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プロローグ

※成人向けの描写はありませんが、攻めが受けを痛めつけるような描写があります。  苦手な方はご注意ください。 「晴麻!俺はだなぁ……なんだ。そ、そのっ……。俺はお前が好きだ!!」 橙の光の柱が放射状に差し込む二人きりの教室。 その一本の光線を小さな背で遮るクラスメイト。 いつからか意中の人となってしまった友人の二の腕を強く掴んで、俺は自らの胸に燻っていた恋慕を途中錯乱のアクシデントに見舞われつつも勇気と声を振り絞ることによりどうにか打ち明けることに成功した。 この無駄に御託を並べておいてからの特に捻りの無い在り来りなフレーズ。 これが凡人の中の凡人の精一杯のセンスなのである。 他者への肉体的な欲求に起因する愛──現代社会に於ける普遍的な精神的作用として各人の個性の干渉に内容は左右されながら、原始的な核は共通して今日生活の中に常在している。 殆どの人にとっては生きていく上で当たり前とされる衝迫と認知され、とりわけ特別視されることもない。 言うなれば道端に生えた雑草よろしく、日常を構成する一部も同然の現象とされている。 反面、人が思慕を抱いた相手に接近する、秘めていた懸想を当人へ直接明かす、延いてはそのアクションを切っ掛けとして両者が相思相愛の関係を持つ……とやらの、特定の二者の間の情事が身近に起きたとなるとそれまでとは話が変わっていく。 それまでの本能の顕在への冷めているとも取れる普段の知見は見る影もなく、それはそれは世界を覆す大きな出来事でも起きたように周囲はどよめき出す。 これもまたざっくりした言い方で、中には公衆の面前で人目を気にせず戯れていながら噂話一つ上がらないカップルだっていても可笑しくない。 それを踏まえてもだいたいは第三者にとって興味をそそられる事象であり、懇話の話題として種が放り込まれればあれよあれよという間に花が咲いてしまう。 愛する側、愛される側の当該人物に至っては殊更特別性の高い盛典だ。 遥か昔から昨今に至るまでそれは変わりない。 多くの歴史的資料で散見されるように、痴話は時代の超えて人類の文化に刻まれた恒常的、其れでいて格別な一大イベントである。 従って、いつもは大それた冒険を嫌うクチの俺も口説き文句の選出にはついつい拘りを求めてしまったわけだ。 無論、懸念もあるにはあったがこんな時くらいは良い格好してみたくもなってくる。 結果として渾身の口上を難産ながら生み出した努力も空しく、頭に巣食う雑念を突如として綺麗さっぱり浄化してくれた謎の眩い光により要否を問わずに鱗片も思い出せないくらいに灰燼に帰していった。 とどのつまり、身の丈に合わない真似は慎むべきだったのだと酷く痛感している。 それでも裏を返せばオーソドックスなセリフに収まったことが幸いし、常軌を逸する深さの傷を負う惨劇から免れることが出来たとも考えられる。 自分の世界に酔いしれた回りくどい交際の申し込みは聞いていて退屈どころか不気味ですらある、あれでは失恋の秒読みが早まるだけだ。 何だかんだ単刀直入で分かりやすい等身大の物言いこそ、求愛が成功する最大の秘訣なのだろう。 人並みを信条とする俺の生き方は絶対なのだ。 さて、独白とはいえ今きっぱりと凡庸の利点を得意げに説いたが、本当に大変なのは此処からであった。 後は告白の命運を神に委ねるだけで済んだなら、この平常心の喪失具合だってもっと低かったのかもしれない。 呼び名で凡そ見当が付いた者もいると思う。 端的に言おう、俺が晴麻と呼ぶこの片想いの対象──"男"だ。 語弊が生じそうなので言い添えておくが、俺個人としては性愛の種に正常も異常も無いと思っている。 それでも自分には縁のない遠い世界と思っていた身としては意識の発覚時は言わずもがな、この瞬間も尚更精神的負荷が伸し掛かる。 尤も、向こうも男に言い寄られてさぞ動転していることだろう。 このように各自がそういう人間という前提でもない限り、 同性の隔たりはそう容易く埋められるものでもないのが現実だ。 