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第20話
「どうぞ?」
「ルートはおれに選ばせてもらえないか?」
「それはご自由に? ボクらよりもセイランの方がこの辺りについては詳しいだろうしね、それだけ?」
「う? あぁ……、」
セイランが神妙な面持ちで切り出しにもかかわらず、ルピナスに軽い調子で返され拍子抜けしてしまう。てっきり「最短ルートで!」などといった無茶くらい言ってくるかと思っていたが、そこはちゃんとセイランの方を尊重するらしい。
それでもまだ首を縦に振らないセイランが焦れったいのか、ルピナスは両頬に添えていた手を頭の横に伸ばし、ぐいとセイランの頭を自分の方に引き寄せた。そうして強引にセイランを前屈みにさせると、額と額を合わせ、至近距離で瞳を深く覗き込む。
「セイランは強いよ」
「へ……?」
「だから、大丈夫。ね?」
ルピナスの桃色から、目が逸らせなくなる。変わらない無音の中で、その言葉は頭を、心を揺らしていく。
何故だろうか。
ついさっきまで、あんなに不安で仕方なかったというのに。その不安が、消えていく。ルピナスの大丈夫という言葉が何度も反芻される。
「……わかった」
無意識のうちに、その言葉は出ていた。深く考え込む間もなく、ルピナスによって引き摺り出されたような。この感覚は初めてではない。
「あれ? な、なんで……っうわ!」
「やったー! ミハネ聞いた?」
「はい! 聞きました! よくぞ言ってくれました!」
セイランが疑問を口にする間もなく、急に聴覚が戻る。それまでルピナスの声しか聞こえなかったのが嘘のように、周りの雑踏・雑談すべての音が鼓膜を確かに揺らしている。
そのことに困惑するセイランを尻目に、ルピナスは側にいたミハネとニコニコと笑いあっていた。そんな二人に対し、セイランは何か言いかけた口を閉ざす。どう見ても、今さら「まだ考えたい」なんて言える状況ではない。
「そうと決まれば! 出していた依頼を下げてセイランさんを指名しなければなりませんね。一度カウンターに……」
「あ、あぁ! いえ、おれが行ってきます!」
ギルドの内部にある依頼受付のカウンターへと向かおうとしたミハネを静止して、セイランは代わりにギルド内へと向かう。ギルドで働く者にとって依頼人は大切な顧客である。ただし、このギルドにいる多くの構成員のうち、そんなことを考えて動くのはセイランくらいだった。
ギルドの中に一人で向かったセイランは駆け足でカウンターへと向かう。ルピナスはミハネと共に、ギルドの入り口からそれを見守っていた。しかし、不意にルピナスの眉間に皺が寄る。そしてルピナスはセイランを追うようにギルドの中へと足を踏み入れていた。
「っ、おぁっ!」
セイランのギルドの真ん中で前のめりに転んだのはその直後のことだった。その場所は足場が悪いわけでもない、何もない平な床の上。セイランは黙って床の上で身を起こし、すぐに立ち上がろうとするが、足首を捻ってしまったのか、力を籠めた瞬間鋭い痛みを感じ、反射的に膝をついてしまう。
そんなセイランの耳に周囲から包み隠しもしない嘲笑の声が届く。
相変わらず鈍臭いやつ。
あんなのがマスターの子だなんて、恥さらしもいいところだ。
さっさと出て行けばいいものを。
「セイラン」
「……、」
「セーイランっ!」
「わっ、あぇ、あんた、なんで……」
その場で耳を塞ぎたくなる衝動に襲われるセイランの耳に、自分の名を呼ぶ声が届く。慌てて顔を上げたセイランの目に映ったのは、ルピナスだった。ルピナスはセイランが戸惑うのも無視をして、その場に膝をつきそっと足首に手を添えた。
「捻った? 平気? 歩ける?」
「あ、あぁ、これくらい大丈夫だよ」
「ん、良かったぁ。痛そうな受け方してたから心配しちゃった。ほら、立てる?」
ルピナスにも周りの声は届いていたはずだというのに、そんなものは全く意に介していない様子でセイランへと手を差し伸べた。それに驚いているのはセイランだけではない。明らかに全員の笑い物にされていたセイランを躊躇なく助けた。その事実はギルド内にいる全ての視線が集めていた。
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