プレイヤーにカナル式イヤホンをセットし自分の耳にも入れる。
ディルドーは吸盤が付いていた。ジーンズを脱いでから床に座り、自分の顔の高さにディルドーが来るように壁に吸盤部分を押しつける。顔の前でぶるんと揺れたディルドーがリアルだ。
心臓と股間が痛い。逸る気持ちのまま、細かく台詞をリスト分けしてあった4番を再生する。
『さっさと咥えるんだよ、愚図が』
鼓膜を殴るような冷たい声。まるで倫に冷ややかに見下され命令されたかのよう。
「――は、はい……ッ」
溜まらず壁に取り付けたディルドーに顔を寄せて、擬似射精機能のため再現された尿道口を舌で擽るように舐め始めた。
「……ん、ぁ……はぁ……」
じゅぷ、じゅぷと泡立つほど粘った唾液を絡めながら、壁へ吸盤で取り付けたリアルなディルドーに雄哉は舌を絡めている。
肉の質感に似たシリコンを舌で感じるたび、股間が重い熱で疼いて我慢汁を浮かせ始める。
もっとも雄哉はリアルでのオーラルセックス経験は無かった。その代わり奇妙なことに、女の子との経験はあったりする。
見た目が異性にモテる容姿なせいもあったが、ゲイである自分に対しどこか懐疑的な部分もあり、試すように女性経験を重ねた時期があったのだ。
経験から来る結論は――やはり、男が良い。
出来れば乱暴に組み敷かれたいし、冷ややかに見下して欲しい。
しかしリアルでは叶わぬ事。
噂やスパムメールで男同士のハッテン場や、男が男を相手にする性サービスなど知識として知っていたが、それらを利用するには踏ん切りがつかない。
『下手くそめ。もっと喉の奥まで咥え込めよ。てめえはしゃぶるだけの肉穴で十分なんだよ』
イヤホンから聞こえるのは、温度のない声。その言葉に雄哉の頭の中では、壁際に経つ義弟の倫に跪いて奉仕する自分の姿が描き出されていた。
「んん……んぶ、……っ、う、うぅ……」
喉にまで必死にディルドーを咥える。シリコンの表面に浮かぶ擬似血管を舌に感じ、まるで倫の陰茎を咥えているようで頭がくらくらしてきた。
『うまそうにしゃぶりやがって――――淫乱な奴だ――――俺のモノが欲しければ、そのまま乳首を弄って見せろ』
ところどころ雑音が入るのは、台詞の中で発したキャラクターの名前を消して繋いで編集したためだ。
Tシャツの上からぷっくり浮かんだ自分の乳首を捏ねながら、雑音部分に自分の名前を当て嵌める。
ちなみにそのキャラの名前は璃杏 だった。
普通の男性名ならそのままでも良かったが、“リアン”と呼ばれると少し冷めてしまい、結局、名前は全部消してしまっていた。
耳に馴染まない音もそうだし、“リアン”と“リン”――――むしろ、攻めてほしい義弟の倫の名前に似ているのがマイナスポイントだ。
オカズとなる作品はとあるBL漫画だったが、もともと人気ゲーム作品であるジュリアスというキャラクターを推した作者がオマージュし、名前も容姿も似せたらしい。つまり雄哉はそのジュリアスというキャラクターにも似ている訳だが、そちらには全く興味が無かった。
なぜならジュリアスに対し、雄哉が聞き惚れている声優は一切関わりが無かったからだ。
「……はぁ……ジュリアス……尊い」
無駄に美声の声が熱っぽい呻きを漏らした。声は所謂“イケボ”なのに、発した言葉は実に残念だ。
しかしスマホの画面を見ながら、雄哉の義弟である倫は、待機室でテーブルに懐きながらうっとりと画面を見ていた。
思春期の頃に巡り会ったゲーム。その中に出てきたジュリアスというキャラクターに倫は惚れ込んでいた。
倫が遊んだ頃は携帯ゲーム機のRPGだったが、今はアプリゲームとなってリメイクされ絶大な人気を誇っている。
人気があるとどうなるか――二次創作が盛んに行われるのが世の常。
思春期の頃は妄想でしかなかったジュリアスが、様々な神絵師、神作家によって日々生まれてくる至福。