「きゃっ!?ええ……っと。あ、ありがとう……ハハハ」 相手の名前を呼んだタイミングで、驚いた声が細い線となって上がった。 サスペンスドラマにある女性が死体でも見てあげるような甲高い叫びに近いものの、 女性的というよりは子供らしいあどけなさの残る息漏れを多く含んだ金切りだった。 一応彼の名誉のためにも補足しておこう、晴麻はいわゆる"オカマ"や"オネェ"ではない。 外見こそ高校1年生どころか高く見積もっても垢の抜けていない中学1年生だが、紛う方ないれっきとした男子である。 立ち振る舞いなども物静かなだけで、俺が見てきた限りあからさまに女のような仕草は基本的にはしない。 とは言え、今のは10代の中でも身体が完全な成熟へと向かう男子高校生が出すよ声色からは程遠いことは確かだ。 そんなただでさえ劣情に乱れる中での不意打ちの追撃に、欠陥住宅のような理性は崩れる寸前となっていた。 聴覚的な要素だけではない。 俺が顔を突き出すと同時に見せた、眉を垂らして目を強く瞑る瞬発的な恐怖の表情。 そこからの小動物めいた丸く大きな瞳と瑞々しい薄桃色の唇を大きく開いた驚愕の面持ち。 一度縮こまった後真後ろに引く頭の動作に連動して靡く栗色の絹のようなナチュラルヘア。 開けてはいけない扉の封印を解いてしまったような、禁忌的な高揚が噴き上がってしまった。 ここでまた俺自身の為にもう一つ加えておきたい。 俺は基本的にそういうサディスティックな趣味は持ち合わせてはいない、可哀想に思えるのは此方も悲しくなる。 ただ、少なくともこの時ばかりは興奮状態ということもあってかその仰天の反応に愛らしさを覚えてしまい、視覚という点からもさらなる刺激を受けることとなった。 全身が強張っていることを硬直した筋肉の感覚によって自覚する。 表情筋も力んでいるのが分かる、案の定頬も火照っているみたいだ。 真剣な表情というよりは鬼の形相、もしくは出ないものを出そうと踏ん張っている時のような、そういった類の顔でもしていたのだろうか。 勿論したくてしているわけではないのだが、如何せん感情のコントロールがほぼほぼ麻痺してしまっている。 冷静になる心の余裕などない。 そんな心身共々荒ぶる俺をなだめるかのように晴麻は苦い笑みを浮かべて答弁の選出に迷った末に出た困惑混じりの感謝の意を、先程よりも2オクターブ程低いながらも幼気は健在したままの声で言葉にした。 えっとだな。 違うんだ、そういうニュアンスで言っているんじゃない。 これまで色恋沙汰など無縁であっただろう密やかな人生を送ってきた人間である上に同性同士という高いハードル。 好意を伝えたところですれ違いが起きうることは一応は想定内ではあったものの、実際にぶち当たってみると諸問題の壁はこれまた思っていたよりもずっと高かった。 これ、伝わってないやつでは。 或いは無垢そうに見えながら意味は確りと理解しつつ、友と認識していた同性に恋愛感情を持たれてしまったことに気まずさを感じてはぐらかそうとしているのか。 この露骨な取り乱し方や真っ赤に染まっているであろう顔面からも文言の旨はいくら何でも察しが付くとは思うが、コイツの場合まず恋というものが分かっても同性間でも成立するという説明が必要となる場合も十分に在り得る。 本気で自分が女と勘違いされている、なんて思っていても不思議じゃない。 成績は良いし、読書もよくしてはいるので此処まで悪状況になることはないとは思いたいが……果たして。 急遽推理ゲームが始まってしまったが、何方にせよ現状が良好ではないことは確実だ。 シンプルイズザベストの法則は男女のみにしか通用しないのだろうか。 自分から思いを告げる方法が分からず、 付き合って2ヶ月で別れてしまった中学時代の元カノに告白された時のシチュエーションを参考に再現めいたことをしてみたのだが、流石にちょっと唐突すぎたか……。 丁度今みたいな感じの夕方の教室で「好きです、付き合ってください」と何とも初々しい月並みな申し出を頂き、まぁいいかと、3秒も待たずしてOKを出した。 