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第一章 少年時代 1 発端

 豊かな里山と清流に囲まれた南国の田舎町。照り付ける太陽の下、一人の少年が山奥へと駆けていく。歳の頃は十余り。日に焼けた赤い髪は一つに纏められ、馬の尻尾のように揺れている。  少年が向かっていたのは、山の中に作った手作りの秘密基地だった。屋根は木からブルーシートを吊るし、壁はビールケースを積んだりベニヤ板やトタン板を立て、内装は近所の人から譲り受けた古い絨毯や勉強机が置いてある。数年かけて作った、そこそこ豪華な秘密基地である。これも全て幼馴染のあいつが教えてくれたおかげだ、と少年はほくそ笑む。  茂みを掻き分ける音と木の枝を踏む音とが外から聞こえ、幼馴染のあいつが来たのだと少年は思った。早く一緒に遊びたい。 「りょーま! やっと来たがか、早う……」  いきなり飛び出していって驚かしてやろうとした少年は、はたと足を止める。そこに現れたのは、待っていた幼馴染ではなかった。知らない男が三人ずかずかと入ってきて、少年の周りを取り囲む。  かなり威圧的な態度だったが、少年にはそれがわからなかった。ただ目を丸くするばかりである。村民全員家族同然というような田舎で育った故、知らない人間に対して恐怖よりも好奇心が強く、警戒するということを知らなかった。 「へぁ……どちらさん? どういてここを知っちゅうがですか。りょーまに聞いたがですか?」 「坊主。そのりょーまっちゅうんは、おまんの友達か?」 「はぁ。けんど今日は遊ぶ約束しちゃあせんき、来んかもしれんがです。おんちゃん、こがなとこまで何しに……」  突如、世界がぐるりと一回転した。違う。自分の体が後ろ向きに倒れたのだ、と少年が気づいた時には既に遅い。男の武骨な手が伸びてきて少年の緩いタンクトップをたくし上げた。こんがり焼けた褐色肌に見事な日焼け跡が浮かぶ。しかし少年はいまだ無垢な笑顔を湛えたままである。 「にゃあ、なにしゆうがですか」 「気持ちえいだけやき、大人しゅうしちょれ」 「気持ちえい?」  男の手が、今度はショートパンツへと伸びる。これにはさすがの少年も困惑する。 「な、なして脱ぐが? ……ひょっと、川で泳ぐがか?」 「おう、川で泳ぐがもえいのう」 「ほんなら、」 「じゃけんど、今日は泳がん」  先ほど倒された拍子にサンダルが脱げ、ズボンも下着も全て容易く脱がされた。下半身を丸裸にされてようやく、少年は恐怖心を抱き始めた。何かわからないがよくないことが起ころうとしている、ということだけわかる。  少年は咄嗟に逃げ出そうとしたが、男達が脱走を許すはずもない。ポニーテールを思い切り引っ張られ、少年は再び地面に引き倒される。男の手がいくつも伸びてきて、少年の口や腕や胴を押さえ付ける。仰向けのまま、股をM字に開かされる。少年は恥ずかしいと同時に恐ろしくなり、真夏にも関わらずぶるぶる震えた。 「な、なにしゅう……」 「さっき言うたろう。気持ちえいことじゃ」 「やっ、や、いやじゃ、こわい!」  少年の悲鳴が虚しく木霊する。     *     同じ頃、もう一人の少年は駄菓子屋で買い物をしていた。 「あれまぁ遼真くん、今日は一人かえ?」 「はい、受験もありますき、遊んでばっかりもおれんで」  駄菓子屋の店主にはそう言ったが、遼真はこれから幼馴染の少年と遊ぶつもりであった。何時何分にどこどこへ集合というような約束はしていないが、彼のことだからきっと陽の高いうちから張り切って秘密基地で遊んでいるのだろう。