これを尊いと呼ばずになんと呼ぶか。
昔からジュリアス一筋だった倫には桃源郷にでも居るような気分だ。
しかし、半年前から倫は桃源郷を引っ越していたのだが。
スマホを操作すれば画面が切り替わり、そこに現れたのは着替え中と思われる半裸の雄哉の姿。
視線がカメラに向いていないことから、明らかに盗撮だと分かる代物だった。
「でも、今一番尊いのは――――義兄 さんだよね」
……倫は俗に言うオタクであり、家庭内ストーカーだったのである。
母親が少女のように頬を染めて再婚すると聞いたとき、倫の感想は“お幸せに”と淡泊な物だった。
お相手がアイドルなどに曲を提供している著名な作曲家だと知った時は驚いたが、ただそれだけ。
アニメやゲーム曲の作曲を手懸けていたら、オタクである倫のテンションは上がったかも知れないが倫の推しはアイドルではなかった。
今さら母親を他の男に取られるなどと考える年齢でもない。無事に婚姻を済ませれば、父親となる男としばらく同居する事になるらしいが、倫の生活基盤が整えば一人暮らしをしてもいいと思っていた。
幸い掛け持ちしているバイトの片方は、人には言えないがなかなかに高収入だ。そちらにシフトを多く組めば、問題なく一人暮らしは出来るだろう。
もともと人見知りで軽度のコミュ障でもある倫だ。親しい友人や同好の士が集う場所なら早口で雄弁だが、それ以外は無口で通しているし、小学生ならともかく、専門学生になってまでアレコレ言われたりはしないはず。
そんな気分で両家族の顔合わせである食事会で――倫は衝撃を受けることになった。
母親の相手には同い年の息子が居ると聞かせられていた。なんでも快活でリア充なのだそうだ。それだけで自分とは違う世界の相手だと認識していたが、こちらも大人、必要最低限の付き合いをこなせば良いだろうと斜に構えていたそこへ――――。
思春期の思い人、リアルジュリアスが居たのである。
表情筋が普段から仕事しない方でよかった。驚愕の表情を見せずに済んだのだから。
すらりとした細身の筋肉質体型、二重のくっきりとした釣り目がちの瞳、凜々しい鼻筋に整った口元。
髪や瞳の色は違ったが、まさに二次元から三次元に生まれ変わった姿としか言えないほどよく似ていた。
初顔合わせで倫が思ったこと。
――――ジュリアスのコスさせて犯したい! ……であった……。
倫は自分がサディスティックで有ることを知っている。だが自称ドSと公言する事は無いし、誰彼構わずでもない。
一番の希望は二次元に居るジュリアスなのだ。
希望など叶うはずがない。せめて二次元に関わろうとその筋の専門学校に入学し、そこで知り合った先輩に『お前には才能がある!』と進められたバイト先は、俗に言うSM倶楽部だった。
そこでSキャストとしてバイトしつつ、専門学校で知った新人声優オーディションのチャンス。
デビュー云々よりも大事だったのは、そのBL漫画がジュリアスをオマージュした作品である事が一番大事な部分だ。
いわば、公然とジュリアス似のキャラを責められる訳で。
二次元の悲しさから煮詰まってどろどろになっていた思いが一気に爆発する勢いでオーディションに望めば、新人ながらも歪んだ熱意が通じたのかサブキャラとはいえ見事に合格。
演技なのか素なのか判断に苦しむ情熱を傾けた仕事は大成功を収め、後に倫の役をメインに据えた続編に抜擢されたほどだ。
あの仕事は楽しかった。本当に楽しかった。だが倫理規定とかで表現が温かった事は残念だ。
そこへ来ての生ジュリアス、三次元ジュリアスの登場である。
彼と一つ屋根の下に住めるのはこの上ない僥倖だった。
その僥倖が家庭内ストーカー行為だったのは――――義兄の雄哉にも内緒にしなくてはならない。
「あー……義兄さん、何してるかなー。今日の荷物、アダルトショップだったし、アナニーでもしてるのかな」
