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第1話

「カワイイ」  聡司郎の言葉に純は眉を揺らした。  この男は勝手に純のメガネを取り上げ、壁ドンしてくる。純は咳払いした。 「あなたが私をカワイイと評価するのはいつものことですが、ココが動物病院の休憩室だって解って盛っているんですか?」  極冷静に言う純だが、聡司郎の口付けに目を閉じた。 「あぁ、解ってる。クリスマスイブだってのに、クソ真面目に病院開けて急患診てる天使みてぇな獣医様の休憩室だよ」  口の悪い聡司郎の左手がスルリとスクラブの下へ入り込んできた。  有名スポーツメーカーが獣医師や動物看護師向けの制服として販売している七分袖のTシャツのような制服・スクラブは通気性・着心地・速乾性に優れ、さらに脱ぎ着が楽なのも利点だ。しかし、こういうシーンではそれが良いのか、悪いのか。 「いつ患畜が来るか解らない病院の休憩室で看護師に向かって『一発ヤらせろ』と仰るわけですね?」  胸元を探られながら純は極力平静を装って言う。  だが、胸の突起をキュッと摘ままれて快感を感じたのは確かだ。純の体はこの先の悦楽を知っていた。 「いいだろ? もうすぐサンタがプレゼントを持ってくるはずだ」  聡司郎の声が熱い吐息と共に鼓膜を揺する。首筋に何度もキスを繰り返されて体が熱くなるのを感じた。このままでは甘い声を漏らしそうだ。  逃げたい。だが背後は壁だ。 「サンタは寝ている良い子の元へプレゼントを運んで来るんですよ」  純はそう言った後、ゆっくりと吐息を吐いた。何とか平常心を保とうとするが心臓が高鳴るのを抑えられない。 「感じてるんだろ? 『抱いて』って言えよ」  聡司郎がそう言った時、ベルが鳴った。動物病院の急患を告げるベルだ。 「天使のような獣医様、急患ですよ」  咳払いしながら言った純はメガネを取り返すと数回深呼吸してから入口へ向かった。 「センセ! センセ!」  純がドアを開けるなり、飛び込んできたのはふくよかな体型の中年の女性だった。腕には同じような体型のチワワが抱かれていた。 「桜子を診て! 息が変なの!」  診察室で待っていた聡司郎は差し出されたチワワを診察台に立たせ、聴診器を手にした。  標準体重の3倍はあるチワワ・桜子を診た聡司郎の額には血管が浮いていた。  そんな聡司郎の様子を見た純はサッと飼い主の女性の前に立った。そしてパンフレットを差し出して聡司郎が口を開く前に話し始めた。 「桜子ちゃんは、このままでは脂肪が内臓を圧迫して突然死してしまいます」  看護師が診断するのはルール違反だが、純は言葉を続けた。このまま純が話さなければ聡司郎が飼い主を怒鳴りつけるのが目に見えていたからだ。 「どういうことですの! 突然死だなんて!」  ヒステリックな声を上げる飼い主に、純は静かな声で言葉を続けた。 「脂肪が気管を圧迫しているから変な呼吸音がするんです。このままでは呼吸困難に陥って失神し、命に関わります」  純は女性に話をしながら、聡司郎に視線を送って「黙っていろ」と命じていた。 「どうすればいいのよ! 治してよ!」  汗をダラダラと流しながら女性が金切り声を上げた。 「気管拡張剤をお渡しします。薬を飲みながらダイエットしましょう。いいですね?」  純がそう言うと、女性はパンフレットをひったくった。丸々と太ったチワワをかき抱くようにして診察室を出て行く。その背中を見送った純は聡司郎に小さな声で言った。 「処方箋をお願いします」 「ったく! お前って奴は!」 「『院長に怒鳴り散らされた』なんて吹聴されたら病院の評判が落ちてしまいます。優秀な看護師に感謝してくださいね」  クスッと笑った純は、聡司郎が出した処方箋に従って薬を出し、女性と肥満体のチワワを見送った。  女性が帰り、病院のドアを純が閉めると聡司郎が口を開いた。 