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第6話

 こんな奴に付き合っている時間はない。そう判断したセイランは、重い体を持ち上げ、その場に立ち上がる。それから落ちていた青年のローブを拾い上げ、砂を払い落としてから青年の頭にかける。ローブで視界を覆われ、「わぁ」と声をあげる青年に背を向けると、セイランは自分の大剣と荷物を拾い、空を見上げる。現在の時間から鑑みると太陽のある方向が西のはず。地図を広げシーズの町の方角を確認し、青年のことは視界にも入れず足を踏み出す。 「あれ? どこ行くの?」 「…………」  再び背後から青年の声が聞こえるが、セイランは今度も振り返らず無視をして歩みを進めていく。 「怒ってる?」 「……当たり前だろ」   青年が続けた無神経な一言に、セイランは思わず足を止めてしまう。魔物に襲われていたから助けてやったというのに、その相手を「趣味だから」なんて理由で強姦しておいて、よく言えたものだと呆れを通り越して感動するほどだ。明らかに青年の方に非があるはずだというのに、それでも青年の声音は余裕を崩さず、隙を見せない。立ち止まってしまったセイランの背中に向けて、刺さるような言葉が投げられる。 「嫌とも止めろとも言わなかったくせに?」 「っ、……」 「あんなに悦んでたのに? 欲しいって言ったのに? ボクのせいなの?」 「…………」 「そんな顔しないでよ、いじめてるみたいじゃん」  青年の言葉に、セイランは反論することが出来なかった。言葉で拒絶を示さなかったのは事実だ。触れられて反応していたのも、求めたのも、事実。最後には、彼に、この男に犯されたいということしか、考えていなかった。考えられなかった。青年の目を見ていると、彼の桃色に光る虹彩を見ていると、いつの間にかそんなことしか考えられなくなっていた。 「どうして、言い返さないの? あるでしょ、言いたいこと」  黙り込んでしまったセイランに対して、青年は少しだけ柔らかい口調になる。セイランの横をすり抜け正面に回った青年が覗き込んだセイランの瞳は、苦しそうに震えていた。そんなセイランの赤紫を見て、青年は静かに視線を下げる。 「ほら、言って」 「……っ、だって、拒絶されるのは、嫌われるのは、誰だって怖いだろ。おれが我慢すればいいだけだから、それであんたの気が済むのなら、好きにすればいいって、そう思ったから……ぁ、れ……?」 「……そう」  堪えていたものを吐き出してから、セイランはその自分の言葉に困惑していた。そんなことを言うつもりはなかったから。誰にも言ったことがない胸の内を、無意識に吐露してしまっていたことに驚かずにはいられなかった。  ――どうして。なんで、よりにもよって、こんなやつに、言えたんだ?  セイランは少しだけ下にある青年の白髪を見下ろす。真剣な顔をしている彼は、自分よりも少しだけ幼いながら端正な顔立ちをしていた。  ――どこかで、あったことがある? いや、でもそんな記憶は……。 「って、そーれーよーりーもー、魔法が苦手って言ったのは本当だよ? まさかとは思うけど、こーんなか弱い少年を夜の森に置いていくなんて言わないよね?」 「か弱い少年……!? どこだ? ほかに誰かいるのか?」 「……せめて『どこがか弱いんだ』って突っ込んで欲しかったな」  素直に『少年』を探して辺りをきょろきょろと見渡し始めるセイランに対して、青年はため息交じりに呟く。セイランのその行動は嫌味などではなく、本気で勘違いしているのは一目瞭然だった。どれだけ辺りを見ても、ここにはセイラン自身と青年の二人しかいないというのに。それでも青年の言葉を真に受けて誰もいないことに首を傾げるセイランがじれったく、青年はセイランの首元のマフラーを握り、自分の方に顔を引き寄せた。 「わっ、」 「……連れてってくれるよね?」 「え、あ……」  セイランの視線が逃げていく。言葉にはしていないが、それは拒絶の意思表示だった。誰だってついさっき自分を強姦してきた人間なんかと行動を共になんてしたくはないだろう。だが、もし青年の言葉が本当で、魔法が苦手で戦う力がないのだとしたら。ここで自分が置いて行って、もし魔物に殺されでもしたら、それは自分が見殺しにしたのと同じことではないか。その考えがセイランの思考を鈍らせた。青年はその隙を狙って言葉を詰める。 「ねぇ、身をもって知ったでしょ? ボクの先天術、人をいやらしい気分にする魔法なの。今ここでまたお兄さんのこと動けなくして、二人で森に残ることも出来るんだよ?」 「な……、っ!」  思わず青年に視線を戻してしまう。刹那、先ほどのものと同じ、全身を覆うような熱が再びこみ上げる。その熱が足の力を奪う前に、咄嗟にセイランは目を逸らす。

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