ここへ来る前に義兄に手渡した荷物。それがアダルトショップからだと倫は知っている。なぜなら自分もそのアダルトショップを利用しているから。ただオタクの嗜みとして荷物は実家ではなく、コンビニ受け取りにしていたのだが。
「……義兄さん、アナニー好きだしね。ちょっと覗いて見るかな。アナニー場面だとラッキーなんだけど」
スマホを更に操作すればリアルタイムで雄哉の部屋が映る。留守中にペットなどを見張るための小型カメラをこっそりと雄哉の部屋に仕掛けてあったのだ。
家庭内ストーカー、怖い。
カーテンレールの上に隠した小型カメラは固定してあるため、一方向から俯瞰するようにしか見ることが出来なかった。声まで拾えたら最高なのだが、生憎とカーテンレールは遠すぎてマイクで音声を拾うことは難しい。そのうち高性能のマイクも仕込もうかと思ってはいるのだが。
本当に家庭内ストーカーは怖い。
雄哉の部屋の様子を窺えば、思った通り半裸状態の義兄が壁に向かって座り込んで上半身を揺すっている。
両親も義弟も不在に加え、アダルトショップからの荷物を受け取っているなら、きっと自慰をしているだろうと確信していたら案の定だった。
そもそも仕事部屋に籠もりがちな父親と二人暮らしだった雄哉は、自室に鍵を掛ける習慣やドアを閉める習慣がなかったらしい。倫や義母と一緒に暮らすようになっても、当初はその辺りは緩かった。
だから以前に倫がバイトで遅くなった深夜、偶然に義兄である雄哉が自慰に耽る姿をドアの隙間から覗くことが出来たのだ。
しかもイヤホンをしているらしく、喘ぐ声は本人が思うより大きく響いていたと気づかずにだ。
艶めかしい声に誘われて細く開いたドアを覗けば、ベッドに横たわって喘ぐジュリアス――ではなく、雄哉の姿があった。
しかも体を仰け反らせ、口から涎の糸を引きながら雄哉は“尻”を弄っていた。
男のオナニーといえば陰茎だが、そこではなく“尻”――。
ジュリアス似の義兄はアナルオナニー、つまりアナニー派だったのだ。
ゲイではない男性もアナニー好きは多く、嵌まる人間も多いと聞く。どうやら雄哉もその一人のようだ。
けれど倫にしてみれば、もはや男のアナニーではなく、ジュリアスが、義兄がエアタチに尻を責められ喘いでいるようにしか見えなかった。
オタクの妄想眼力で見えたエアタチは、最初はジュリアスのライバルキャラだった。次にジュリアスの実弟になる。
それまではジュリアスと実弟の絡みはさほど興味が無かったのだが、倫はジュリアス似の雄哉と義兄弟になってからすっかり実弟×ジュリアス推し強硬派にチェンジしている。
その次に見えたのは、自分が演じたボイスドラマのキャラクター。
しばらくは交互にそれらが見えていたのに、最近はキャラクターではなく倫自身が雄哉を責めているように見えるようになり、我ながら末期を自覚している。
「……義兄さん、今日もえっろ」
Tシャツの裾からはみ出る引き締まった尻の割れ目から、アナルバイブらしい物が確認できる。画面が小さくて分かりにくいが、おそらく電動で動かしているのだろう。
「それにしても、なんで壁に向かってんの?」
雄哉のオナニー定位置はベッドかパソコンチェアのどちらかだ。それなのに今日に限って壁に向かっているとは珍しいと倫は首を捻った。
「ん? んんん?」
倫は小さな矩形に顔を近づける。
画面の中で大きく痙攣し、腰を跳ねさせる雄哉の姿。おそらく気をやったのだと思われるが、ゆっくりと床に蹲って体をひくつかせる雄哉の顔があった場所に壁から生える一本の棒のような物。
小さい画像でもそれが陰茎を模した物だと分かった。
……………………。
倫はみしりと音が鳴るくらいにスマホを握りしめた。
つまり雄哉は壁に取り付けた擬似陰茎をしゃぶりながら擬似アナニーをしていたのだ。
なんというご褒美映像!
