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勿論、予想はしていた。
予感というよりは、覚悟のようなものだ。
私は今日初めて、サイラスが天涯孤独の身であり、実家と言っても誰も住んでいないということを知ったので『もし家族と同居しているようならば宿を調達しなければ』くらいのことは思っていた。実際には彼は一人暮らしで、家の中にはサイラス以外の気配は微塵もない。
いよいよ覚悟は決まっていった。
別に、そういう行為のみが愛の証明だなんて古臭いことは言わないが、正直なところ私は興味を持っていたし、ありがたいことに彼が私の身体に興奮を覚えていることも察していた。
そんなつもりはなかった、などと言うつもりは毛頭ない。むしろそうなるのだろうと、腹を決めて寝室に招かれる前に風呂を借りたというのに。
どうやら、彼の方が『そんなつもりはなかった』ようだ。ということにしばらくベッドの上で過ごした後に気が付いた私は、仕方なく(本当に仕方なく)――サイラスをベッドの上に押し倒した。
「え。……え?」
少々パニックになっている彼はかわいい。かわいいが、ほだされるわけにはいかない。
「申し訳ありません、どうも私は『空気を読む』的なコミュニケーションが酷く苦手なので単刀直入にお伺いしようと思います。あなたは私とセックスしないつもりですか?」
「セッ……え、いや、あの、急に、何――」
「急ではありません。お互いに好意を持っていることは再確認しましたし、それは友愛ではありません。私はケントのことも友人として好いていますが、それはあなたに感じる愛情とは別物です。勿論、何度かデートを重ねてお互いに了承してから行為に及ぶ、というのが理想的なことは承知していますが、いいですか私は三週間あなたに恋い焦がれていたんです正直無理です待てません」
「待って待って待ってほんと、情報多い……ええと、いやあのね、別にその、きみとそういうことはあのー、したい。したいですけど、いやなんか隣にいるだけでもう相当いっぱいいっぱいで、正直裸とか見たらおれの理性どっかぶっ飛んじゃいそうで……」
「そんなもの、ぶっ飛ばしていただいて結構です」
「……本当……? いや、よくないと思うよだってほら、眠いときのおれみたいになっちゃうよ、仕事の時もそうだけど、夢中になっちゃうとほんとまわり見えなくなんの……」
「……それなら、いつまで待てばあなたは私の裸を見てくださいますか?」
「ぐ、ぅ」
何やらおかしな声が聞こえたが、これは彼が相当にテンパっているときのうめき声のようなものだ。その証拠に両手で顔を隠そうとする――ので、渾身の力で腕をシーツに縫い付けて阻止をした。
「ちょ、シャオフー、腕離して」
「かわいいので嫌です。……あなたが嫌だ、というのなら私も納得します。無理強いはしない。ですが、理性が保てないから、というような理由ならそんなもの捨ててくださいと言いたい」
「うっわ……仰るとおりだねほんと……あーいやーだってさーいや、うーん、きみがいいなら、その、嬉しいけど……」
「まだ何か問題が?」
「いや、ほら、おれたちってばどっちも男だから、要するに役割を決めなきゃいけないわけで、勿論オーラルセックスだってセックスなんだけど、いざ致す段階になってそこで行き違いがあってもなんか、悲しいしまずはそういう話しないとだけどいきなり、さあ、決めようかみたいな話題を出すタイミングも、ちょっとわかんなくって、おれストレートの人と付き合うの初めてだし……」
「ああ、トップスかボトムスか、ということですか」
一応そのくらいの知識はある。
私達が関わるセレブの中には、様々な性格、性質の人間がいる。勿論同性愛者もいれば、トランスジェンダーの方々もいるわけだ。勿論、寝室に誘われて行為に及んだことは一度もないが、彼ら彼女らに失礼な言葉を言わないように、あらゆる面でできるだけの知識は頭に入れるようにしている。