だからお土産に、ダブルソーダアイスを買っていく。 「ほいじゃあね。ありがとう」  遼真は急いだ。早くしないとアイスが解けてしまう。藪を掻き分けて山中を進む。山奥に秘密基地があることを知っているのは、自分と彼だけだ。本当に文字通り、二人だけの秘密基地なのである。 「……っ!」  蝉の声に紛れて彼の声が聞こえた。なんだか叫ぶような声で、遼真を呼んでいるような気がした。 「馨(かおる)ちゃん、やっぱり来ちゅうがじゃ」  草むらを掻き分け、落ちた木の枝を踏みしめる。ここまで近付けばきっと向こうから飛び出してくるだろう、と思った。 「いやぁあっ!」  しかし飛び出したのは予期せぬ叫び声だった。苦しそうに泣き喚く声。遼真は反射的に息を止め、身を伏せる。陽の入らない薄暗い秘密基地の中で、一体何が起きている。遼真は息を潜め、ぐるりと秘密基地の裏側へ回った。忍び足で近付き、トタン板の隙間から中を覗く。 「おうおう、あんまし大声で叫びなや。静かにせいち言うたろう」 「ひぐ……う、う、いたいよぉ……」 「泣くがもやめぇ! みっともない」  三つ年下のかわいい幼馴染が知らない男達に囲まれて――犯されている。まさかの光景に遼真は目を疑った。何度か瞬きをして、もう一度中を覗く。  筋肉も贅肉もないしなやかな体を泥の上へ押さえ付けられ、薄い尻に男の肉棒が出入りする。両手は残り二人の一物を握らされ、口や胸を舐め回される。口を舐める時、男は馨に舌を出せと命令する。 「んむ……うっ、ぅぅ、やじゃあ……」 「じゃき泣きなや、もうすぐ終わるきな」  男は小さく呻き、大きく腰を震わせた。馨の瞳からは堰を切ったようにぼろぼろと涙が零れる。 「ぁう……ぅぅ、きもちわるいぃ……」 「っはぁー、出た出た。初物はえいのう、よう締まる」 「早う代わりや! 次は儂の番じゃき」 「おまん、さっきもしよったやか」 「えいろう、二週目じゃ」  男達は立ち位置を入れ替える。馨は逃げようとし、ふらふらと立ち上がる。鮮血と白濁の混じったものが太腿を伝う。 「おう、逃げようらぁて思いなや。まだ終わっちゃあせんき」  しかしすぐにポニーテールを引っ掴まれて組み敷かれてしまう。汗と涙と精液とで、馨の整った顔はどろどろに汚れている。 「おら、足開きぃ」 「もうや、やじゃ、やめとうせぇ」 「どういてじゃ。おまんも気持ちえいろう」  男は馨の足首を掴んで股を割る。馨は細長い手足を力なくバタつかせるが、何の抵抗にもならない。慈悲もなく、男の肉棒がずぶずぶと沈んでいく。馨は引き攣れたか細い悲鳴を上げる。 「ひぃ゛っ……!」 「ははぁ、おまんもえいろう。まだ毛も生えちゃせんのにこがぁに勃たしよって」  男は馨の成長途中にある陰茎を握る。いまだ剥けておらず、陰毛の一本も生えていないためつるんとしている。 「ひぅ゛っ、ぅう゛っ……いたい、いたいぃ、助けとうせぇ」 「飽きたら助けちゃるき、それまで我慢しぃ」 「あ゛っ、ひぐ、……ぅぅ、もうやじゃ、いやぁ、いたいぃぃ」  馨の啼く声を、遼真は初めて聞いた。否、泣き声は知っている。しかしこんなのは知らない。変声期前の子供のままのあどけない声なのに、苦しそうに呻いているのに、痛みに喘いでいるというのに、その全てがどうしてか艶めいて感じる。  遼真は自分でも何が何だかわからなかった。耳を塞ぎたくなるような、目を覆いたくなるような酷い光景なのに、馨の啼く声を一言も聞き漏らしたくなかったし、男達に蹂躙される痛ましい姿を永遠に目に焼き付けておきたかった。 