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第8話 ネガティブ勇者、戦う理由を求める
いつも、寝るときも起きるときも体の痛みと全身のだるさで目が覚めていた。
また起きなきゃいけない。また一日が始まってしまう。
そんな憂鬱な気持ちで目覚めていたのに、今日は違った。
「……ん、うん?」
生まれて初めて十分な睡眠をとれた感覚。体のどこも痛くない。気持ちもどこかスッキリしてる。
ふと、頭に違和感があった。枕なんて持ってきた覚えはないのに、何かを敷いてる。視界には綺麗な布地が見えるだけ。ナイが顔を上にあげると、そこには自分に膝枕をしたまま眠ってしまったレインズの姿があった。
いつの間にいたんだろう。人の気配に全く気付かないほど熟睡していたのだろうか。
「……変な人」
ナイは小さな声で呟いた。
いくら自分が勇者として喚ばれたからってここまですることないのに。ナイはレインズの優しさが不思議で仕方なかった。
漫画やアニメでの王様や王子様はお城で勇者の帰りを待ってるだけの存在。
こんな自分に尽くすことないのに。ナイはそう思いながらも、頭に乗せられた掌の温かさに少しだけ安心感を得る。
他人の体温に優しさを感じることなんてなかった。
人の体温なんて気持ち悪いとしか思わなかった。
ナイにとって体温を感じるときは暴力を振るわれるときだけ。それは肉体的にも、精神的にも。
今のナイの体にその痛みはない。だけど、ナイ自身は覚えてる。全て鮮明に。
この綺麗なものにだけ囲まれた王子様には理解できないんだろうな、とナイは深く息を吐いた。
羨ましい。ただただ幸せを当たり前に過ごしてる彼が。
愛されることが当たり前だと思ってる彼が。
ナイはまた胸にジリジリと痛みを感じる。
嫉妬や劣等感。今までだってクラスメイトの子たちに何度も感じてきた。あの子は家に帰っても親に殴られたりしないんだろうな、と。誕生日には生まれてきてくれたことに感謝されて、みんなから祝われる。家族みんなで食卓を囲める。些細なことで喧嘩して、仲直りしたり。
「……いいなぁ」
何もかもが遠い世界。
異世界に来たのに、何も変わらない。
場所が変わっても、立場が変わっても、人が変わるのはそんな簡単なことじゃない。
他者への救いが、自分の救いに繋がるのだろうか?
戦えば、何か変わるのだろうか。
ナイは再び目を閉じた。
とりあえず、レインズは自分の敵ではない。自分に良くしてくれてる。
たとえそれが、勇者だからという理由であっても。
初めての人から与えられた優しさを、もう少し感じていたい。
「……そうか」
勇者であり続ければ彼が自分へ優しさをくれるのであれば、勇者として振る舞えばいいのか。
この優しさを、手放したくない。ナイはレインズの服の裾をぎゅっと握り締めた。
優しくされたい。あの世界で得られなかったものを、手にしたい。
今まで感じたことのない感情に、ナイは少しだけ戸惑った。
レインズに対しての劣等感は消えないけど、でも彼が自分に優しさをくれるのなら、それに縋りたい。
そのために、戦えばいいのか。
ナイは勇者としての役目を、自分なりに納得させた。
死ぬ気で戦えばいい。それが勇者なら、それに対する見返りを求めていいのなら。
今までだって我慢さえしていれば良かった。そうすれば、酷いこともされない。殴られても、我慢すればいつか終わった。痛みも耐えればいい。
今回だってそう。嫌なことも何もかも我慢すればいい。そうすれば、優しくしてくれる。
戦えば。
我慢すれば。
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