――早く帰りたいと心から願う倫だった。
帰って、録画した今の映像をスマホより大きなパソコン画面で再生画像を見つつ、自分も雄哉をオカズにオナニーしたい!。
そんな倫の願いという名の欲望が、何かを引き寄せたのかも知れない。
バイト先の都合で今夜は早上がりを告げられたのは、このすぐ後になる。
週二で入っていたSM倶楽部のバイトだったが、倫を指名していた客が所用で来れなくなったのこと。倫の歪んだ黒い欲望の余波ではないと信じたい。
黒い欲望を押し隠すためにスマホを鞄の中に入れて帰途に着く。家に向かうまでスマホを見なかったのは、義兄の痴態に反応し、コンビニや駅のトイレに駆け込みたくなかったからだ。
まずは自宅に帰ることが急務だった。
自分の部屋に籠もり、きちんと鍵を掛け、思う存分アナニーに耽る義兄の姿を楽しみたい。
自分はアナニーには全く、――というか、そもそもネコ側になるつもりは皆無なため、使うのはバイブではなくオナホだけども。
義兄と違い、家人にばれないようにコンビニ受け取りで手に入れた物だ。そのオナホを使うためのオカズは、最初こそ二次元のゲームキャラ、ジュリアスだった。それが自分が役で責めたジュリアスオマージュのキャラに代わり、今では妄想の奴隷 は、もっぱら義兄である三次元の雄哉だ。
倫達の界隈で言えば、俺の嫁 言うところか。
倫のバイトは深夜の帰宅になると雄哉は知っている。だから倫の名前を呼びながら派手に声を上げ、堪えることもなく普段はやらない痴態まで繰り広げてしまう。
尻の奥を拡げていたアナルバイブを引き抜き、まだ疼いて凶暴な質量を欲しがる穴へディルドーを嵌めよう腰を上げた。
壁に吸盤で取り付けたディルドーは、雄哉の腰の位置とさほど変わらない。
床に手を着いて尻を壁に向けるが、ディルドーを銜え込むためには膝を曲げるわけにはいかない高さだった。
尻を高く上げた変則的な四つん這いで、萎えることなく勃起状態のままのディルドーに、すっかり解れた自分の穴を宛がう。
こんな風に誰かに――昔は誰とも言えない妄想の男で、次はボイスドラマのサブキャラで、今は義弟の倫に犯されたいと思う。
叶わない妄想だけれど。
雄哉の妄想は疼く穴に固くて熱い肉の凶器をぶち込まれ、オナホ扱いでいいから思いっきり突いて掻き回されたいことだ。
妄想で倫を描きながら、変則の四つん這いのまま雄哉は音楽プレーヤーを操作した。
リストは、1番。
『俺の物が欲しいか?』
鼓膜へダイレクトに再生される冷ややかな声。
脊髄反射のように雄哉は叫ぶ。
「欲しいッ、欲しい!」
若いながらも支配に慣れた色気ある声がまた鼓膜を責める。
『がっつきやがって……発情期の犬だな。ほら、欲しけりゃワンと鳴いてみろ!』
「……わ、わん! わんわんッ!」
『ほんとにやるとは思わなかったぜ? ハハッ、本物の犬だな! ほら、くれてやるから、ちゃんとお礼を言えよ!』
ぐっと腰を壁に押しつけた。加減が分からずに力を入れれば、解れていた穴はずるずるとディルドーを飲み込み。
バンッと壁に尻肉があるほどディルドー全部を銜えてしまう。
「――ん、んひィッ……んぁ、ァッ、あぁぁッッ……り、りん……ッッ、りんッ、リンッッ――倫、の……ちんぽ、ありがとう、ございま……すッッッ」
義弟の名前を呼びながら絶叫する。
誰もない、そう思っての大きな声。
けれど雄哉は気づいていなかった。
もう何分も前に玄関の鍵が開いていたことを。
腰を少し引く。
腸内を圧迫していたシリコン製のディルドーに、粘膜が引き摺られるような錯覚がした。
腰を深く押す。
腸内を拡げる偽物の陰茎が、本物さながらにS字結腸を目指して突き刺さってくる。
床に肘を着いて尻を高く掲げる格好のまま、縦割りに肉体をディルドーで深々と抉られる感覚は、本当に誰かに――りんに犯されている気がした。
咄嗟に音楽プレーヤーの音量を上げる。
『物欲しげに腰を振って……そんなに俺の物は気に入ったのか? ほら、もっと腰を振って強請れよ!』
「ん、んぁ、ッ、あ、ッ……すご……んんっ、おっきぃ……はぁ、あッ……リ、リン……リンッ……!」
前後に揺らす腰の動きがだんだん激しくなる。
このスタイルはヤバかった。鼓膜に感じる声優の声と本物に似た質量と変則的な四つん這い。
被虐趣味の妄想が現実になればこんな感じなのだろうか。
『――は、淫乱なメス犬だな! ほら、もっと乱れて俺を楽しませろよ!』
イヤホンから粘った水音、肉と肉を打つ効果音が響く。
その音に合わせて腰を振りながら、冷ややかで色っぽい声に責められて下半身は爆発しそうだった。
『イきたいか? ……良いぜ、俺の名前を呼んでイけよ。――――じゃなく、俺の名前を呼んで、俺のオンナになれよ!』
「イ、く――イく、イくイく――り、リン! ……りん、倫の……ちん、ぽ、で……イくぅぅっっ!」
声優の迫真の演技に押され、狂ったように腰を振ってよがり叫ぶ。脳内では声優の台詞を吐く義弟の姿が映っていた。
興奮のあまりに尻を壁に押しつければ、射精機能付きディルドーの睾丸に尻がぶつかり、ぶちゅりと睾丸部分を尻の圧で押し潰してしまう。睾丸部分に仕込んであったローションが潰された勢いで噴き出し、中出しされたように雄哉の中にローションが叩きつけられた。
頭が真っ白になった。
――ええと?
