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君が夢中

「じゃあ俺、先に帰ります」 そう言って酒が回ってうるさくなっている場に声をかける。 会社の飲み会は苦手だ。もともと人付き合いがいい方でもない。ただ、会社が陽キャで溢れているからそれに合わせて明るく振る舞っているだけだ。 ギャーギャーと文句を垂れる上司には、明日朝イチでお客さんのところに行くと言えばすんなりと納得する。さすがお客様ファーストの弊社である。客先へ行くのは嘘だけれど。わざわざ休日に仕事するもんか。 ありがたいことに今日の飲み会は会社の経費である。いつどこで抜けようが問題ない。 カバンを手にしたところでブスブスと視線が突き刺さった。視線の相手は見なくてもわかる。流通部の三島くんだ。 「俺も、岩木さんとかえりゅ……!」 今年二十歳になった三島くんは会社の飲み会ではじめて酒を口にしていたか。 真っ赤になった顔。とろんとした目。ほんの少し舌足らずな声。これは完全に酔っ払っている。 慌てて立ち上がった三島くんは隣に座っていた事務のオバチャンにベチャッとぶつかる始末だ。 「ギャッ、三島くん重い!」 「ウェ、きもちわるい……」 「うわバカ! ここで吐くな!」 阿鼻叫喚の地獄絵図。どうやら三島くんはお酒に弱いらしい。 「あー……俺、駅まで送ってくっすよ」 「悪いね、岩木くん。悪いついでにそいつ会社の作業着を着てるからさ、出きればちゃんと送り届けてやってね」 最近はなんでも晒される時代だから仕方がない。それにしてもこんなことなら早めに帰るなんて言わなければよかったかもしれない。 適当に水でも飲ませて電車にぶちこめばいいだろうなんて思っていたのに。面倒だ。 「……スッ。じゃあお先に失礼します」 「おつかれさまでしゅ~! ウェェ……」 「おいまだ吐くな! じゃ、お疲れさまです!」 今にも吐きそうな三島くんを慌てて引っ張り上げて店を出た。 店の外に出るとタバコの煙や酒のニオイが消え、新鮮な夜の空気が肺を満たす。 「岩木さぁん、きもちわるぃ~」 ズビズビと半べそをかきながら三島くんがもたれかかってくる。梅雨明けした夜の風は涼しくて気持ちいい。それでも酒で体温の上がった男がへばりついていたらとんでもなく暑い。 「もうそこらへんで吐きな?」 雑草の生い茂った駐車場の脇へ三島くんを連れていって膝立ちに屈ませる。 「うぅ~、吐けないぃ……」 背中をさすってやるがなかなか吐かない。どうやら吐けないタイプらしい。 仕方がないので俺も屈んで三島くんの口の中に指を入れた。 「嫌かもしれんけど我慢して。ほら、吐いて」 「う、ェエ……」 さっきまで食ってたであろうブツが草むらに広がる。俺の手にも引っかかったがしょうがない。 三島くんのポケットから飛び出ていたタオルでそっと手を拭き、近くの自販機で水を買う。 三島くんのゲロがついた手をその水で流したあと、ふたを開けたまま三島くんに渡す。 「三島くん、はい水」 水を受け取った三島くんは喉を鳴らしながら飲み干していく。 ぷは、とボトルから口を離した三島くんはキラキラとした目で俺を見ていた。 「岩木さぁん……やっぱやさしい、好きぃ」 うん。困った。 営業部と流通部なんて社内での交流はほぼない。 営業部は毎日せっせと客先に営業へ。流通部は毎日せっせと入出荷する商品の管理をしている。 そんな流通部の三島くんから「俺、岩木さんが好きです」だなんて、今どき聞いたこともないようなド直球ストレートな告白されたのはつい先日のことだった。 本来流通部が配達する商品を営業が直接客先へ持って行くときなんかは、流通部に商品の準備をしてもらうので会話はあるが、営業による配達がそんなに頻繁にあるというわけではない。 そんな三島くんがなぜ俺を好きになったのか正直謎だ。 職場にいる事務の女はオバチャンしかいない。しかもこの業界、営業先にもオバチャン、または若くても既婚者女性しかいないのだ。よって出会いはない。 だからというわけではないが、このド直球に好意を示してくれる三島くんがやたらとかわいく見えてしまうのも事実なのだ。うん、困った。 「三島くん、電車乗れる? タクシー拾う?」 「岩木さんち泊まりたい……」 確かに、俺の家はこの近くだから駅を経由するより三島くんを家に泊めた方が楽だ。もちろん俺が。 「ええ、でも俺んち散らかっとるし」 しかし、しかしだ。一方的に恋心を抱かれている三島くんを自分の家に上がらせていいものか悩む。 いや、男同士であればそう簡単にナニがあるわけでもないだろうから大丈夫、だとは思う。 それよりも余計な期待をさせてしまうんじゃないかと心配にもなる。 「平気です……ダメ、ですか?」 「客用のふとんとかないんだけど」 「床で! 