まあ、今回は個人的に少々調べたりもした。やはり相手にまかせっきりで何もわからない、というような状態はよくないと思ったからだ。
「あなたは基本的にはどちらを好んでいますか?」
「もうほんとズバッて聞いてくるなぁ……」
「すいません。あなたがあまり怒らない人であることを、知っているので」
「……その信頼嬉しいからよくないよ。えーと、そうだね別にどっちが多いってわけでもない、かな。するのは楽しいし、してもらうのは気持ちいい」
「特に、希望はない?」
「どちらかといえば、きみに思いっきり縋られたい、と思うけど……」
「ではそれで結構ですよ」
「え、いや、そんな、だって、えーと……いいの? 抱きたい、って言ってるんだけどおれ」
「構いません。正直私は正しい知識もなければ、実践したこともないですから、逆の場合あなたの身体を傷つけるかもしれない。全部お任せできるならそちらのほうがいいかと思います。うまくできるかどうかについては、保証できませんが……」
「うーあ、サクサク決まっちゃったねぇ……え、ほんとにしていいの? セックスだよ? 気持ち悪くない? 後悔しない?」
「セックスしたくないなら、あんなにキスを求めませんよ」
それもそうだ、という事実に気が付いたのか、サイラスは緩やかに苦笑した。
不安がないと言えばうそになる。私は彼のことを愛していると断言していいし、好意については疑っていない。気持ち悪いとも思わない自信はある。ただ、肌を合わせることへの単純な不安はある。
実のところ、セックスは得意ではない。
数える程しか経験はないが、どれもあまりいい思い出ではなかった。そういう意味で、少しだけ不安はあるが、サイラスの方が数倍及び腰だったので逆に己の不安など構っている場合ではなくなった。
逃げないから離してと笑われ、少々反省しながら彼の腕を開放する。途端にぎゅっと抱きしめられ、耳元にくすぐるような言葉を吹きかけられる。
「……がまん、しなくても、いい?」
そのあまりも甘い囁きにくらくらと脳みそを揺さぶられ、熱に浮かされるようにイエスと答えた――。
――ことを、一時間後にはきっちりと後悔していた。
「……っ、駄目、サイ……ッ、……もう、無理、っ、ぁ……っ!」
「ん……やだ、だって、かっわい……っはー……好き、だめ、おれね、いま、馬鹿になってる、だって、ここ好きでしょ? 腰ね、びくんってなる」
「ッ、あ、ぁっ、……ソコ、駄目って言っ……、ぁ、嫌だ、また、出る、ぁ……ふっ、……っ」
「出してもいいよ、でも、もう出ないんじゃないかな……結構なんども出しちゃったし、っはー腹筋ぬるぬる……ねえシャオフーすごい、すごくエッチ、どうしようほんとやばいすごいエロイ最高。シャオフーね、おれがエッチだねって言うとね、中ぎゅっとして顔とろんってすんだよ。エッチだねって言われんの、好き?」
「あなたの、声なら、なんでも、好き……、あ、駄目だって、言って、るのに、なん……」
「……だってかわいいからがまんできない……」
思う存分揺さぶられ、もう体力も精力も何もかも奪いつくされた。それでもサイラスは許してはくれない。きっと嫌だと言えばすぐにやめるだろう。理性なんかぶっとんでいても、彼の本性はあまりにも優しいことを知っている。
だから私は、駄目だとしか言えない。嫌だと言うと、きっとサイラスは我慢してしまうから。
厳密には嫌ではないし、正直ここまでさらけだしてしまったらもうどうでもいいという感情はある。ただ、シンプルに『もう無理』という叫びは定期的に出てしまう。これはもう生理現象のようなものだ。
最初はおずおずと私の身体を触っていたサイラスは、私が全裸になったあたりで見事吹っ切れたらしく、非常に積極的に事を進めた。
奥手な人だと思っていたわけではない。
彼は最初からかなり積極的に好意を示していたし、少し不器用なところや考えすぎなところはあるが、愛を示すことに対して及び腰ではなかった。キスをしてと言えば、積極的に舌を絡ませてくれる。それと同じように、一度始めてしまえば、特別な問題もなくサイラスはセックスに没頭した。