中学生という理性よりも衝動性に任せて行動してしまいがちな、熟慮する能力が不十分な年頃故の軽率な判断によるものだ。 交際期間の短さもその浅慮の報いと言えよう。 諸説あるだろうが、このパターンは10代前半の多感な時期という特殊な環境な為に成功を期待できる極めて限定された攻略方法であることには違いない。 当然こんないい加減な経験では有益な情報として機能しそうにない。 そこに男同士という鬼門まで乗っかってくるとなれば、可能性は実に絶望的だ。 当初はより長期に渡って地道に関係を築いていく計画を立てるつもりだった。 入念なスケジュールを組んで、着実に距離を縮めていく。 ところがそのスケジュールの案がこれっぽっちも思い付かない。 あれやこれやと考えを巡らせるものの、有効的な作戦が浮かばないのだ。 かといって恋愛指南の本やネットの記事などで知識を拾っていく選択肢は持てなかった。 男性が女性を口説く方法では実状から異なる。 一方でゲイ向けのものも何か違うというか、刺激が強いと言うか…… 存在を否定する気は毛頭ない。 これに関しては中身云々より、それまで夢にも思っていなかった"同性愛当事者"という事実を受け入れきれなかったのか、手を出す気が起きなかった。 併せて、BL関連の画像等を目が捉えてしまいそう事からも気が引けてしまった。 これに関しても該当コンテンツを批判するつもりはないが、現在大学生の姉が所謂"腐女子"であり、それらの作品を嗜んでいた関係から在宅中に漫画やイラストが視界に入ることが稀にあった。 不快感こそ無かったが、あの世界観の人物は俺にとっては皆眩しく見えた。 上手い言い表し方が閃かないが、とにかくその眩しい存在と自分が重なる事が怖かった。 そんなこんなで辿り着いた結論が「考えているだけでも埒が明かないしいっそありのままに本心を正直に話してみよう。自分が能動的に伝える側に立つことで希望が見えてくるかもしれない」という、正真正銘の根拠薄弱な体当たり戦法だった。 先程中学時代は論理性に欠けた感情的な時期と言う主語が大きいかつ無礼すぎる自論を述べたが、 謝罪と意見の撤回をさせていただきたい。 個人的には高校に上がり心情に振り回されず合理的な思量に基づいて行動できるくらいには成長した気でいたのだが、どうもこれは自惚れだったらしい。 と、そうした背景を経ての今現在である。 如何だろうか。 出鱈目に存在を定義した希望だが、姿を現す様子は微塵もない。 今なら苦し紛れではあるが、このまま冗談ととぼけて引き下がることは不可能ではないだろう。 形勢を立て直すという手段はあるにはある。 けれどもその選択を取ったところで、この煮え切らない鬱屈を抱えながら過ごしていく毎日がいつ終わるかも分からない延長戦に突入する現実が待つだけだ。 前代未聞の超重量級の感情を持ち続けての生活は俺には厳しすぎる。 学生の本分は勉強と言うが、授業もろくに聞けたもんじゃない。 少しでも気を緩めれば直ぐに目線は横を向くし教師の声も念仏と化す。 自我に少しでも隙あらばそれは頭の中に連想という形で蔓延り、何気ない会話一つでも神経を集中しなければ聞いていた話も途端に上の空である。 と、若干過剰な表現も含んではいるのだが酷い時は実際こんな状態になってしまうことが少なくない。 青春と呼ぶにもだいぶ質が悪すぎる、寧ろ精神世界の侵略者とでも呼称する方が相応しいだろう。 そういうわけでいっその事、出来ることなら一刻も早くこの憑き物を綺麗に取っ払ってしまいたいのだ。 本来踏むべきであろう過程をすっ飛ばし出たこと勝負に挑んだのには、そんな耐えがたい辛苦が限界に達したという理由もあったりはする。 さらには仮にもし断られたとしても、ここで潔く諦めをつけることで平凡な毎日に戻れるという大きなメリットもある。 恋人なんて簡単にできるものでもないし無理して作ろうとも思わないが、どうせするなら好きになった女の子とどこにでもあるような恋愛を楽しくしていきたい。 何せ相手は男だ。