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みみはむ。

「みみ は む こころ…できた!おかあさん!!」 「なあに?…あら、漢字で名前が書けたの?上手ね」 「へへっ…ぼくの名前、耳とかハとかでできてるよね」 俺は(さとし)。 突然だが俺は重度の耳フェチである。 厚め・薄め・大きめ・小さめ…全く同じ耳はこの世に存在しない。それがまた魅力なのだ。 「おーい聡!…ってまた耳見てんの?ホントどうしようもないな!そんなだから合コンしても彼女出来ないんだって~!!」 笑いながら背中をバシバシ叩いてきたコイツは幼馴染の(かける)。 「俺は翔と違ってがっついてねぇんだよ」 そう。この歳…大学生にもなるとやたらと合コンというものに誘われる。 彼女というものは欲しくないわけではないが、然程興味もない。 しかし、もしかすると俺好みの(耳をした)子がいるかもしれないという淡い期待を胸に参加をする。 今のところ惨敗。この間ついに理想に近い耳を見つけたと思ったが、案の定不気味がられて何にも発展しなかった。 隠すなんて事はしない。いずれバレる。なら最初から理解してもらっていた方がマシだ。 「まあ…分かってはいるんだけどな」 「ホントに?ま、人には色んな趣味や嗜好があるから良いんじゃないの~」 信号に引っ掛かって立ち止まった。その目の前にいたのは様々な形のピアスを大量につけた男。 「……アレ、凄いな…」 あれはない。何だあのバッチバチに開いた穴!!勿体ない! あれじゃ はむはむ し甲斐がない!! そう、俺は単なる耳の形フェチなのではなく…耳を「はむはむする」のがたまらなく好きなのである!!!!! 「あれっ?翔先輩?」 振り向いた男は翔に話しかけた。 「あ~!聖輝(まさき)くん!やっほ~!えっと、こっちは幼馴染の聡。こっちはバイトの後輩、聖輝くん」 「「…どうも…」」 やっぱり凄いな…貫通してんじゃん… 「??僕の顔何かついてます?」 「えっ…いや…」 しまった、バッチバチに開いてるピアスに気をとられて顔をガン見してるみたいになってしまった…!! 「違う違う!聡は耳しか見てないよね!!」 「耳?…ああ、沢山開けてるからですか??」 「じゃないんだよ~!聡は耳ふぇ…」 「翔っ!!!」 慌てて翔の口をふさいだ。会って数秒の初対面のヤツに急にそんな話をするんじゃない!! 「もぐぉ……ってもうこんな時間じゃん!バイト遅れちゃう!聡、聖輝くんまたね!!」 おいちょっと待て、急にそんなこと言って置いて行くな!! 「…行っちゃいましたね」 「そ…そうだな…」 会って数分…むしろそんなに経ってない俺達の間に微妙な空気が流れる。 「聡さん…でしたっけ。ピアスお好きなんですか?って開けてないから違いますかね」 「えっ…いや…その……」 気まずい。ただでさえ初対面なのに翔が変なとこだけ漏らすから! 急に話しかけられてもどうすりゃいいんだよ… 「そのピアス…凄いな。痛くないの?」 耳朶は勿論、軟骨にも開いている。開いているというかあれは貫通している。 「まあ…ここは軟骨なんで、開けて定着するまではそこそこ痛みましたけど今は何ともないですよ。開けるときはこう…ゴリゴリ~っと」 「へ…へぇ…」 ゾワっとした。ゴリゴリ~♪じゃないだろ。聞いてるだけで痛いわ。 「ところで、先輩がさっき言ってたのってホントなんですか?耳フェチ…」 「!??!?」 「あ、やっぱそうなんですね。…ちなみに僕の耳とかどうなんです?」 ピアスに気を取られていたが、凄く良い感じだ。形や厚み… はむはむ し甲斐がありそうだ。 「悪くは…いや…その」 「?」 「形というか…」 話してしまおうか上手くはぐらかすか迷ったが、このタイプは角度を変えて踏み込んでくるタイプだ。 ええい!ままよ!! 「俺は確かに耳フェチだ。だが耳を はむはむする のが 最高に好きなんだ!だからただのフェチとは違う!!」 どうだ…… 学校も学年も違う、たまたま会っただけで今後関わる事はおそらくない。いっそ引いて去ってくれればそれでいい。 そう思っていた。 なのにどうして俺は聖輝の家に居るんだろうか。 遡ること小一時間前。 交差点で幼馴染の翔と信号待ちをしていた時、偶然出くわした聖輝。 どこかのバンドマンのような容姿に複数開けられたピアス。翔のバイトの後輩らしい。 しかし翔はそのままバイトに行ってしまい、俺達は何の接点もないのに取り残されてしまった。 翔がうっかり俺が耳フェチであることを漏らしてしまった所為で聖輝が探りを入れてきた。 いっそのことドン引きして去ってもらおうと詳細を明かしたのは良かったんだが… これが裏目に出てしまった。 「ぷっ…そんな目線で人を見ている人、初めて見ました。