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第8話
「ユーリ、そんなに悲しそうな顔をするな。迎えが遅れた事は本当に申し訳なかったと思ってる」
水の入ったペットボトルを寄越してくれながら、リアムが表情を曇らせた。
俺は、両親の事を思い出して少しだけしょんぼりしてただけだ。
あそこから救い出してくれたのが、見た目は丸っきり変わってるけどあのリアムだった。
それだけで俺は嬉しくてたまんないのに、まともにお礼も言えてないのはちゃんと空気を読んでるからだ。
「この痕、痛々しいな」
俺達のために用意されたのが丸分かりな、深緑色の小さなテントの中で寄り添うようにして腰掛けていると、ふとリアムから掌を取られた。
あんまり見られたくなくて、おまけに轟音のない無音状態でリアムの声を至近距離で聞くのは、心臓に悪い。
俺は急いで腕を引いてヘラっと笑い誤魔化した。
「あ、いや……見た目ほど痛くないから平気」
「きちんと食事は摂っていたのか?」
「パンばっかりだったけど、食べてたよ」
「……そうか。これは非常食なんだが、食べられそうだったら口にしておけ」
「うん。ありがとう」
さっきから悲しそうな顔をしてるのはリアムの方だ。
オメガである俺は、虐げられる事に慣れなさいという教育を受けてきた。
だから納得はいかなかったけど、順応した。
あそこに囚われてた他のオメガ性の人達も、その教育の賜でどこかで「仕方ない」と諦めがついてたはずだ。
このテントの外は、まるで映画のセットみたいに荒れ果てて朽ちかけてる。
非情な選別と争いのせいでヒトも動物も緑も無くなり、時が止まってるような国は恐らく此処だけじゃない。
俺が飲んでるこの水だって、食料だって、リアムが用意してくれなかったら以前のように簡単には手に入らないって事だ。
「……ユーリ?」
「俺が捕まってたの、たった一年だよ。一年でこんな……」
「日にちの感覚はあるのか」
「ううん、時計もカレンダーも無かったから確かじゃない。でも、毎日見張りの人が「朝ごはん」って言ったら壁に傷付けて刻んでたんだ。それが昨日でちょうど三百六十五本だった」
絶句したリアムが手渡してくれた非常食も、かたいパンだ。
それをモソモソと咀嚼して、あれはいい暇潰しだったなぁと振り返る。
俺の順応力は初日から発揮されていた。
まったく苦じゃなかったとは流石に思えないけど、リアムが「可哀想に!」と声を荒げて抱き締めてくるほどの事でもない。
力強いその腕に、また心臓が跳ねた。
「なんて可哀想なんだ。ユーリ、本当にすまなかった」
「え、なになに? リアムは何も悪い事してないだろ? 謝るのは悪い事した時だけなんだぞ」
「……あぁ、だから謝ってる」
「俺は悪い事されたと思ってないから、受け取りませーん」
『大人になったら迎えに来て』
この約束を守ってくれたリアムに、謝罪の言葉なんて貰っても嬉しくない。
いかにも申し訳無さそうな、こんな顔が見たくて思い出を大切にしてたわけじゃない。
「本当に変わらないな、ユーリ」
「リアムはすごく変わったね。ビックリするくらい、いい男に成長した」
「それを言うならユーリもだろ。本当に……綺麗になった」
「え……」
……やばい。心臓、止まったかも。
エメラルドグリーンの瞳に熱心に見詰められた俺は、宝石みたいなその美しさにたちまち魅了され、吸い寄せられるように顔を寄せて行く。
鼓動がうるさい。ドキドキも全然、鎮まってくれない。
唇が触れる瞬間……俺の呼吸は止まっていた。
だって、俺とリアムはこれが二度目のキスだ。
八年ぶりの感触なんだ。
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