雄哉の部屋の前で立ち竦んだまま、倫は混乱していた。
帰宅後、足音を忍ばせて雄哉の部屋の前に来れば、思った通り家人が留守だと油断した義兄は鍵も掛けずに自慰に耽っていた。
そこはいい。そこまでは想定の範囲内だ。
だがイヤホンをつけ、無人だと油断した雄哉の、倫の股間を直撃する喘ぎと声は廊下に潜む倫にもはっきりと聞こえたくらいだった。
咄嗟にスマホで録音したほど、雄哉の声は倫のオスの性を刺激した。
けれど、雄哉が叫んだ人の名前――リン、と、そう熱っぽく呼んでは居なかったか。
リン、リン、と――。
「リンリンって、義兄さんの恋人は中華系の女の子なのかな?」
その女の子にペ二バンで虐められているとか?
……倫の脳内では、お団子ヘアのチャイナ服からふたなりチンポを出して雄哉を責める男の娘が描き出されていた。
リンと発音で聞いても、まさかそれが自分の名前だと想像もしない。
二次元の妄想 が現実に義兄として現れただけでも奇跡なのに、それが都合よく自分を求めているとは、いかに妄想力に長けたオタクの倫でも理解できなかったのだ……。
惚れている声の持ち主であり、懸想している義弟がドアの隙間から覗いているとは知らず、雄哉は前のめりに床に崩れ落ちた。声と妄想とディルドーによってドライオーガズムを迎え、勢いのない精液を溢しながら荒い呼吸を繰り返す。
震える手で音楽プレーヤーの再生を止めたのは、その支配する声を聞いていたら、朝まで際限なく絶頂を迎えそうだったから。
噂に聞く連続イキは試してみたい気もするが、自慰でしかアナルでの快感を知らない身ではまだ未知の怖さだった。
「……は、ぁ……すげ……」
今までで最高の快楽だ。頭が真っ白になるなんて初めての経験だった。
体の中からずるりとディルドーが抜けていく。カリ首の太い部分が引っ掛かって、その衝撃で尻が揺れるように震えてしまった。
震える尻肉の上に、壁に取り付けられたディルドーに残っていたローションが、まるで精液の残滓のように臀部に落ちる。
それは酷く卑猥な光景だった。
犯された直後を思わせる姿だ。
「……はまり、そ……」
ようやく呼吸が収まった雄哉の唇から漏れた言葉がそれだった。
起き上がろうと動けば、滑らかなうねりを見せる筋肉が妙にいやらしく不健全に見える。尻の谷間からローションが糸を引いて落ちれば、その淫乱ぶりはなおさら映える。
ふらふらと立ち上がってイヤホンを耳から抜いた。一休みをしようとベッドに転がった雄哉は自慰の疲れからか、そのまま寝入ってしまったようだ。
けしからん。
全く以って、けしからん。
自室に戻って鍵をかけた倫は、雄哉に淫らな姿に腹が立てて柳眉を跳ね上げていた。
あんな格好でディルドーを受け入れて尻を振り、犯されたみたいに喘いで力尽きて。
けしからん。
けしからん上に、尊い。
熱い溜息をつきながらパソコンを立ち上げる。
家庭内ストーカーにより、雄哉の墓場まで持っていきたい痴態を予想して録画状態にしてあったため、ばっちり記録済みだった。
パソコンチェアに座りった倫は、逸る気持ちでチノパンの前を寛げれば、義兄の痴態により興奮状態の陰茎はすでに勃起していた。
思春期の頃から何度も何度も頭で思い描ていた。凌辱されるゲームキャラのジュリアス。
二次創作の神絵師によるイラストや漫画も素晴らしい尊さだった。
ジュリアスをオマージュしたBL漫画も同様に尊い。
けれど、声と熱が伝わる、本物の雄哉は至高の尊さだった。
「こんなの……我慢できるわけないし!」
倫が手にしたのは、見た目が少々グロテスクなオナホールだ。伸縮性のあるオナホールを慣れた手つきで裏返せば、まるで括約筋の窄まりのような見た目になった入り口が現れる。あの少々グロテスクな形は、腸壁のうねりや襞を模していたのだ。
アナル使用感のあるオナホールにローションを注ぎ、柔らかな襞が密集する入り口を指で捏ねる。