「ぅぐ、ぅう゛、りょーまぁ」  不意に名前を呼ばれてどきりとする。しかし馨は淀んだ瞳でぼんやりと虚空を眺めているだけである。 「りょーま、りょーまぁ、」 「何じゃあ、急に。りょーまクンは、今日は来んがやろ」 「来よってもなんちゃあじゃない。どうせおまんを助けれん」 「ひぐ、ぅぅ、りょーまぁ……」  うわ言のように何回も名前を呼ばれて、遼真は助けに入るかどうか悩んだ。しかし相手は大の男がしかも三人。自分は所詮中学生のガキだ。喧嘩が強い方ではないし、勝算はまるでない。ボコボコにされるのがオチだろう。  そして、そんなことよりも遥かに重大な問題がある。主に下半身のことだ。遼真のそこは知らぬ間に勃起していた。馨は精通前であるが、遼真はとっくに精通済みである。時々自慰をしたり、夢精をしたりもしている。  しかし同年代の男子に比べ、遼真はどうもそういった欲望が薄いらしかった。皆は一日一回以上自慰をするらしいが、遼真はそんな頻度ではしない。精々三日に一回程度である。我慢できないほどムラムラするとかイライラするとか、そういった経験もほとんどなかった。  それなのに、である。どうして今この状況で勃起しているのだろう。触ってもいないのに、ズボンを窮屈そうに持ち上げている。苦しくなって前を寛げると、立派に育ったペニスが飛び出す。あの男達のものと比べるとまだまだ子供のそれだが、馨のものと比べればうんと大人に近い。 「りょーまっ、りょーまぁ、たすけとーせ、りょーまぁ、」 「か……」  馨ちゃん、と心の中で呟く。悩ましい声で呼ばれ、局部はますます元気になる。足の力が抜けて立っていられなくなり、地面に座り込んでペニスを擦った。口元を押さえて息を殺す。シャツが汗でべったり張り付いて不快だ。 「やかましいのう、いちいち喚きなや」 「おら、儂のこれ咥え」  男は馨の前髪を力任せに掴み、いきり立つ男根を突っ込もうとする。馨は嫌がって首を振る。 「ぅうっ、いやじゃ、えずいき、いやぁっ」 「わがまま言わんで、ほれ、咥えぇ」  嫌がる馨の小さな口を無理やりこじ開け、男は遠慮なしに突き入れた。馨は潰れた蛙のような声を出す。 「えぐっ……ふっう゛、ぅ゛ぐっ……」 「はー、えいえい。よう締まる」  男は腰を振り、馨の未発達の喉を犯す。 「こいつ、イラマされて喜びよるぞ。後ろもよう締まる」 「歯ぁ立てなや。したら酷うするきな」  馨はもう歯を立てるとか立てないとかそんなレベルでなく、窒息で死にそうだった。涙が勝手に溢れてきて、鼻が詰まって呼吸ができない。喉の奥を突かれると吐き気が込み上げて嘔吐(えず)いてしまう。顎が外れて壊れてしまいそう。  遼真はどんどん混乱してくる。ぐるぐる目が回る。頭がくらくらする。今見ているものが夢か現かも判別がつかない。かわいい幼馴染にあんなことをされているのに怒りよりも先に劣情が湧いてくるなんてありえない、悪夢なら早く覚めてくれと願った。それでも若い体は素直なもので、右手はひっきりなしに性器を擦る。  馨ちゃんの尻に入っているあれも、口に入っているあれも、手に握っているあれも、全部全部僕のものだ。あれは僕そのものだ。馨ちゃんを犯しているのは僕自身だ。僕は今、馨ちゃんと……馨ちゃんに……  ぼたり、ぼたり、と乾いた土に己の汗が滲みる。それを遼真は黙って見ている。リズムの狂った呼吸がうるさい。心臓がうるさい。蝉の声がうるさい。吹く風がうるさい。揺れる枝葉がうるさい。響き渡る馨の悲鳴を、遼真はどこか遠くに聞いていた。     *     気づけば全てが終わっていた。秘密基地に残されたのはボロ雑巾のようになった馨と、放心状態にある遼真の二人だけである。山には再び静寂が戻った。陽は傾きかけていた。  すすり泣く声が聞こえ、遼真はようやく立ち上がった。正面の入口から基地内に入り、その惨状に顔をしかめた。充満する青臭いにおい、蒸すような熱気と湿気、そして泥だらけの小さな裸体。 「……馨ちゃん」  ぐったりと横たわっていた馨は頭をもたげる。ヘアゴムは切れて、豊かな髪が背中に流れる。遼真を見るなり、頬を引き攣らせて無理やり微笑んだ。しかしその瞳に光はない。乾いた虚ろな目をしている。 「りょ、ま……やっぱり、来て……」  基地内に充満するのは精の臭いだけではない。最中も何度か嘔吐いていたが、実際に嘔吐してしまったらしい。しかも失禁したらしく、それらの混ざり合った酷いにおいが鼻を衝く。  馨は立ち上がろうとして、ガクッと膝から崩れ落ちた。遼真は咄嗟に支えに入る。胸に抱いた体は細く、心許ない。二人抱きしめ合ったまま、地べたに座り込む。 「……馨ちゃん、ごめんちや」 「どういてりょーまがあやまるが?」 「助けれんで、ごめん……こがぁにぼろぼろなって……馨ちゃん、ごめんちや。許しとうせ」 「べつに……なんちゃあじゃないき……こがなこと、なんちゃじゃない……」  馨は遼真の胸に顔を埋め、肩を震わせた。遼真はただその細い肩を抱いて、頭を撫でた。落ち着くまでそうしていた。それくらいしかできることがなかった。    *    一天にわかに掻き曇り、激しい雨が降り始めた。夕立である。遼真は何を思いついたか、シャツを脱いで雨に晒す。 「……なにしゆうが?」 「馨ちゃんは中におって」  濡れたシャツをぎゅっと絞り、馨に手渡す。 「これで体拭くとえい。汚れちゅうき」 「じゃけどこれ、りょーまの服やか。汚れてまう……」 「夕立のせいやき、おかんもなんも言わんろう。あっ、ひょっと僕の服じゃ嫌なが? ごめんねゃ、タオル持ってのうて」 「……えい。これで拭く。ありがとお」  濡れたシャツをタオル代わりに、馨は体を拭いた。汚れた顔や口、胸、腹、内腿、尻、局部まで。背中は手が届かず、遼真が拭いてあげた。白かったシャツはあっという間に黒ずんだ。 「やっぱり、汚れてもうた」 「帰りに川で洗うてこう」 「……にゃあ、りょーまぁ」  さっきのことは誰にも言わんで、と馨は言った。 「おとうにもおかあにも、おまわりさんにも言うたらいかんちや」 「けんど馨ちゃん、こういうがぁはおまわりさんに」 「だめじゃ。わしとりょーまだけの秘密にしとうせ」  遼真はいささか逡巡した。辱めを受けたことを公にするのはあまりに忍びないと感じているのか、それともあの男達と何かやり取りをしたのか、遼真には馨の胸の内はわからない。しかし、どうしても内緒にしておかざるを得ない理由があるに違いなかった。 「……うん。わかった」 「ほんまに?」 「馨ちゃんが秘密にしちょきたいがやったら、僕もなんも言わんき」 「……ありがとお」  馨は笑おうとしたが、真っ赤に腫れたまぶたが痛々しいばかりだった。    遼真がせっかく買っていったダブルソーダアイスであるが、結局食べず仕舞いであった。遼真も、もちろん馨も知らないことだが、アイスは秘密基地の裏に落っこちて、袋のままぐずぐずに解けている。誰にも知られず、拾われることもなく、そのうち虫の餌と化すのだろう。

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