床で、構いませんからぁ」 そういうことなら、まあいいだろう。 俺が新卒で入社して以来、営業部に新卒で入ってきたのは誰もいない。恋だの好きだのは置いといて、流通部に入ってきた三島くんがある意味はじめての後輩というのもある。 元々後輩だとかに頼られたりするのは嫌いじゃない。 「わかった。いいよ」 そう言って三島くんを連れて家路を急いだ。 さっさと帰ってシャワーを浴びて寝たい。 家に帰りつくと三島くんは半分寝ていた。とりあえずそこら辺に三島くんを転がして俺はさっさとシャワーを浴びに風呂場へ行く。 とりあえず体をさっぱりさせて髪を乾かしていると、脱衣所の鏡にぼんやりと何かが映った。 びっくりして振り返ると三島くんがそこにいた。三島くんはビビっている俺に気付いていないのか、ふらふらと近づいてくる。 「岩木さん、いい匂いする……」 至近距離でクンクンと鼻を鳴らされてギクリとした。 「そりゃ、シャワー浴びたし」 「俺も風呂入りたいです」 「いいけど、転ぶなよ? タオル、その辺の勝手に使っていいから」 「はーい!」 まあ三島くんも子どもじゃないわけだし、あとは自分で何とかするだろう。なにかあっても俺は悪くない。 ああ、疲れた。 突かれた日は愛しのベッドにダイブしてさっさと寝るに限る。さよなら今日。 ぴちゃぴちゃと水音が聞こえる。雨でも降っているのか。梅雨明けしたなんていいつつダラダラと雨が降るのは毎年恒例だ。 せっかくの休日に雨が降るなんて最悪すぎる。どこへ行くわけでもないけれど。 なんとなくじんわりと股間がムクムクと元気になっている気がする。朝勃ちか。とはいえ遮光カーテンの向こう側の天気はわからない。手元にスマホがないから時間もわからない。 ああ彼女ほしい。そして雨の日なんかは一日中部屋でセックスして過ごすんだ。 「岩木さん、勃ってきたあ」 そうそう。彼女がいたら雨で憂鬱な休日もこんな風にイチャイチャと……イチャイチャと? 慌てて飛び起きると全裸の三島くんが俺の股間に陣取っていた。ちゃっかり俺のそこを握っている。 俺はといえば着ていたはずのTシャツはどこかへ消えていて、パンツは右足首に丸まっている。 「俺のもね、ガチガチなんですよ」 ほら。と言ってボロりと見えた三島くんのそれは……俺よりご立派なものだった。 いやいや、デカけりゃいいってもんじゃない。男はテクニックだ。そんなテクニックも女日照りが続けば意味はないが。 「ちゃんと岩木さんのココ、寝てるあいだに慣らしといたんで安心してくださいね」 そう言って三島くんは俺のケツの穴を撫でてきた。そんな場所を他人に触られるのは、新卒の頃ストレスで痔になったとき以来だ。いや違う。そうじゃない。 「ちょ、待って三島くん! キミは酔った勢いがあるかもしれんけど、俺はほぼシラフなんやって!」 「確かに酔ってますけど、好きなのは本当です。岩木さんも知ってるでしょう? 知ってて俺を部屋に入れてくれたんでしょう?」 しまった。 「好きです、岩木さん……好きなんです。だから」 三島くんはにこりと笑う。 「いただきまぁす」 昔の漫画なら椿の花がポトリと落ちた描写がされるのだろうか。 そこから俺の記憶はない。 翌朝になって目が覚めると俺も三島くんも全裸。そして絶妙に痛い俺のケツ穴が『やっちまった』と理解させた。 てか、俺が女なのね。と冷静になって思いながらスピスピと寝ている三島くんを見ていると、突然パチリと三島くんの目が開いた。 「おはようございます、岩木さん」 「……はよ」 「昨日は嬉しかったです。岩木さんがあんなに俺を求めてくれるなんて……」 「はあ?」 「見ますか?」 三島くんが自分のスマホを手にニッコリしている。まさか、動画を撮ったっていうのか? 「……やめときます」 「岩木さんと恋人になれるなんて……俺、幸せだなあ」 「てかさあ三島くん」 「なんですか?」 「なんで俺? 確かにこの職場出会いとかないけどさあ」 「うーん、普通に顔が好みだし、あと俺が岩木さんのお客さんに配達する商品のピッキング間違ったときに、めっちゃめちゃセンター長に怒られてたのかばってくれましたよね? そんなことされたら普通惚れちゃいますって」 「ええ、それ普通なん? ……てか、それだけ?」 「でも体の相性も最高だったし……ダメですか?」 正直あまり覚えてないけど、気持ちよかった気がする。今は痛いけど。なによりこの甘えてくる顔だ。やっぱりこういう顔に俺は弱い。 「職場では、今まで通りだからな……」 そう答えると三島くんは顔を輝かせて笑った。 「俺、岩木さんのこと絶対幸せにしますから!」 そう言って三島くんがキスをしてくる。なんとなく口に馴染むようなキスだった。 おわり

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