聡さんって面白いですね。僕、凄く興味が湧きました」 笑われてしまったものの、引くどころか興味を持たれてしまった。なんてこった。 「このあとって何か予定あります?あ、ないです?ウチ近いんでちょっと寄ってください」 思いのほか強引な聖輝に抵抗する間もなく、あれよあれよという間に今に至る。 「そもそも、何で耳をそう…はむはむするのが好きなんです?」 そこだ。そこなんだ。 実のところ はむはむ した事はない。つまり正しくは「してみたい」のである。 俺の名前は聡。耳をはむはむする心と書く。それに気付いてからというもの、はむはむしてみたい欲が湧いてしまってどうしようもないのだ。 「なるほど…確かにそれは相当難しいですね。難しいからこそ燃えるやつですか…」 「あー、何というか…まあそんなもんだな…」 もう乾いた愛想笑いしか出来ない。分かったならもう帰らせてくれ。事情を知った所でどうにか出来るものでもない。 「聡さんって本当に面白いですね。お礼というのも何か変なんですけど、試してみます?僕でよければ」 「…え?」 「ふふ、僕は構いませんよ」 さっきも思ったが、形も厚みも申し分ない。むしろかなり好きな感じだ。 「……じ…じゃあ少しだけ…」 俺は欲望に負けた。 「……(何だコイツの耳…めっちゃ良い…)」 やはり厚みも形も思っていた通り、実に はむはむ し甲斐がある。耳朶は勿論、軟骨の辺りも良い感触だ。 開けられたピアスが絶妙に邪魔をしてくるが、これがまたクセになる。 「じゃあ今度は僕の番ですね」 「えっ!?」 「聡さんがあまりにも楽しそうなので…僕も試してみたくなりました」 満面の笑みでそう言う聖輝はガッチリと俺をホールドして離そうとしない。 見た感じめちゃくちゃ細身なのにどこにそんな力があるんだ!? 「いや…俺は別にそういう趣味は…」 「…ふふ、聡さんになくても…」 僕にその気がある場合もありますよね 「ちょっ!?その気ってどの…」 言い切る頃には既に俺の耳ははむはむされてしまっていた。待て…待て!何でこうなるんだ!俺はただ…… 「…ま…まっ……やめ…」 「聡さん、もしかしてするんじゃなくて、される方が好きなんじゃないですか?」 「そんな…事は…っ」 そんな事はない。むしろされた事なんかない!仮にあったとしてもそれはそれで問題だ!! 柔らかくて生温い感覚が耳に纏わりつく。そこへ時折かかる息。 小さい頃によくやった「内緒話」とはまた違う感覚がゾワゾワとした何かになって背筋を這った。 「ふうん?でも何か…良さそうですけどね?」 やっと耳から離れたと思ったら不気味な薄ら笑いを浮かべて俺を見ている。何だその顔は。何を考えている。 「本当に面白い人ですね。凄く僕好みです」 「聡、あれから聖輝に捕まったんだってな?アイツお前みたいなのめちゃくちゃタイプだかんな~!!」 「笑い事じゃない!つーかお前!アイツが“そういうの”って知ってて置いてったのか!?」 「いや、だって面白そうだったし?」 そう、あの日翔はバイトになど行っていなかった。そもそも水曜は店休日のはずだ。 「ん?って事はアイツも翔がバイトじゃないって知ってたな!?うっわ!!」 俺は見事に嵌められてしまったのである。 「…っという事で」 「で?」 交差点で立ち止まる翔が向いた先に噂の張本人が立っていた。 「翔先輩~!と、、、聡さん♡」 にこやかに駆け寄ってきた聖輝の視線が俺に向けられた途端、それまでとは違ってあの薄ら笑いに変わる。 「げっ」 「“げっ”て何ですか?傷付くなぁ」 「良かったな~聡!お前の願いも叶ったみたいだし、聖輝の願いも叶ったっぽいし?」 良い仕事した感満載の顔をしているが、お前はただ俺を嵌めただけだ。何てヤツだ! 「翔先輩ありがとうございます♡僕達幸せです♡」 「“僕達”じゃねぇよ!!」 「聡~!オレの大事な後輩だからな!可愛がってやってくれよ~!」 「な ん で だ よ !」 俺の願いは叶ったかもしれないが、代償はそれなりにデカかった。 「聡さん」 「あぁ!?」 「聡さんがちゃんと付き合ってくれないと、このままじゃただのセフレですよ?」 「ぶっ……いや、セフレも何もあの時はお前が強引に…」 あの後、あろうことか俺は流されるまま越えてはいけない一線を越えてしまったのである。 くそっ…こんなはずでは…こんなはずでは!! 「でも僕は聡さんが良いので、あの手この手で頑張ります♡すっごく良かったですし」 「どの手だよ!?俺は怖ぇし良くねぇよ!!」 得意の薄ら笑い…むしろ目が笑ってない辺り嫌な予感しかしない。 俺はこの先どうなってしまうのか。 これが“神のみぞ知る”ってヤツなんだな。 END

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