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第44話

「よく聞けセイラン。お前がこれまでどう生きてきたかなんてどうだっていい! 魔法が使えない? それでもお前は強くなろうと努力して、剣を振るえるようにまでなった。癒しの先天術が使える? そんなの誰よりも優しいセイランらしい素敵な術だ、馬鹿にする必要なんてどこにもない。読み書きができない? そんなの出来る誰かが補えばいい、教えればいい。好きでもない相手を慰めていた? そうでもしないとお前はあのクソみたいな環境で生きられなかった」  矢継ぎ早に投げられる言葉が、セイランを射抜いていく。これ以上誰かに嫌われたりしないように隠すことを選んだ自分の弱さ。この弱さを知らない人は、自分のことを嫌わなかった。だから、誰にも話せなかった。  ーー本当は、こんな言葉が欲しかった。それでもいいって、言われたかった。  ルピナスの力強い声が、塞ぎ込んでいたセイランの胸の奥を強く叩く。ずっと影がさしていたセイランの青紫に微かな光が差し込むのをルピナスは見逃さなかった。もう一押しというように、ルピナスは細く息を吸い、静かに言葉を受け止めているセイランの頭にポンと優しく手を置く。続けられたルピナスの声に先ほどの勢いはなかった。 「お前がどこで生まれた誰だろうと関係ない。ボクは今ここにいるお前を、独りでも生きようとしたお前を、守りたいって思った。……それでもまだ、どうして優しくするのか理由が欲しいなら、教えてあげるよ」  ルピナスは、そこでもう一度息を吸う。頭を撫でていた手が、するり髪を撫でて頬に添えられる。ルピナスの桃色から目が逸らせない。 「……お前のことが好きだからだよ。世界中の誰よりも、悲しいくらいに優しくて、折れそうなくらいに細いのに真っすぐで、今にも壊れそうなくらい強かなお前のことが、好きだからだ。……セイラン、ボクの言葉から、逃げないで? ボクはお前を受け入れた。だからお前も、ボクを受け止めてよ。……お願い、お前が、お前だけが、ボクの光なんだ」 「……、……ルピ、ナス……?」  セイランの中で大量の感情が一気に生まれ混乱してしまいそうになるのを食い止めたのは、ルピナスの最後の言葉だった。それまで強く、否定する隙も与えない口調だったルピナスが、急にセイランに縋るように小さな声を出した。  どうしてそんなに辛そうな顔をする?  苦しそうな声を出す? 「おれ、は……、おれは、分からない。好き、とかそういうの考えたことなかったから。恋とか、愛とか、……分からない。でも、……うん、あんたのことは、嫌いじゃない、と思う」 「……そう」  何か返事をしなければと、必死で絞り出した答えはルピナスの表情を明らかに曇らせた。眉根が下がった、悲しそうな顔。そのルピナスの表情が、なぜか胸に詰まる。 「う……、あのさ……あんたが暗い顔してると、なんか息が苦しいのは、あんたの魔法のせいか?」 「……、」 「さっきもそうだった。あんたとミハネさんが楽しそうにしてるの見てたら、なんか、変な感じがして……」 「ほほーん? それでそれで?」 「な、なんなんだよあんた……」  ほんの数秒前までこの世の終わりかってほどに落ち込んでいたくせに、急に元気になった。意地の汚い、下品な笑い方はこれまでで最も愉快そうに見える。何か喜ばせるようなことを言ったのだとしても、あまりにも感情の起伏が激しすぎる。ほんの少し引いているセイランに対し、ルピナスは今度は「あははっ!」と子どものように笑った。 「そうだよ、ボクの魔法だ。でもセイランもボクにおんなじ魔法かけてるんだからどっこいどっこいだよ」 「おれも? おれ、使えないって言ってるんだけど……、っん!」  ルピナスはセイランに飛びつき、その体を強く抱きしめた。ルピナスの体温が伝わってくる。サラサラした白髪が肩に落ちてくる。セイランに比べて、少し華奢な体つき。触れる度に、これに毎度毎度押し潰されていることが信じられなくなる。 「苦しい?」 「……苦しい」 「セイラン、ボクの胸に手当ててみて」  言われるがままに、ルピナスの心臓にそっと手を重ねる。手のひらを通して、セイランに伝わってきたのはトクントクンと跳ねる鼓動のリズム。絶えず伝わるその鼓動は、運動もしていないのに早くなっている。 「分かる? セイランと、いっしょ」 「おれと……?」  同じようにルピナスの手のひらが、セイランの胸に触れる。言われて初めて、自分の鼓動を意識する。そうしてまるで全速力で走った後のように、胸がドキドキしていることをセイランは初めて自覚する。それは、今触れているルピナスと同じ。 「これが、好きってことだよ」 「……好き……? 怖いじゃなくて?」 「んー……気持ちはわかるけどね。セイランは今、早く離して欲しいって思ってる?」 「思ってない」 「もっとこうしてたい?」 「……うん」 「なら、怖いんじゃなくて好きなんだよ」  息が苦しくて、心臓が震える感覚は知っていた。ギルドで聞きたくない言葉を聞いてしまった時、魔法の実験台にされた時、誰かに抱かれている時。いつも、そうだった。怖くて、苦しくて、震えていた。  ――あぁ、でも、  この腕は、そうじゃない。

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