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第42話 ネガティブ勇者、感謝する

「そろそろ陽も暮れそうですね。アインもまだ眠ってますし、今日はここで一晩泊まらせてもらいましょう」  窓から差す夕陽を見て、レインズが言った。  いつの間にか雪が止んだのか、空は茜色に染まっていた。まるで夢の続きのようで、ナイは少しだけ胸の奥がギュッと傷んだ。 「……あの、アインの、部屋は」 「アインなら隣の部屋ですよ。まだ寝てるとは思いますが……」 「ち、ちよっと、顔を見たいだけ、で……ダメ、ですか」 「いいえ。アインも貴方を心配してました。もし起きたら今晩は泊まると伝えてください」  ナイは頷き、布団の上に置かれた上着を持って部屋を出た。  起きたときに握りしめてたアインの服。何故この上着を掴んでいたのかナイは寝ていたので覚えてはいないが、この服を返してお礼が言いたい。  隣の部屋の前に立ち、ナイはドアをノックしようとしたが止めた。  中にいる人の気配に動きがない。アインはまだ起きていないことを察知し、静かにドアを開けた。 「…………」  音を立てないように、ナイは部屋に入ってドアを閉めた。  聞こえてくるのはアインの寝息だけ。  ナイはこっそりと近付き、顔を覗き込んだ。  怪我はない。顔色も変わりない。アインから感じる魔力もほんの少し弱っているものの、すぐに回復できる程度だ。  安心した。ナイは小さく息を吐き、眠るアインに頭を下げた。  ありがとう。心の中で、お礼を言った。  アインが助けてくれる理由はレインズのためだと分かってる。  それでも一番最悪の記憶を燃やしてくれた。それだけでナイには十分過ぎるほど有難いことだった。  記憶は消えない。あれは夢での出来事。  でも、立ち向かえることが分かった。あの夢は決して抗えないものなんかじゃないと、ナイは気付けた。  暗闇の中にも光があることに気付いた。  その光に手を差し伸べてもいいことに気付いた。  きっとまた立ち止まることはある。  その度に心を折るかもしれない。  でも、ナイはまた歩き出せることを覚えた。  それはとても、大きな一歩だ。 「…………また、泣いてるのか」 「っ!」  突然聞こえた声に、ナイは顔を上げた。  目を覚ましたアインが、寝転んだままこちらを見てる。 「な、泣いて、ない」 「そうか……お前、ずっと泣いてたから……」 「……うん。あの、ありがとう……」 「何がだ?」 「地下で、助けてくれた……他にも、色々……」 「色々……? 何のことか分からないけど、俺は自分にやれる事をしたまでだ。礼を言われるようなことは、何もしてない」 「……でも、僕は助かった、から……やっぱり、ちゃんと言いたい」  そう言ってナイは、アインに上着を返した。  ナイは自分が無意識に上着を掴んだことを覚えていない。だからアインが何故あの時服を掴んだのかを聞いたところで答えは返ってこないだろう。  アインは黙って上着を受け取り、ナイの顔を見た。  地下で見たときの瞳とは違う。絶望に満ちたものではなく、夜空の下で見た美しい漆黒だ。  自分がいない間に彼に何があったのか分からないが、アインはナイの顔つきの変化に安堵した。  何かを吹っ切れたのだろうか。  前まではずっと怯えた目をして、ちゃんと人と目を合わせようともしなかった。  それが今は違う。弱々しくも、ちゃんと目を合わせようとしてる。  人の目を真っ直ぐ見るのは、思っている以上に勇気がいることだ。  目は口ほどに物を言う。その言葉の通り、目は語る。心を見透かす。  だからナイは目を合わせるのが怖かった。  でも今は。レインズとアインには、怯えたくない。そう思うようになった。 「アイン、は……強いね」 「別に。俺は普通だ」 「強い、よ。僕は、何も出来なかった……」 「……俺だって、昔なら動けなかったよ。お前はこの世界に来たばかりなんだ。そう簡単に人は変われない。少しずつ、少しずつ……ゆっくり前に進めばいい。俺もそうだったんだ」  アインはまた目を閉じ、再び寝息を立てた。  まだ疲れているのだろう。ナイはもう一度頭を下げて、部屋を出た。

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