1 / 1
第1話
ある敷地を超えると途端に増える屈強な騎士たちの間をすり抜けて重厚な扉の前で一息つく。
「入れ」
3度扉をノックすればすぐさま返答があった。寧ろ少し食い気味だったような気がする。確かに向かう前に予め行くことを伝えてたけど、俺が来ると疑わなさすぎるだろう。
その相変わらずの様子にくすりと苦笑するも俺はすぐに口角を引き締めた。
扉の向こうには淡く微笑む年上の幼馴染み。待っていましたとばかりのその顔にまた顔が緩みそうになるけど気合いでぐっとこらえた。
「宰相室企画課アシュワースです。マクレガー副団長、今お時間よろしいでしょうか」
「ああ、そこにかけろ」
「失礼します」
アーノルド・マクレガー副団長__俺の年上の幼馴染みにあたる彼だが、相変わらずかっこいい。こんな大人になりたいと思わせてくれる憧れの人だ。
「今日は3件ご連絡があります。1件目は最近情報が上がった魔獣の資料、」
仕事の話を始めると、彼……アルは笑みを引っ込めて真剣に話を聞く姿勢になった。その姿に俺も緩みかけていた気持ちを引き締める。
俺達企画課はあらゆる施策の企画をして各部署や騎士団、魔道士団に話を持っていき協力を得る部署だ。
施策を俺達で実行にまで移すことは殆どなく各内容に特化した所に話を持っていく。その代わりとははなんだがありとあらゆる情報を駆使してサポートをしてwin−winの関係を保っているのだ。
今回も討伐遠征に特化した第3騎士団に依頼をしてきたというわけ。
「報告ご苦労。こちらの地域は第1魔団と協力をして街の防衛の強化をしたほうがいいな。で、3件目は?随分と言いよどんでいるようだが」
「あーよく分かってらっしゃいますね。こっちは討伐要請の案件ではなく花祭りの王宮警備のお願いで……」
アルは俺が言いにくそうにしていることを的確に見抜いていて、視線で中々提出しようとしない資料を目線で出すよう促した。
その仕草に俺はおずおずと資料を提出しながら概要を口にすると、アルはぴくりと眉を潜めた。
あああ、やっぱりそういう顔するよなうん分かってた!だから言いにくかったんだ!
「王宮警備は第1の仕事ではないか?」
先程とは打って変わって数段低くなった声と室内温度。俺たちの様子を伺っていた他の団員達も声は出さずともこの変化を感じ取っていた。
第1騎士団と第3騎士団はすこぶる仲が悪い。それはもう言葉では表せられないほどに。
貴族ばかりで構成され血統を重んじ、選民意識の強い通称「御飾り騎士団」の第1と、その真逆を行く貴族と平民が入り交じった実力主義の通称「脳筋騎士団」の第3。
会うたびに火花を散らしているのは騎士団所属以外でもよく知っている光景だ。
選民意識の強い第1はいつも第3を馬鹿にして見下しているし、そして平民が多いからかわがままに振り回されがちな第3は特に第1を毛嫌いしている。
そういった経緯もありアルは第1の名前を聞くだけで魔力が漏れ出るほど機嫌が悪くなるのだ。
「そうですが、今回の花祭りは城下町だけでなく王宮内にも出店の許可が降りるという初の試みです。その為第1の方々は、あー……」
「平民の相手など出来るかとそう言ったんだな」 「はい……」
「で、平民と貴族が所属する第3にお鉢が回ってきたと」
「全くその通りです」
アルが口を開くたびにどんどん冷えてくる室内。その内白い息に変わるのではないのかと思うほどだった。
「何故私達があのボンクラの尻拭いをせねばいけない」
「お気持ちはごもっともです」
資料を見下ろす顔は深く眉間に皺がより、しばし沈黙が漂う。
同じ部屋にいる隊員は、アルの雰囲気に少しビクつきながらも気持ちは同じだ。
身動ぎ一つせずアルの次の言葉をひたすら待った。
「はぁ‥…で?アシュワースの事だ、何かしら策を持ってきているのだろう」
「はい!」
俺のことをよく理解しているアルはさすがすぎる。俺がただ警備のお願いをしに来ただけではないことを分かっていた。
まだ手の中にある書類を俺はにんまり笑いながらてアルに渡した。怒りをあらわにしていたアルをこれで満足させる自信があったからだ。
「こちらは私で考えた当日の警備体制です。今回は平民出身の方たちを多めに配置しています。理由としては、より王宮を身近に感じてもらい、何かあった際に頼りやすいように考えました」
渡した企画書をぺらりとめくる様子を見ながら今回の警備体制のコンセプトを伝える。
するとあるページでアルの紙をめくる手が止まった。
きた、そこ!俺が一番自身のあるページ!
「これは?」
ふっと息が漏れるような笑いと共に俺を見るアル。
これは俺の考えがダダ漏れのやつだ。恥ずかしい。
家で一人だったらゴロゴロとのたうち回ってんだろうけどここは職場なのでぐっと堪えて、んんっと咳払いをして仕切り直す。
「簡易ではありますが人選と配置を考えてみました。まず、直近に討伐遠征に行っていた団員を省き、明るく人当たりのいい人をこので店付近に配置します」
当日の王宮内見取り図を指さしながら説明を進めていく。自信があったとは言っても現役の騎士の知識とは比べ物にならない。説明を聞いてくれているアルや地図を覗き込んでいる他の団員たちの様子を伺い見ながら反応を確認していく。
今の所、ほお、とかへえとか感心に近い反応を示してくれているようでほっと安心する。
「出店等の配置はアシュワースが考えたのか?」
「はい。人が密集した際も見通しがいいようにしました」
「そうか、よく出来ている」
「ありがとうございます!」
「これを手直しして使わせてもらう。出店の配置についてだが、少し変えてほしいところがあるがいつまでに言えばいい?」
「一週間後までに教えていただけますと助かります」
「分かった」
これは言外に引き受けてくれたと思って問題ないだろう。そのまま他の細かなところも伝えていく。
「お時間ありがとうございました。失礼します」
アルと他の隊員方に一礼をし、執務室の扉に手をかける。
「リオ」
「はい?」
「よくやった」
「…ッ、ありがとうございます!」
振り返ればアルが満足そうに笑っていた。
普段職務中は名字で俺のことを呼ぶアルが職務中にも関わらず下の名前で読んだということはそれだけ評価してくれるということだ。
憧れの幼馴染みの反応だけで今日一日いつもの倍働けそう。
俺は嬉しさを噛み締めてもう一度礼をしてその場を後にした。
ともだちにシェアしよう!