問題だったのは私の方だ。
勿論気持ち悪いとか辛いとかそう言った感情はない。サイラスの性器を直視しても嫌悪感はなかったし、素肌で抱きしめられたときは熱が上がって死にそうになったほどだ。まずかったのは想像していたよりも駄目だった、という方面ではなく、その逆だ。
サイラスに翻弄されるセックスは、私の想像の何倍も恥ずかしく、何倍も気持ちよく、理性などというものは早々に手放さなければならない程だった。
両の胸を弄られているときはまだ笑えた。くすぐったいと本音を零し、気持ちいいって言ってくれないと、と言われてまた笑った。かわいいじゃれ合いだった、と今は思う。
尻にローションに濡れた指を入れられたときもまだ余裕はあったのだ。違和感はあるものの、痛いとは思わない。おそらくサイラスが細心の注意を払って、行為を続けてくれたのだろう。
散々慣らされ、羞恥に耐えられずにもういいと懇願したあたりまでは、まだ私は私だった。
彼のものが身体に入った時も、謎の感動はしたものの、快楽があったとは言い難い。快感を抑えるように顔を歪ませ息を吐く彼の姿に、不覚にもときめきを覚えるくらいの余裕はあった。
なるほど、これが男性同士のセックスか。確かに興奮するし、愛する人の性的な表情はグッとくる。痛くはない、辛くもない、少し違和感はあるものの、若干気持ちいい気がしなくもない。
それが、一回目の射精までの感想だ。
私が彼の指に導かれて果て、追うようにサイラスも果てる。
汗の浮いた額にキスを落とされ、私は達成感のようなものに浸っていたのだが……すぐに、ゆっくりとまた動き出したサイラスの腕を、慌てて掴んだ。
そして、ああしまった、と己の浅はかさを呪った。
サイラス・シモンズは、そうだ、夢中になると、本当に手加減ができない人だった。そして嫌という程実感する。サイラスは仕事を愛している。食事も睡眠も忘れる程それに没頭する。そして彼にとって私――胡麗孝もまた、仕事に匹敵するほど愛すべき存在なのだ。
……嬉しい事実だが、正直感動どころではない。
達したばかりのそこをじわじわと擦られ、流石に腰が浮く。性交の為の器官ではない筈なのに、どうして快楽が這い上がってくるのか、と、人間の人体の構造に怒りが沸き上がりそうになる。
何度か言葉で訴えたが、サイラスには届かない。
いや、きちんと聞こえているのだが、『好き。無理』の二言で私のすべての抗議は却下された。
サイラスが二度目の射精を終えてコンドームを捨てるまで、わたしは三度果てた。別に苦しくはないしどうということはない……などと言っていた尻の穴が、その頃にはじわじわと快楽を感じ始めていた。
無駄に知識を入れるんじゃなかった、と思う。ああ、これが前立腺というやつか……などと意識するほど、余計に感じてしまう。
だから彼が二個目のコンドームの封を切った時、流石に少し逃げようとした。が、腰に力が入らずに、身体を起こすことしかできない。
もう無理と口では言いながらも、腕を広げられ抱き着いてしまう私もどうかと思う。おいで、だいじょうぶ? と頭を撫でられると、恥ずかしながら好きだという感情が勝るのだ。
流石にサイラスは少し冷静になってきた、らしい。
「無理? 辛い?」
甘い声で、本当に心配そうに首を傾げる。愛されている、という実感が沸き上がり、ついキスに応じてしまう。
おれは、まだきみがたりない。
そんな風に甘くささやかれ、思わず腰が動いてしまったのが悪い。気が付けばサイラスの膝の上で、また彼のものを咥え込み、彼にしがみつきながら揺さぶられていた。
……どう考えても私の方が重いのだが。一度理性の飛んだサイラスは、ウエイトの違いなど大した問題ではないらしい。
「っはー……だめ、すごいかわいい無理ー……しあわせ、すき、かわいい、シャオフー、ね、こっち向いて、すごいエッチな顔してる。きみ、いつもはあんなにストイックでクールなのに……ね、ここさ、押されるといいでしょ?」