パソコン画面では雄哉が壁に取り付けたディルドーをしゃぶり、自分の尻に咥えようとする姿が映っていた。その映像に合わせ、雄哉がディルドーを受け入れた瞬間、血管が浮くほどの強直を見せる自分の陰茎にオナホールをじゅぼりと被せてやった。
思わず演じたボイスドラマのキャラクターのような――否、それよりも卑猥に声を上げる。
「……あ、義兄……さんっ……義兄さんッッ!! ――俺専用ののメス穴になるくらい、俺のチンポで犯してやるよ!」
みちみちと肉を割る感触にも似たホールの狭さが倫を包み込む。
勃起した凶暴な肉の竿を、さらに凶暴に包んでくるシリコンの圧迫感。
本物のアナルセックスを知らないわけではないが、それでも妄想であってもパソコン画面を見ているだけで本物より気持ちいい。
たぶん、気持ちや感情が昂ぶってリアルを超えたのだろう。
これが雄哉自身が相手だったら、狭い穴を縦に割った時点で早漏射精しているような気がした。
実際に肉体が感情に引き摺られるくらい、倫は雄哉に惚れ込んでいる。
最近では高度な感情妄想テクニックを駆使して、本命ジュリアスを裏切って倫が雄哉に寝取られ、心変わりさせられた仕返しに倫が雄哉にお仕置きするという、他人が聞いたら残念な子だと思われるようなストーカー妄想ライフを満喫しているレベルだ。
「……ッア……ッ、義兄、さん……義兄さ、ん……キモチ、いいィィィッッ!」
パソコン画面の雄哉は犬の鳴き真似をしている。きっと“リンリン”にそうするように指示させられた声を音楽プレイヤーから聞いているのだろう。
そういえばボイスドラマでも自分の役にそんな台詞が有った。確か“メス犬”の鳴き真似をさせたのだ。
倫個人としては、ジュリアス似のキャラを責めるのだから、そこは“メス犬”ではなく“メス豚”を推したかったのだが。
原作者もそれを希望したらしいが、語感の悪さからNGになったらしい。
ジュリアス陵辱界隈では“メス豚”呼びはお約束なのに、世間は世知辛い。
なぜ“メス豚”呼びなのかというと、ゲームで敵に支配された村で、唯々諾々と従い抵抗も反意も示さない家畜化された村人達に「お前達は豚として生きるが良い。食事や水の施しも結構。狼に豚の餌は必要ないからな」との台詞に関連している。なにそのフラグな台詞。
陵辱の逆転現象として堕ちたジュリアスは、親しみを込めて“じゅりブタたん”と呼ぶのだ。
それはともかく、ここまで自分に都合のいい材料が有っても、家庭内ストーキング以外で倫は雄哉に接触するつもりはなかった。
身近にいる義兄がアナニー好きだろうが“リン”と呼んでもそれが自分の事だと思わない程度には、倫は自分の趣味や感情が特殊な物だと自覚してる。
“リンリン”が、“倫”なら最高なのだけど。
画面の中の雄哉が体を痙攣させてドライオーガズムを迎えたのが分かった。それに合わせるようにオナホールを掴んで擦り、その中に溜まりに溜まっていた濃い精液をぶちまけてやる。
射精しても賢者タイムは訪れなかった。雄哉は倫を賢者にさせてくれない。
いつだって雄哉は倫を愚者にする。
雄哉を抱きたい。犯したい。――今は、二次元のジュリアスより、三次元の雄哉の方が好きだった。
いかに淫らでいやらしい生き物なのかと、肉体で、言葉で、環境で、骨の髄まで調教したい。
あの淫らな体を自分好みに調教してチンポ漬けにしてやりたい。
そうしたらアナニー好きの雄哉を自分の所有物にするのに。
荒い呼吸を繰り返しながら、パソコン画面に映る雄哉をそっと撫でてみたら、少しだけ泣きそうになった。
けれどそんな倫は知らなかった。
後日、うっかり雄哉がアナニーのたびに使用する大事な音楽プレイヤーを置き忘れ、興味本位で聞いた倫が“雄哉のオカズの持ち主”の正体を知ることになるなんて。
そんなフラグがビンビン立っている。
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