「聖なる犬とも言われるチワワをボンレスハムにするなんて信じられるか! どうしてあんな酷いことをするんだ!」  抑えていた怒りをそのまま口にする聡司郎に純は軽く肩をすくめて見せた。 「カワイイからですよ」 「はぁ?」 「カワイイから食べさせるんです。飼い主も幸せそうな体をしていたでしょう?」  純の言葉に明らかな不快感を顔に表した聡司郎が吐き捨てるように言った。 「飼い方も知らずに犬を飼うんじゃねぇ!」  聡司郎は悪態を吐いていたが、その行動に純が軽く咳払いした。 「あのぉ、ごもっともなコトを言いながら私を診察台に倒してどうするつもりです?」  診察台に押し倒された純はメガネを取ろうとする聡司郎の手首を掴んだ。  だが、力では到底かなわない。  聡司郎は純より頭ひとつ分背が高い上に空手有段者だ。 「ヤらせろ」  欲情した低い声で言われた純はゾクリと身を震わせた。  聡司郎の全身から異様な威圧感が滲み出ている。無知な飼い主に対する怒りと、コトを邪魔された苛立ちがダイレクトに伝わってくる。このまま体を重ねたらどれほど激しいセックスになるだろう。純はメガネを奪う手にすがり付いた。 「診察室はダメです!」  首筋に顔を埋めてくる聡司郎に言いながら身をよじるが診察台の上に仰向けになった状態では勝ち目がない。  メガネを奪われた。  聡司郎の反対の手がズボンの下へ入り込んでくる。無骨な指が秘処を狙っていた。 「そうしろっう……ンッ」  硬く閉じた秘処の周囲を指が何度も往復する。妖しい期待に純の胸が疼いた。 「純……カワイイ」  欲情した声で言われると体が反応してしまう。  純の体がビクンと跳ねた。  秘処をまさぐられて、蕩けたソコを逞しい聡司郎の楔で貫かれる。そう想像しただけで純は頬だけでなく耳まで羞恥で染めた。 「あ、あの……」  負けました、と認めようとした時、ブザーが鳴った。また急患だ。 「出ます!」  聡司郎からメガネを奪い取り、身なりを整えて何度も深呼吸してから純は病院の扉を開けた。 「あの~、なんかぁ、わかんないんだけどぉ」  入って来たのは派手な女性だった。手にしたクレートの中にはグッタリとしたトイプードルがいた。 「どうしたんですか?」  クレートを受け取った純は急ぎ足で診察室に入りながら女性に尋ねた。トイプードルの状態は芳しくない。嫌な予感がした。 「なんかぁわかんないんだけどママが行けっていうから来たのぉ」  トイプードルは診察台の上でグッタリと身を横たえたまま動かない。聡司郎が一瞬で症状を見抜き、声を上げた。 「胃洗浄! 輸液準備! 血液検査と栄養剤の準備もだ!」  鋭い聡司郎の言葉に純が瞬時に反応する。一瞬にして緊張が走った場の空気に、女性がうろたえた。 「な、なによ! どうしたっていうの」  状況が飲みこめていないらしい女性に聡司郎が叱責の言葉を向けた。 「中毒だ! このままだと死ぬ! お前は犬に何を食わせたんだ!」 「え? あ、あの、クリスマスだからケーキ食っただけ」 「ケーキ?」 「アレ。生チョコのヤツ」  女性の言葉に聡司郎が首筋に血管を浮かせて怒鳴った。 「犬を飼うなら食わせていいものと悪いものくらい勉強しろ!」  聡司郎は診察台の傍の棚からパンフレットを一部取って女性に投げつけると、犬を抱き上げた。 「俺が処置室から戻ってくるまでにそのパンフレットを頭にたたき込んでおけ!」  聡司郎が女性に投げつけたパンフレットは犬の飼い方の基本を写真や図入りで説明したものだった。犬に食べさせてはいけない物も載っている。  聡司郎と共に純も処置室で犬の治療に当たった。胃を洗浄し、血液検査をして、栄養剤を投与し、輸液処置をする。 「輸液パックをもう一セット準備しろ」  聡司郎にそう言われ、純は首を捻ったが指示に従った。  処置を終えた聡司郎が診察室に戻ると、女性は青い顔でパンフレットを握りしめていた。 