「ッ、ひ、ぁ……ッ!? だ、駄目、何、無理、です何それ、あたま、おかしくなる、ぁ、あ……っ」
ぐりぐりと、下腹部を親指で押される。私の中に入っている彼の性器を、よりリアルに感じてしまう。
じわじわどころではないダイレクトな射精感に、思わず首を振って縋ってしまう。
自慢ではないが、私はそれなりに鍛えている。一般人相手に体術を使うときはそれなりに加減を心掛ける程度には、おそらく体力と筋力がある。
その私が理性を吹っ飛ばして思い切り抱き着いているのだから、相当苦しいと思うのだが、驚くことにサイラスは嬉しいとかわいいを連呼していた。後から考えてみればむしろ恐怖を感じてもいいようなタフさだが、この時はお互いに訳がわからなくなっていてそれどころではない。
腹のあたりを容赦なく押すサイラスの手を止めようとして、うまくいかずに自らの性器に触れてしまい腰が浮く。
挙句手を取られ、自分のソレを握るように誘導され、彼の手の赴くまま私は自慰のような恰好を強いられた。
……この人はどうしてそんな淡泊な顔をしているのに、こんなにエロイのだろう……。
しかもひどく煽情的な行為中でも、ただ愛しているとか好きだとか喚いて本当に嬉しそうに笑うから質が悪い。意地悪をしている、翻弄しているという自覚がない。たぶん、本当に本能のままに動いているだけなのだ。
「シャオフーのペニス、ぬるぬるだねぇ……でもやっぱり、出ないかな……勃ってて、震えてて、かわいいけど、出ないのは辛いよね。……もーほんと……ずうーっとこうやってたい、けど、そろそろ、最後にしよっか」
「ん、……もう、満足、したんですか……?」
「え、うーん……満足っていうか、不満なわけじゃないけど足りない感はあるけど。これ以上やっちゃうと、ほら、虐めてるみたいになっちゃうし。おれはべつに、きみを虐めたいわけじゃないし……」
「……私は、あなたに、その……虐められると、……興奮します」
「………………いや、そういうの、ほんと、よくない。よくないよ、シャオフー。やっとちょっと、冷静になってきたのに、もー……やめてほしいのやめてほしくないの、どっちなのー……」
「やめてほしいとは、思ってないです、とんでもない体力だなと呆れてはいますし、これ以上のことをされたら、理性どころか人間的ななにかもぶっ飛んでしまいそうで、正直怖い、というのが、本心ですが……気持ちよくて、怖い。こんな経験は、初めてなんです。あと、あなたに意地悪をされると、その……私はやはり、ぞくぞくする」
「……ただでさえ好きすぎておかしくなってるのに、エロイが過ぎてぶっとびそうだよ、もー……はー…………。ほんとに、いやだったら、ちゃんと駄目嫌やめてって、言ってね?」
やくそくだよ、と優しいキスをして、サイラスは優しくないセックスを再開した。
私はとことんこの人に惚れている、と実感する。
セックスの最中は快楽が酷くて駄目と無理を繰り返してしまうのに、甘い言葉を吹き込まれるともっとしてほしいとねだってしまう。自分の甘さと淫蕩さにほとほと呆れる。
だが、そんなきみが好きだと何度もキスをしてくれるので、結局どうでもよくなった。
私が言葉を忘れたようになっても、サイラスはずっと甘い言葉を言い続けた。体液と汗と、言葉の甘さでべたべただ。喉が痛く、腹筋は筋トレ直後のように痛む。
ぐったりとベッドに沈む私の横に、同じくぐったりと横たわったサイラスは、瞼が落ちるまでずっと感謝と愛の言葉を繰り返していた。
ありがとう、愛してる。
家族はいない。家には消し去りたい記憶しかない。自分のことを好きだという人間は世界に六人しかいない、と公言する彼の孤独と愛情の深さを想って、私は静かに目を閉じた。
もう声が出ない。だから明日朝、ありがとうと愛しているを伝えることを心に決めた。
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