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第4話「レンズ越しの君へ」

 「学君、なんでここに来たの?」 不満げな声が一眼レフのレンズ越しに飛ぶ。  「見ればわかるだろ?これだよこれ!」 そう言い学は自分の包帯の巻かれた足を指差した。翼はムッとしてカメラのレンズで学の足をとらえる。 「そういう事が言いたいんじゃない!その程度の怪我なら最後の大会までに完治するでしょ?私は学君がそう簡単に諦める事ができる器用な人間じゃないことは知ってる!何があったの?」 「べ、別に何にもねーよ!お前は関係ないだろ。じゃあ俺は帰るから。」  そう言うと、学は多少足を引きずる歩みで部室から出て行ってしまう。翼は引き止めはせずに、俯いてカメラのアルバムを開く。そして何枚か眺めてカメラを強く握る。学の走る、最後の写真が色鮮やかに写し出されていた。 「学君、笑わなくなったね。」  窓から風が入りカーテン揺れる。翼の長い髪が暴れ出し鬱陶しく思った翼は窓を力任せに閉める。「窓なんかに八つ当たりしてどうすんの」と呆れたように窓に寄りかかると、ふと翼の目にカメラが入る。学が忘れて行ったカメラだ。写真部にも他人のアルバムを勝手に覗くべからずというルールがある。しかし翼には学が覗いた世界を、とらえた時間を見ずにいられる理性などありはしなかった。胸のドキドキが止まらない。先輩の心を覗くようでワクワクする。震える手でアルバムを開く。  そこにはたくさんの写真。映るのは一人の人間。翼はすぐに理解した。翼のアルバムも学でいっぱいなのだ。  「そっか…好きなんだ。お兄ちゃんのこと。まあ、薄々そうなんじゃないかって思ってた。あーあ、自分からフラレに行っちゃったよ…」  そこには兄、藤原悟史で溢れていた。翼は兄の幼馴染である藍川学を幼馴染の妹という立場から見ていた。兄と楽しそうに会話をする学に恋をしていたのであった。  その笑顔が好きな人と話しているからというものであれば自分にその笑顔が向けられることはないことを意味しているのだ。  翼は悲しみに明け暮れるがふと疑問に思った。 「あれ?…なら尚更、何で陸上辞めちゃったの?」  怪我をしたぐらいで大好きなこと、大好きな人から離れるなんてそんな辛い方を選ぶなんて普通はしない。何か他に理由があるに違いない。そう思った翼は他でもない兄に話を聞きに部室を後にした。  「お兄ちゃん!学君と何があったの?」 ソファーに座りポテトチップスを食べながらテレビを見ている兄に問い詰める。 「えー?何もないよ別に。」  真面目に答えようとしない悟史にムカついてお菓子を取り上げる。話すまで返さないと伝えると、少しの沈黙の後悟史は渋々答えた。 「それが俺にもよくわかんねえんだ。本当に。お前、学が部活辞めた理由知りたいんだろ?そんなの俺が教えて欲しいくらいだよ。」  ほら、答えたんだからポテチ返せよ。そう手を伸ばした兄の手首に見慣れないミサンガが巻かれているのに気付いた。走る時に邪魔だからと言っていつか翼が作ってプレゼントしたものの頑なに付けようとしなかったのに、このミサンガを何事もなかったかのように平然とつけている事に腹がたった。 「なにこれ!?私があげたやつ絶対に付けなかったくせに!できも私のと大して変わらな…っ!ま、まさか、彼女できたわけ?」 悟史は顔を赤らめる。つまりyesだ。 「最っ底!信じらんない!」  そう、つまり学君が部活を辞めたのは、怪我したからでもなく、お兄ちゃんが彼女とイチャイチャしているのを見るのが辛いからだ。それでもお兄ちゃんのことを諦められないから写真部なんかにきたのだ。それを知らずにのほほんとしている兄が許せなかった。 「何だよ悟史のことで話あるって。」 次の日の放課後、学は写真部に現れた。 「私、学君のアルバム見ちゃった。ごめんなさい!…学君、お兄ちゃんの事好きなんでしょ?告白、しないの?」 「…できるかよ!彼女いるんだぞ。ラブラブだ。あそこに俺の居場所なんかねえよ。」 学の声はだんだんと小さくなっていく。 「私は私が好きな人が幸せであるならそれでいい、なんてそんなこと思ったこともない。私といて幸せだと感じてもらえるように努力する。付き合っている人がいるから何なんなの?学君の気持ちはなかった事になるの?また逃げて後悔するの?言って後悔するのと、言わずに後悔するのはどっちが辛いのか私にはわからない。だけど言わないと一生後悔する。それはわかる!」  学は驚いた顔で翼の顔を見た。そして、少し笑った。 「…ありがとう。それ、悟史でも同じこと言ったと思う。」  何かを決意した顔で学は部室を後にした。  「ばか。自分が一番、言えずに後悔してんじゃん。やっぱり好きな人には幸せになって欲しいよね。そうでしょ?」 学の写真を観ながらそうつぶやく。 「ねえ翼、これでよかったんだよね?」  部室の隅で濡れたカメラの画面に映った自分にいくら問いかけても、答えが返ってくることはなかった。

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