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第5話

明け方、ほたるは自室で目を覚ました。 正確には目を覚ましたのではなく、寝ていない、だ。 久しぶりに喉の圧迫感を覚えた。 これは、ほたるが社会での生きづらさを感じた時に発症した症状。 ほたるは「はぁ……」と思いため息を吐いて再び煎餅布団に体を倒す。 今日の午後にはもう、遥祐はこの村には居ない。 昨夜、みっともなく遥祐の胸に縋って泣いてからずっと胸が苦しくて仕方がなかった。 結局、遥祐もほたるも、お互いに「好き」の一言は言えなかった。 言ってしまったら最後、お互いがお互いを離せなくなると知っていたのだ。 そしてこの思いを伝えてしまっても良かったのか計りかねていた。 ましてやほたるは元々同性愛者な上に、相手は未成年。 ほたるから思いを伝えることは恐ろしくて到底出来ることではなかった。 ……けれど、こうしてうじうじしているからあらゆることを手放してしまうのだと分かっている。 初めから無理だと決めつけるのは、ほたるの悪い癖だった。 じゃあどうしたら彼に認めてもらえるのだろうか。 あと数時間程度の時間しかないのに、どうしたら忘れないでいてくれるのだろうか。 どうしたら“あと何時間”だなんて切ないカウントをしなくてすむ関係になれるのだろうか。 ほたるにはどうしたってわからなかった。 無邪気に当たって砕けるには、あまりにも感情を知りすぎた。 傷つくのが怖い、辛い思いをしたくない。 保身ばかりを考えて前に進めない。 こんな時、遥祐ならどうするのだろうか。 直球なクソガキの事だ。きっと、きっと…… 「会いにきてくれるのかな……」 もし本当に自分の好いてくれていたら、会いに行ってもいいだろうか。 最後の最後、自分の中だけで彼を信じてみてもいいだろうか。 遥祐は必ずあのバス停に来てくれた。 晴れの日は勿論、台風の中だって来てくれた。 花柄ピンクの合羽を着てくるとは思わなかったけれど、それでも来てくれた安心感にあの日も大泣きしてしまった。 だから今度は、最後になるかもしれない今日だけたとえ少し傷ついても、彼の元へ行こう。 きっとみんなとお別れをする時間が欲しいだろうから、顔は見ずにこれだけを置きに行こう。 生活感の無いほたるの部屋のちゃぶ台の上に置かれた袋を手に取った。 どうせ思い出になるのなら、カッコイイ大人として残っていたい。 ほたるは、中身の入ったその袋をそっと胸に抱き締めた。 [chapter深夜0時、真夏の特等席で。#2] 出発当日の昼。 なんとなく分かってはいたが、バス停に集まる沢山の村人の中にほたるの姿はなかった。 バスの到着まであと十分をきった。 きっと彼はここには来ないのだろう。 涙ぐむ祖父母を抱きしめ、内心寂しさを感じた。 もしかしたら、最後に来てくれるかもしれないと淡い期待を抱いていたからだ。 けれどきっとこれが彼の答えなのだ。 大人の彼が出した答えをたかがクソガキが簡単に覆していいわけがない。 それはほたるを犯罪者にするのとなんら変わりなくなってしまう。 バスの発車時刻となり、遥祐は荷物を積み乗り込もうと足をかけたその時、 「わんっ!」 官兵衛の声が聴こえ思わず振り返る。 もしかしたら、ほたるが……そう思ったがいたのは大家のじいちゃんとハーネスを着けた官兵衛だけだった。 「わざわざありがとう。大家のじいちゃん」 「ほたるちゃんは、来れんて」 じいちゃんの言葉に、遥祐は切なく微笑んだ。 「うん。大丈夫」 分かっていた。 もう彼には会えないのだ。 だからもうこの地を後にしたい。 淡い綺麗な思い出で終わらせ…… 「けどな、官兵衛がほたるちゃんから預かりもんしてんだわぁ。ほれ官兵衛、見せぃ」 じいちゃんの声に、官兵衛は「わん!」と吠え遥祐に駆け寄る 官兵衛は背中に背負ったハーネスにくくりつけられたポーチを、取って、と言わんばかりに見せてくる。 「それ、お前さんにな。やっぱ仲良しだなぁ」 じいちゃんは遥祐に微笑んだ。 「……っ、そう、だね……」 遥祐は周りの目など気にもせず、ポーチを握りしめ涙を流した。 「ヨウちゃん。また来年帰っておいで」 しわがれた声、固くなった大きな手で頭を撫でられ遥祐は一層涙を溢した。 