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第5話「秘めた想い」
もうすぐ日も沈み部活も終わる頃だろう。
俺、藍川学は今から親友に振られに行く。というより想いを伝えにいく。足取りがおぼつかないのは足の怪我のせいか振られることへの恐怖心のせいかはわからない。それでも進むのはさっき決意したことが簡単に曲がってしまいそうで怖いからだ。言えずに後悔するのが一番嫌だからだ。誰もいない廊下が恐怖で俺を押しつぶそうとしてくる。
「よっ、学。待ったか?」
悟史が教室へと入ってくる。
「だ、大丈夫。か、加奈子さんはっ?」
だめだ。震えが止まらない。
「先に帰ってもらった。大事な話なんだろ?」
悟史は荷物を机に置きながらそう告げる。
「あ、ああ。悟史、お前は…同性愛についてどう思う?」
「何だよ急に、大事な話ってこれか?」
「いいから、答えてくれ。」
「んーよくわかんねえけど好みは人それぞれだし別にいいんじゃね。俺には関係ないし。」
「関係あったとしたら?例えば悟史が男に告白されたら?」
俺がお前のこと好きだと言ったら?
「普通にごめんなさいして終わりかな?俺、男は好きになれませんって。」
握っている手が汗でどんどん濡れていく。喉がカラカラになって何度も唾を飲み込んだ。額を伝う汗が気持ち悪い。何かがこみ上げてくる。
「俺、加奈子さんと付き合えるように協力した。お前に幸せになって欲しいと思ってたからだ。だけど俺だって一度くらいは自分を優先したっていいだろ?振られるってわかってても伝えたいんだ。お前に罪悪感を与えたいだけなのかもしれない。自己満足したいだけなのかもしれない。だけど!この想いは本物だから!」
ずっと閉じ込めていた言葉が溢れ出す。脳より先に口が動く。
「好きだ!好きだ!大好きだ!ずっとずっと好きだった。ずっとずっと隠してきた。ずっとずっと好きだったんだ!お前と馬鹿なことして笑うのが好きだ。お前をからかって困らせるのが好きだ。お前の笑ってる姿が好きだ。お前の走ってる姿が好きだ。お前と一緒にいる時間がなによりも好きなんだ!伝えてしまったら今の関係ではいられなくなるかもしれない。もう二度と一緒にいられなくなるかもしれない。それが怖くて怖くて言えなかった!だけどそれでもよかったんだ。伝えられなかったら、一生後悔する。そのことに気付けたんだ。気付かせてもらったんだ。」
その言葉をくれた翼の顔が浮かぶ。未だ黙っている悟史の目を見る。そしてそらす。
「俺は、悟史が好きだ。」
窓から冷たい風が流れ込む。急に夢が冷めたような感覚が襲う。風に合わせて悟史へと視線をずらす。
悟史は見たこともない険しい顔をしていた。
「キモい。」
悟史は俯き体を震わせてそう放った。
頭が真っ白になった。優しい言葉が返ってくると勝手に想像していた。悟史なら受け止めてくれると信じていた。いや、勝手に期待していた。現実はこんなにも残酷なものだと痛感した。振られることはわかっていた。振られる覚悟はできているつもりだった。まさかここまで辛いとは思ってもいなかった。
「好きになって…ごめん!」
絞り出した言葉と共に俺は教室を飛び出した。こんなに辛いなら、こんなに苦しいのなら告白なんてしなければよかった!何が言わないと一生後悔するだ。言って後悔するぐらいなら言えなくてもそばに居られる方を選べばよかった。廊下に響く自分の足音が妙に重々しく自分にのしかかってくるようだった。
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悟史は遠ざかっていく足音を感じながら静かに椅子に座った。もう真っ暗になった教室を月明かりがほんのりと目の前の学の椅子を照らしている。
「ごめんな、学。俺、学の気持ちに応えられない。もっと優しい言葉をかけてあげたかった。…でもそれだとお前、俺にいつまでも縛られてしまうんじゃないのか?俺、お前のこと好きだよ。でもそれはお前の言う好きとは違うんだ。俺のことを好きで、報われないのなら、俺のことを嫌いになれたら…楽になるんじゃないのか?どうなんだ…学!」
目の前の椅子は何も応えない。
「…まあ、どう言ったところでハッピーエンドにはなり得なかっただろうなあ。」
外はもう暗い。早く帰らないと怒られてしまう。急いで準備をして席を立った。
「じゃあな、学。…また明日。明日はまた親友として会えたらいいな。」
椅子相手に何してんだろと思いつつ悟史は教室を後にした。
なぜか視界は濡れていた。
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