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第1話
当時、男として性を授かってから十をすぎた頃くらいでしょうか。
周りの童が外で犬のように遊び回っている頃、私はひっそりと童話を読んでおりました。
それはもう王子様とお姫様がいろいろな苦難を乗り越え幸せに暮らすという平凡極まりない童話でしたけれども、十を過ぎた頃の私の目には陽の当たる水面のように写っておりました。
そんな私は小等部の先生を愛してしまいました。
いいえ、愛していると言っても所詮十をようやく過ぎた子供で恋愛がなんとやらもわからない歳ではありましたが、心の奥底が疼くような、目を瞑っても何をしていても彼が脳裏に居る、これは愛と言う以外なんというのでしょう。
その先生は私を天使と呼び、将来僕達は結婚して心中しようとまで言われておりました。
その時は一緒に心中したい程私を愛してくださっている、と阿呆なことを考えていましたがそんな事はありません今思えばただの戯言で、そこに気持ちなんてものは入っていなかったのでございましょう。
そんな私は彼に処女を捧げたのです。
彼は私の手をとり悪魔のような笑顔で『愛してる、一緒になろう』と何度も仰られました。
私が何度も何度も想像し、恋焦がれていた童話のように決して美しいものではございませんでしたが、満ち足りたような、それと同時に氷のように心が凍てついていくのを感じました。
その日初めてだと言うのに何度も揺さぶられ、意識を飛ばし、ようやく彼のものになれたように感じて心が満ち足りた気持ちで目を醒ましましたら隣に寝ていたのは愛おしい先生ではなくでっぷりと肥えた見知らぬ男。流石の私も意識をとばしている間に何があったのか容易に想像ができました。猛烈な吐き気に襲われる私を横目に男は自分の体重を支えながらヨタヨタと歩き何万とする財布の中から札を数枚程度取り出し私へ一枚一枚布団の上へ投擲されました。
「キミには才能がある。その体で稼ぐといい。」
その男はそう言い残し部屋から去っていきました。
それから幾許の月日がたったでしょう。
私の心を置き去りにしながら幾つもの四季を感じ、何度か人屋の中で過ごしたあとほっぽり出されて今に至るわけなのでございます。
過去の事はもう恨んでなどおりません、これもまた運命であると自分の中で気づいたわけです。
かつて夢見た童話のように王子様が迎えに来てくれる訳ではありませんが、自分の体を必要とする、自分の存在価値がわかっただけでも満足なのでございます。
それはそうと私は行く宛がないのです、今までは数枚のお札を頂けたのですがここまでの回数になるともう何も持たされず所持金も返されないようです、無一文でこれからどうやって生きていきましょう。
目の前の石をコロコロと足で蹴飛ばしながら行く宛をさ迷っておりますと、一筋の影が落ちたのです。その影は私の目の前で止まりまして恐れながらも顔を上げると、太客のSさんでした。
彼は蜘蛛が獲物を巻き付ける様な声で「行く宛てはございますか?」と問いかけてくるのです。
彼の声は昔から苦手でした、かつての先生を思い出させるような話し方のせいでしょうか、この客は行為をしている時はおろか話をしている時も楽しくはない、いい所といえば顔の造形と金だけでしょう。
中身のないただの人形のようにも感じました。
ただ、今の私は無一文でSさんしか頼れないのです。
私は一目散にSさんの胸に縋りつき「アァ来てくださったのですか?私今無一文で泊まる場所がないのです……貴方様の御屋敷に泊めていただけませんか……」と猫撫で声で頼み込んだのです。
するとSさんは口角を上げ、「そのつもりで来たんだよ、キミは僕が居ないとなにもできないのだから。」そう言って彼は私の腰に手を回し、私は彼の首に腕を絡めお互いの唾液を混じり合わせました。道端で、人屋の前で、こんなことをするのは如何なものかと思いますがこうすると彼の機嫌が頗る良くなって羽振りが良くなるので仕方の無いこととして流していただきたいのです。
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