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第56話 ネガティブ勇者、族長にビビる

 ナイを寝かせ、アインも壁に寄りかかるようにして腰を下ろした。  リオ達の話し声は何となく聞こえてくる。  ナイの背負う黒い影。  アインにはそれが何なのか、分かる気がした。  過去のトラウマ。一生癒えることのない心の傷。  そういうものは、何をしても消えない。時折忘れることがあったとしても、思い出してしまう。  アインだってそれは同じだ。完全に忘れたわけじゃない。ただアインはレインズのそばにいることでトラウマに苦しむことが減っただけ。  だが、きっとナイはそんな過去のトラウマだけでなく、勇者としての重圧などもあるのだろう。そういうナイにとって悪い感情が、黒い影なのかもしれないと、アインは考察する。  しかし、それをナイに直接言ったら余計に苦しめることになるだろう。  せっかく前を向けたのに、振り返ってしまう。見たくないものを、見てしまう。 「……勇者ってのは、随分面倒な奴だな……」  おとぎ話で聞いていた勇者とは違いすぎる。アインは眠るナイの表情を見て、溜息を吐いた。  世界を守るはずの勇者を、守ろうとしてる。まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。  アインはレインズが勇者召喚をすると言った時のことを思い出した。  憧れの勇者に会える。そう言って目を輝かせる主人に、まだ知らぬ勇者相手にほんの少し嫉妬した。主人の心を奪う勇者と言う存在。それは喚び出してからも変わらないが、今は嫉妬よりもナイ自身を心配する気持ちの方が強い。  心配せざるを得ないのだ。あまりにもひ弱で、心が不安定で、いつも笑顔の裏に悲しみが付きまとっている少年を。  やっと笑うことを覚えたのに、その影が笑顔を奪うというのか。  人のトラウマは、植え付けた本人は簡単に忘れるというのに、傷を負わされた被害者はいつまで経っても苦しみ続ける。  どうしようもない、この世の理不尽だ。  それを知っているからこそ、アインはナイに対して非情になり切れない。  主人のために、この世界を救うために。気弱な少年が逃げないように優しい言葉でも並べてその心を利用してもいいと思っていた。  だが出来なかった。だってナイはいま、その理不尽に立ち向かおうとしているのだから。  レインズが勇者としてではなく、ナイ個人を贔屓にしたくなるのか。一緒にいれば自然と分かる。  ただ可哀想なだけの少年ではない。満身創痍で、今にも粉々に崩れてしまいそうな心を必死に、感情を殺すことで守ってきた。  ナイは地獄のような環境で生きてきた強い心の持ち主だってことを、知ってほしい。  アインは、そう願う。 「……う、ん」 「気付いたか?」 「……アイン。ここ、は?」 「族長様の家だ。今、テオ様とレインズ様がお話をされている」 「……そっか。ごめん、寝ちゃって……」 「問題ない。俺もこの地帯は苦手だ」 「……ここ、なんか変な感じがする。もやもや、するというか……魔力じゃない、なんか、冷たい空気がずっと張り付いてるような……」  ナイがそういった瞬間、部屋の暖簾がバッと開いた。  そこに現れたのは仁王立ちして自信満々の笑みを浮かべるリオだった。 「よく気付いたな! さすがは勇者様だ!」 「っ!?」 「改めて挨拶をしよう。俺はリオン・ヴィンドハード・ロッサ。この集落の族長だ。よろしく頼むぜ」 「は、はい……僕は、降谷ナイ、です」 「勇者ナイ。お前がくたばってるのはこの地に流れる霊脈のせいだ」 「れ、れい、みゃく?」  初めて聞く言葉に、ナイは首を傾げた。  リオはナイの前に腰を下ろし、真っ直ぐその目を見つめる。  ナイは目の前の人物の気迫に、息を飲んだ。  ただそこにいるだけなのに、物凄い威圧感のせいで思わず萎縮してしまう。  見た目はまだ20歳前後だろうか。褐色の肌に赤みのある髪。濃い紫色の鋭い瞳。レインズとはまた違う整った容姿の持ち主。 「どうだ。ちょっとは楽になったか?」 「え? あ、そういえば……」  リオの威圧感に押されて気付くのが遅れたが、さっきまでの不快感が消えていた。 「だろうな。俺の魔力はお前ら光や闇よりもずっと特殊な、無属性だ。だから霊力とも相性がいい。今はお前の周りの霊力を緩和させてるんだ。ちったー楽になんだろ?」 「……無属性……前に、本で読んだ。力はない代わりに、力を無効化するって……」 「ほう。お勉強熱心で良いじゃねーか。その通りだ。俺には戦う力はないが、戦う力を消すことが出来る。まぁ、残念ながらこの地だと魔力を食われちまうから、大したことも出来ねーがな!」 「……は、はぁ」  豪快に笑うリオに、ナイは気圧されるばかり。  しかし、悪い感じはしない。遠慮のない話し方なのに、ズケズケと踏み込んでくる感じがしないからだろうか。 「つーわけで、精霊の泉探しに俺も付き合うから」 「え?」  それにしても話が唐突すぎる。  こういうところはテオにそっくりだとナイは思った。

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