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第93話 ネガティブ勇者、闇の中で
暗い。
痛い。
怖い。
寒い。
頭の中に入り込んでくる無数の記憶に、ナイは暗闇の中で膝を抱えて苦痛に耐えていた。
この世界の犠牲になった彼らの無念。
もっと生きていたかった彼らの思い。
その全てを一身に背負い、全身が引き裂かれそうな悲しみに一人で耐えていた。
「……いらない……いらない……いらない……」
ナイはその言葉だけを呟いていた。
彼の記憶に一番強く残っている言葉。散々言われ続けた言葉。自身の名の由来。
もう記憶も感情も心も全て要らない。
見られたくない汚い自分を見られてしまった。大人たちに辱められた醜い自分を、曝されてしまった。
もうあの場所には戻れない。戻ることはない。ナイはどんどん深い闇へと自身を沈めていった。
頭の中で幼い少年の声がずっと響いている。
救われないなら、救ってくれないなら、壊せばいい。
こんな世界に勇者なんかいらない。
理不尽な悲しみや痛みを与えてくる世界なんか、必要ない。
もう終わらせよう?
ずっと隣で誰かが語り掛けてくる。
全てを終わらせることが出来るのは、もう君しかいないのだと。
終わらせる。それは、何を。
ナイは語り掛けてくる声に聞いてみた。
どうすれば終わりになるのか。本当に世界を滅ぼせばいいのか。今のナイだったらそれも可能だろう。元々の潜在能力。そして今までの異世界の少年達の力を受け継いでいる。こんな世界、容易く壊せてしまうだろう。
何もかも、なかったことに出来る。
でも、それでいいのだろうか。
本当に要らないのは、何だろう。
確かに最初にこの世界に召喚された少年のことを思うのであれば、世界を壊すのがいいのかもしれない。
それほどの仕打ちを受けたのだから。
だけど、それでいいのかな。
ナイは空っぽのはずの心が、悲しいと訴えているのを感じ取った。
まだ悲しむ心がある。
まだこの体は涙を流してる。
そうだ。
一番良い方法がまだあるじゃないか。
ナイは目を閉じた。
全て背負って、自分だけがこのまま闇の中で一人ぼっちになればいい。
みんなの悲しみも痛みもツラさも全部、この身に抱えて落ちるところまで落ちてしまえばいい。
もう誰の手の届かないところまで。
そうすれば、この世界は結果として救われる。
全てが終わる。
自分が、最後の勇者になろう。
自分が、最後の魔王になろう。
ナイは膝を抱えながら、そっと自身の胸に手を置いた。
もう熱の感じない心。
それでも、この想いだけはまだほんの少し暖かい気がする。
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