「し、死んじゃう? チョコ食べさせたせいで・・・死んじゃう?」  女性はチョコが犬にとって禁忌と本当に知らなかったようだ。 「俺が処置したから死んだりしない。だが今日から一週間、お前がつきっきりで面倒をみろ。今、輸液したから体調は回復するはずだ。だが、快復しなかったらお前が輸液をしてやれ」  聡司郎の言葉に女性が目を丸くした。 「ゆ、輸液ってナニ? そんなのムリ! なんで医者がやらないの!」  慌てる女性に向かって聡司郎が言葉を続けた。 「輸液は人でいう点滴みたいなものだ。時間がかかる。落ち着ける自宅で、大好きな飼い主の傍で輸液処置をする方が犬にとってストレスが少ない」  輸液セットを女性に手渡しながら聡司郎は言った。 「獣医は治療の手助けをする。だが犬を本当に治すのは飼い主だ。お前の手で救え。いいな」  聡司郎の力強い断言に女性は圧倒された様子だったが、意を決した表情で頷いた。  純はクスッと笑って遠目に聡司郎と女性のやり取りを見守った。受付カウンターの奥で会計準備をする。 「本当に動物が好きですね、聡司郎は」  聡司郎は口が悪い。だが、それは言葉を話せない動物達のことを思う故だ。誤った飼い方をする無知な飼い主が許せないだけなのだ。  輸液の方法を教わった女性飼い主は、来院してきた時とは全く違う表情で帰って行った。少しばかり、その背中が頼もしく見えた。  純は病院の入口を閉めて、フフッと笑いながら診察室の入口に立った。 「お疲れ様でした」  純の言葉にチッと聡司郎が舌打ちした。 「なんて酷いクリスマスイブだ!」 「そんなことを言うなら、閉院すれば良かったじゃないですか」 「閉院しているだろう! 今日は休診日だ!」 「なら、どうして急患受付を止めないのです?」  苛々した様子で話す聡司郎に優しい笑みを向けて純は尋ねた。聡司郎がガタンと乱暴に椅子をはね飛ばしながら立ち上がり、近付いてくる。 「カワイイからだ!」 「犬や猫達が?」 「馬鹿な飼い主のせいで苦しむ彼等のことを放っておけないだろう!」  なんとも健気で天使のような獣医に純は笑みを向けた。  口が悪く、強引で、どこでも構わず体を求めてくる困った聡司郎だが、心優しい獣医なのは間違いない。そこに純は好意を感じていた。 「天使のような獣医に『カワイイ私』が付き合ってあげますよ」  純はメガネを自ら外し、後ろ向きに歩きながら休憩室に近付いていく。 「だったら今すぐ、カワイイ声をあげてくれ」  そう言いながら聡司郎が大股で近付いてくる。  迫られる恐怖を感じるのと同時、これから先の淫らな期待で体が震えた。 「せっかちですね! あ、ちょっと、休憩室のソファベッドまで・・・」 「待てねぇ!」  ダンッ! と休憩室のドアが乱暴に開けられた。  一気にソファベッドへ押し倒される。メガネを落としそうになりながら純は、のし掛かってくる聡司郎を見上げて苦笑した。 「少しだけ・・・寝ましょうか」 「寝たらサンタが来る。極上の時間というプレゼントを持って、な」  純の淫らな誘いに聡司郎が乗る。  ソファの端からメガネがカシャンと床に落ちた。  その上にスクラブがフワリと落ちる。  ギシッ、ギシッとソファベッドが鳴った。 「アッ! アァァッ!」  切ない純の声が部屋に響いた。それに応じるように熱のこもった聡司郎の声が重なる。 「愛してる……純」  二人の体がひとつに重なり、歓喜に震える純の甘い声が部屋に響いた。 「カワイイぜ、純……」  聡司郎の声に純の嬌声が重なった。体で愛を確かめ合う行為を続けながら、聡司郎が言った。 「メリー、クリスマス」  淫らで激しい聖夜がゆっくりと更けていく。  ほんのつかの間の貴重な休息を二人は濃密な行為で堪能するのであった。

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