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第12話◇初・抱き締め

 朝、大雨だったので、歩きで雅己と登校した。  今日は部活無しの4時間短縮授業。こんなのは、珍しい。  13時半には下校時間。 「めっちゃ晴れとる……」 「朝の大雨、何だったんだろうな」  笑う雅己と一緒に帰り道を歩き始める。 「なあ、せっかく早いしさ、どっか寄らない?」 「どこ寄りたいん?」 「んー……あ、駄菓子屋、行かない?」 「駄菓子屋?」 「ちょっと啓介ん家通り過ぎて、オレの方に来てくれるとさ、昔良く行ってた駄菓子屋があんの。こないだ通りかかって、久しぶりに行きたいなーって思って」 「家通り過ぎんなら、寄るって言わないんやない?」 「いいじゃん。行こうぜ?」 「……なら着替えてええ?」 「ん?」 「オレんち寄って制服着替えて、お前んちも行って、そっから行こ」 「うん。いいよ、そーしよ」  嬉しそうに笑う雅己。  一緒に啓介の家に寄ってもらい、着替えを待ってもらった。 「待たせたな」  着替えて準備を終えて、リビングで待ってた雅己に、そう言いながら戻ると。 「私服って新鮮」  とか言って、マジマジと見てくる。 「やっぱりお前ってかっこいいんだろうなー」 「……? 何やそれ」 「クラスの女の子がさ、啓介がカッコイイって騒いでて、その会話にオレ、巻き込まれたから」 「巻き込まれたん?」 「そう。啓介くん仲いいよねって。どんな人?って聞かれたり」 「どんな人って言うたん?」 「んー……良い奴だよって」 「はは。……そりゃどーも」 「もっと褒めといた方が良かった?」 「ええよ、そんなん」  クスクス笑いながら、雅己を見下ろすと。 「――――……まあ、カッコいいのは分かるけど」  間近でじーっと、見つめられて、どき、と胸が騒ぐ。 「まあオレは、お前がカッコよくなくても好きだから」 「――――……なんやそれ」 「例えば今からすげー激太りするとか。外見どーでも、好きだけどね」 「意味わからんな……」 「そうだな、はは、オレも意味わかんない。ただなんか皆があんまりにカッコいいって言うからさ。 カッコイイだけじゃないのになーって思っただけっつーか……これも意味分かんないか……」  ふ、と笑って歩き出した雅己を。  後ろから、思わず――――……。 「――――……」  ぎゅ、と抱き締めてしまった。 「……けーすけ??」  不思議そうな雅己の声。  ――――……なんやもうオレ。  ほんまに、好きなんやけど。  ――――……どないしよう。抱きしめてしまった。  もう、告るしか……いやでも、これで気まずくなったら学校も部活もどうすんねん……。  抱き締められた雅己は今どう思ってるんやろ……。  そう思った瞬間。 「……なに? 嬉しかったの?」  全然動揺もなく、クスクス笑って、啓介の腕にそっと触れてくる。  その言い方。  これっぽっちも、そういう類の感情があるなんて、雅己は思ってない。  抱き締めたのが、だた、今の雅己の言葉が嬉しかったんだと、思ってる。  ――――……もう、それで通すことにした。 「……ん。ちょっと嬉しかった」  そっと、雅己を離す。  胸のドキドキは半端ないのだけれど。なるべく普通の顔で雅己を見つめた。   「お前と会ってまだそんなに経ってないのにさ。オレ、お前と居るの楽しすぎてさ」 「そおなん?」 「うん。お前も、オレと居るの楽しい?だろ?」 「ああ。……めっちゃ楽しいよ」 「お前は大阪に居たかったかもだけど。うちの高校に転校してきてくれて良かった」  ……無邪気やなぁ。  ――――……ほんまに。  抱き締めた時は、もう、終わったと思ったけど。  ――――……あまりに雅己にその気がなさ過ぎて、スルーされて助かるという、何だか、嬉しいかも良く分からない結末で終わった。 「大阪より、お前と居んのが楽しいから。もう戻りたいとかも思うてへんよ」  そう言ったら。  え、とすごく嬉しそうな顔で、雅己が笑って振り返る。 「マジで?」  わーい、すげー嬉しー。  とか、喜んでる。 「――――……お前、オレが何言うても、オレの事好き?」 「え? 何それ」 「……なんでもない。忘れて」  靴を履いて、家を出ようとしたら。  その手を掴まれた。振り返ると。 「好きに決まってんじゃん」  間近で、見上げてきて、にっこり笑う雅己。  ――――……こいつの好きが、友達としての好きなのは、分かってる。  嫌ってほど分かってる、けど。 「――――……お前、オレの事好き過ぎやな……」  くしゃ、と髪を撫でて、雅己の手を外させた。 「好きに、決まってんじゃん」  そんな風に言って笑う。  ――――……いつか。  お前に、そういう意味の、「好き」を伝えても。  ……そう言ってくれるんかな。  それは、無いか……。 「啓介、早くいこ」 「ん」 「駄菓子屋のおばーちゃんがさ、すっげえ優しくてさ。大好きだったんだー」  ……その大好きと、オレの大好き、きっと変わらんのやろなあ。  しゃあないか。  苦笑いを浮かべてしまうが。  屈託のない笑顔が、可愛えし。  まあえーか。  ――――……とりあえず、一番近くに居られれば。 月日が流れて♡ +++++ 「駄菓子屋のおばーちゃんが引退したんだって。母さんから連絡が来た」 「あ、そうなん?」 「でも、元気だから、まーくんが来るならお店に出るって言ってるってさ」 「ああ、まーくん、ね」  雅己を、まーくんと呼んで、めちゃくちゃ可愛がってる、おばーちゃん。  何回か一緒に行ったなあ。 「近々行こうや」  言うと、うん、と、嬉しそう。 「啓介と初めて行った時のこと覚えてる?」 「覚えとるよ」 「制服から着替えてさ。お菓子買ってその後公園行ってブランコ乗ったよな?」 「……あーそういえば」  そっちの話か。 「覚えてないんじゃん」  笑いながら見上げてくる雅己に、クスクス笑いながら。  くる、と、雅己を反転させて、後ろから抱きしめる。 「初めて、こーやって、抱き締めた日なんよ、その日」 「……??」 「そっちを思い出してた」 「……あーなんか……あったな……なんだっけ……」 「別にええ。あん時は抱き締めたの、誤魔化したし」 「……あー……」 「思い出した?」 「うん。大体……」  少しして、振り返った雅己は、不意に、軽いキスをした。 「今は、ちゃんと、そーいう意味だから」  にこ、と笑う、雅己。  むぎゅ、ともう一度、抱き締めてしまった。 「いつ行こうかー、駄菓子屋」  クスクス笑いながら、雅己が腕の中で、言う。 「今からでもえーよ」 「あはは。もう夕方。しまっちゃうし。じゃ明日」 「えーよ」  腕の中の雅己にめっちゃ、キスをした。      

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