百歩譲って女と見紛うほどの美少年なら兎も角、可愛いとは言っても地味で大人しい少年だ。拒まれたところで未練がましいことなど無いだろう。 その上掛け替えのない学友も失わずに済む……此方は雲行きがやや怪しいが。 ともあれ、中途半端にやり過ごしてしまっては駄目だ、今ここで決着を付けなければ。 白黒つけることで俺はようやくこの地獄から解放されるんだ。 だから頼む。気持ち悪いかもしれないが、答えてくれ。 イエスなのかノーなのか、返事を俺に教えてくれ。 「あっあの、僕も荻野君のこと、好きだよ?」 葛藤の傍から割って入る、柔らかい音色の曖昧な返答。 やはり友情の有無の確認とでも考えての発言か。 若しくは恋愛面での告白と勘づきながらも気づかない振りをしたのか、どちらとも受け取れる不透明な言い回しでその場をやり過ごそうという魂胆からの誤魔化しか、敢えて軽い言い方をすることで遠回しに恋への発展を否定しあくまで友として関係を継続するという可能な限り気を配った実質的な断りの句か。 掴みどころのない声遣いの「好き」という受答に対し、明確に答えを出して貰うためにも俺の「好き」が友愛ではなく恋愛であることを明言したいのだが、一度声を張り上げた反動だろうか……極限状態に達した緊張が伝言の再開を急遽遮断した。 言い方なんて少し考えれば幾らでもあるだろうが、不思議なことに考案が能わない。 また、思い浮かぶことが出来ても今度は声帯が機能してくれないという不祥事が発生する。 途切れ途切れの掠れた吐息が漏れる中で、数秒の間沈黙が場を支配する。 相変わらず変わらぬ展開に焦りも生じ、やがては「ぼやけた語句しか返されないために一切状況が進展しない」という、自分を棚に上げた理不尽な苛立ちさえも募っていった。 相手に非がないことは言うまでもない。 が、恋情の破壊的な力は恐ろしいまでに凄まじく、10年以上掛けて俺の脳によって形成されてきた良識、思考、道徳をいともたやすく搔き乱してしまった。 愛している人物であるからこそ大切にしたいという想いに偽りはない。 しかしどうやら自分が認知していた以上にこの愛しさの念というのは強かったようで、磁場を狂わせるかのように俺の倫理観までをも崩壊させていった。 ここまで暴れん坊すぎると、たとえOKを貰えた場合でもこの猛獣めいてしまった自己を手懐けることになるのだろうか。 はたまた事態が変わることで鎮まってくれるのだろうか。 「うっ……あ、あのさぁ荻野君。ちょっと、腕痛いんだけど……」 晴麻の呻くような声による指摘により、俺の指が力むあまり制服越しの丸みを帯びた腕の肉に陥没していることに気が付いた。 同時に、この柔らかさに妙な快感を覚えていた。 筋肉など必要最低限しか付いていない未発達同然の肉体。 その形は華奢ながらも女性とも違う、生まれたてのままのような皮膚が覆う若干寸胴気味とも言える体型。 握った感触がその肢体を認知したことによって、手は緩むどころか逆により力を増していった。 本能を抑制する脳のシステムも異常を起こしているらしく、正常に作動する気配はない。 自分が何をしているか、何をしようとしているのか、それを解すること自体は可能だ。 だが、今それは全て性欲が主導権を握っている。 止める術は無いというより、自ら性欲に身を委ねてしまっている。 傷つけたり痛めつけたりするつもりは無かったことは嘘じゃないが、俺の知らない俺が望んでいるのかどうにも上腕への掴みかかりを止める気が起きない。 別人のようでも確かな自分の人格がある傍ら、あたかも自身を俯瞰するような人格も併存しているような気分だった。 後者はまるで自分が自分じゃなくなっていく変化を見て戸惑う、本来の俺に近い立ち位置の物だった。 俺の神経を乗っ取る欲の思惑に対し否定的でありながら、その座を奪い取れないために抑えることが出来なかった。 完全な消失とまでは行かずとも、その良心同然の一面は自意識の枠から追いやられ時折顔を覗かせる程度になってしまった。 俺の中の善心が透けていく。 自分から仕掛けておきながら恣意的な理由で相手に責任を擦り付け、セクハラの正当性を主張する。 