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第28話 ネガティブ勇者、変わりたいと願う
「なるほど。情報を一つにまとめて保存する……その、たぶれっと? と言うものは便利ですね」
「僕も学校にあったものしか使ったことはないけど……パソコンとかスマホとか、そういう電子機器と同じことを魔法でも出来ないかなって……」
みんなが持っていて、自分が手にすることがなかったもの。
その一つがスマホであり、パソコン。
本を中身を具現化出来るのなら、その情報を魔力で読み取って一纏めに出来れば、いちいち分厚い本を開く必要はなくなる。
レインズは異世界の文明に感動した。魔法がない代わりに科学がある。
魔法の方が術者次第でいくらでも形にできる。ナイの魔力なら王宮図書館に保管されてる書物全てをデータ化して保存できるだろう。
これが成功すれば、魔術にも応用できるはず。
明日、テオに相談してみようとナイはレインズに持ち掛けた。
「ええ、勿論です。それにしても、ナイの世界は素晴らしいですね。魔法がないのに、魔法のようなことが出来るなんて」
「……僕は実際に手にしたことがないものばかりだから、キチンとした知識はないけど……」
「いえ。それでも私からすれば十分すぎるくらい摩訶不思議です。ナイの世界に魔法文明がないので向こう側から召喚してもらうことは不可能なのが残念です。私もナイの世界に行ってみたかったです」
未知なる世界の話に興奮しているレインズに対し、ナイは彼が言った言葉にドクンと心臓が鼓動して息を飲んだ。
向こう側から召喚する術はない。レインズが残念がるということは、こちらから異世界に送る方法もないということ。
元の世界に戻る手段はない。二度と、向こうに帰ることは出来ない。
帰るつもりは欠片もないが、元の世界に送り返される可能性もなくなった。
その事実に、ナイは酷く安堵した。
もし何かあっても。勇者としての役目を終えたり、使えないと見放されたとしても、元の世界に帰れとは言われない。
あの世界に帰るくらいなら、ここで死んだ方がマシだ。
「……どうかしましたか、ナイ?」
「い、いや……何でもない。大丈夫」
「そうですか。お疲れでしたら無理なさらないでくださいね」
「平気……平気、だから」
痛いくらい脈打つ胸を、そっと抑える。
もう関係ない。あの世界とは切り離された。
だからこそ、ナイも過去を切り離さなきゃいけないと思った。
もうあの親と会うこともない。苦しめられることはない。だったら、自分も変わらなきゃいけない。
変わりたい。
居やしない親の影に脅えていたら、前に進めない。
「……あの、アインは」
「アインがどうしました?」
「…………えっと、やっぱり何でもない」
「そうですか?」
アインが何故レインズにあそこまで忠義心を見せるのか気になっていた。
自分と似た境遇を持つアインの話を聞けば自分が変わるキッカケを掴めるかもしれないと思ったが、本人がいないところで彼の過去を聞くのは良くないだろう。
変わりたいとは思う。でもそう簡単に心の傷は治らないし、ふとした時に記憶が蘇ることもある。
そういうとき、アインはどうしてるのか相談したかった。
夢だと思えばいい。そう彼は言ったが、何度も悪夢を見ていたんじゃ何も変わらない。
「……魔法って、記憶を消したりできる?」
「え、えぇ。そういう物もありますが、使える人は存じませんね。テオ様ならもしかしたら使えるかもしれませんが……」
トラウマを克服できないなら、それも一つの手段として考えておきたい。
少なからず、前に進む方法を考えるようになっただけマシだろうか。ナイは天井を仰いで、昨日見た星空を思い出す。
空を見る余裕が、今はある。
一歩が小さくても、前に進めているはず。
ナイは自分にそう言い聞かせた。
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