バスに乗れたのはそれから五分後の事だった。 発車して窓からも皆が見えなくなってやっと前を向いて座りなおした。 遥祐の手には、ほたるからだというポーチが握られている。 もう少し村が見えなくなってから……とバスが走り出して三十分が経った頃、チャックをゆっくりと開けた。 中を見てみるとそこには袋に入れられた現像写真が入っていた。 そういえばほたるに連れられて行った海の、帰りのバスで、ほたるから「カメラ貸して」と言われたまま戻ってきていなかったな。 現像してくれていたのか。 袋に入れられた写真を一枚ずつ取り出していく。 初めの方には遥祐が撮ったほたるの隠し撮りや、バレて照れ笑いするほたる、具合悪そうに寝そべるほたるの次に、子供のようにはしゃぐほたるが居た。 全て覚えている、忘れるわけが無い。 可愛らしい笑顔を無邪気に遥祐に向けているほたるの瞳はどれもカメラには向けられていなかった。 全てカメラのレンズの奥、遥祐に向けられていた。 頬をふくらませて拗ねるほたるの写真の次を捲った。 「……え」 その次にあったのは海での遥祐の隠し撮り写真だった。 遥祐がラムネを飲む横顔。 シャワー室へ行く時の背中、海ばかりでなくその次も、そのまた次も、遥祐の顔ばかり写されていた。 時折、ほたるがピースをして、してやったり顔で写りこんでいる。 けど遥祐が撮った三十枚以外の残り十枚程は全てほたるの写した遥祐だった。こんなのはずるい、知らなかった。 花火を見上げて微笑む自分の横顔とほたるのしてやったり顔の写る最後の一枚を手に取る。 「……あ」 たまたまその写真の裏を見た。そこには、角ばったお世辞にも上手いとは言えない文字が遠慮がちに小さく綴られていた。 『好きでした。最後まで言えなくてごめん。ほたる』 いじらしい、ほたるらしいと思った。 遥祐はその文字を何度も撫でる。 山道で荒く揺られながら、遥祐は窓の外を眺めた。 見渡す限り緑溢れる、東京まで新幹線で一時間半から二時間程の距離にある超ド田舎。 今年もいつものように祖父母と戯れ、あのバス停のベンチから夜空を見上げるだけの夏を送るのだと思っていたのに、ひょんな事でほたると出会い、気づいたら恋をしていた。 どうやらそれはほたるも同じだったらしい。 それなのに離れなければいけなくなる。 来年の夏はここには来られない。 その次も来られるかは分からない。 バスを下車し、新幹線に乗り換える。 指定席に座り、荷物を片してゆっくりと座る。 外の景色を見ていると、緑の世界に都市が侵食してきているように見えてしまう。 遥祐とほたるの年の差は埋まらない。 けれど同じ時を生きている同じ人間だ。 遥祐はほたるを忘れない。 ほたるも遥祐を忘れない。 もしかしたらほたるはこれで終わりだと思っているのかもしれないけれど、遥祐にはさらさらそんなつもりは無い。 (俺は忘れないよ、ほたる) 見慣れた景色に、目を瞑った。 [chapter:~6years later~] 「ほたるー!弁当は!?やっべ遅刻する!」 アラームを止めた時刻は七時四十五分だった。 出勤時刻は八時ちょうど。 走っても職場までは十五分はかかるのだ。 「ったくもう、初日から遅刻なんかしてたんじゃ生徒に示しつかないねぇ?    ……[[rb:遥祐せんせい > ・・・・・・]]?」 出会った頃と変わらぬ悪戯な笑みを浮かべて手作りの弁当を差し出してくるほたるに微笑み返す。 「早く帰ってくるから」 「……うん、行ってらっしゃい」 嬉しそうに笑むほたるの柔らかな頬に甘いキスを一つ、落とした。 ××××年四月。 ダンボールが散らかる、築五十二年、二階建て、2Kの畳張りの部屋には沢山の写真だけがひとまず飾られていた。 遥祐の居ない間はほたるがそれを眺めながら荷解きをする。 遥祐が居る時は、それらを見返す度に思い出話に花を咲かせていた。 次に二人は、未来の話をする。 今度はどこへ行こう、あそこへ行きたい、これをしたい、あれを見たい─……。 深夜0時、真夏の特等席で恋をした。 彼らは今も二人で微笑み合い、寄り添い、愛を囁き合い、 そして今日も、生きている。 完

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