色情によって新たな俺が覚醒し、それまでの俺だと信じていたものが薄れていく。 主我が途切れることはなかったと思うので、二重人格とは別物だろう。 どちらも本当の俺ことに相違ない。 それが怖くもあったのだが、そんな強欲への畏怖さえとうに消えてしまった。 もう交際の可否なんてどうでもいい。 有耶無耶にして糊塗しようなんて小賢しいことを企んだお前が悪いんだからな。 何も知らなさそうな可愛い顔してる癖に無理矢理作った笑顔で取り繕ってよ。 さっさと終わらせておけば、俺もこうはならなかったのに。 「あっ!あぁぁっ……う゛ぅ、っ……い、痛いよ……やめて……荻野君、本当に……痛ッい、やめ、てぇ……!う゛ゎ゛ぁぁ……っっ、うぐっ」 とうとう保っていた強がりからの笑みも絶え、苦悶の顔が瞼をきつく結んで歪んでいく。 雛鳥の囀りめいた叫声を上げた時と同様の、恐怖を表すあの顔の色味。 はじめはちょっとした愛くるしさを感じるのみだったというのに、今やすっかり嗜虐心を煽る甘美な蜜だ。 この直ぐにも泣きそうな、震えた小声の悲鳴も堪らない。 稚い音吐で上げる呼吸の音が混ざった弱弱しい語気と控えめな言辞で解放を願う所作が俺を魅了する。 本当に同学年とは思えない、反則的に可愛すぎる。 絶対に誰にも渡さない、晴麻は俺だけの物。 そうだ、印をつけておかないと。 誰かの物になる前に―― 「悪い……」 「うゎぁぁぁ……、いたっ、……えっ?」 変声期を終えていながら自分でも殆ど出したことがないくらい低い声で詫び気のない謝罪を囁きやっとのこと腕から両手を離したのも束の間、夕日を浴びていた背部に腕を回し晴麻を抱擁した。 長引く痺れに怯んでいた幼顔が怪訝そうに俺を見上げて覗き込む。 何が起きているのか分からず混乱しているんだろう、お前はどれだけ俺をそそるつもりなんだ。 「愛してる」 そう言い切るよりも先に、俺はぽかんと開いていた艶めく桜唇に向かい口付けをした。 「はん、む……っん゛ん゛ッッ!?ん゛ん゛ん゛んんーーーーーッッッ!!!」 縫い包みのようにふわふわした抱き心地の良い骨身。 癖のない嫋やかな色香で目を奪い、甘い触感で捕食者を陶酔させる口部の肉の弁。 閉ざされた空間で鳴り響く籠ったとがり声。 予期せぬ友からの接吻に瞳孔を開く、衝撃に塗りたくられた面部。 これらの要因によりまたも総身に力が込められていく。 包み込むように抱き締めていた両腕も脆弱な身を軋ませ、表面上を撫でているも同然に過ぎなかった接吻も胸を押し返すといったなけなしの抗いをもろともせずに先を押し付け、さらに舌をも捻じ込んでいく。 俺の精神はもう中学生どころではない。 赤子の方がまだ聞き分けがあるレベルだ。 ああ、衝動性に動いた結果今となっては平凡どころか最底辺の大馬鹿野郎に成り下がっちまったよ。 笑うなら笑え、罵りたいなら罵れ。 全部コイツが悪い。 コイツが俺を惑わせたんだ。 だからコイツは俺のものになってもらわないと。 「きゃぅうんんんんーーーーーーーーーッッッッ!!!!?」 苦痛に背を反らし密着が続く口の裏で喉を鳴らし続ける晴麻を俺は遂に押し倒してしまった。 今までコイツに背後に当たっていた夕照の板が今度は俺を照らす。 背を床に打った刺激にホイッスルにも劣らない高さの絶叫がくぐもったまま上がった。 へぇ、ここまで高頻度でその悲鳴上げてくれるんだ。 可愛いんじゃない。 たとえ声域的に女に似ていたとしても、女では感じられないモノが晴麻にはあることを改めて実感する。 女でもない、線の細い少女漫画じみた煌びやかな美少年でもない、特別な何かを持っているわけでもない。 子供じみた見た目と声して無駄に他人に優しくて体力無くて地味で目立たない。 そんな明らかに女子ウケ悪そうな男子が"晴麻"なんだ。 そんな男子だから、晴麻は可愛い。 そんな晴麻が上げる悲鳴が可愛い。 愛してるよ、俺の晴麻。 ――あ、泣いちゃった

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