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夜の市役所

 カタカタカタカタ。だだっ広い、静まり返ったフロアに、PCのキーボードを叩く音が響く。少し離れた場所から複数の同じ音が微かに聞こえてきた。どうやら、今夜はお仲間が何人かいるようだ。  中村慎弥(なかむらしんや)は、手を止めずにちらりとPCの時刻表示を見た。もう10時近くになっていた。そろそろ切り上げて帰宅しないと明日がキツくなる。とりあえず今週中に用意しなくてはならない資料はほぼ完成している。あとは見直しをして、課長の承認が得られれば完了だ。  切りのいいところで作業を止める。データーを保存し、溜まっていたメールにざっと目を通した。早急に返事が必要なものだけ急いで返信する。  PCの電源を落とし、ふうっ、と息を吐いた。軽く首を動かしてストレッチする。  あー、疲れたぁ。  毎日のことで慣れたつもりでいるが、こう忙しいと疲労も溜まってくる。責任ある仕事を任されるようになったのは有り難いことだけれど。最近は仕事以外のことをする余裕があまりない。  よし、帰ろ。  勢い良く立ち上がり、鞄を引っつかむ。必要な物を鞄の中に突っ込むと、さっさとフロアを後にした。  夜の市役所は昼間の賑やかさとは打って変わって静まり返っている。それは夜の学校の雰囲気と似ていた。人気のない廊下や階段を足早に歩く。自動販売機の影からとか、トイレの中からとか、なにか得体のしれない者が出てきそうで、心霊系が苦手な慎弥はいつまで経ってもこの出入り口までの道に慣れないのだった。  びくびくしながらようやく出入り口に到着し、常駐の警備員に挨拶して外に出る。  初秋の空を見上げると、星がところどころ輝いていた。その中に、一際大きな満月が存在を主張している。今夜は少し肌寒い。こんなとき。暖かい家で待っていてくれる妻や彼女がいるサラリーマンはいいな、と少しだけ羨ましくなる。自分にはその縁はどうやらなさそうだけれど。

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