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第12話『R』の名を持つもの
ガーゴリウス男爵邸での舞踏会から帰城した俺たちのもとへ、山のような社交界からのお誘いの手紙が届けられた。
「ユウは、人気者だなあ」
クリスが満足そうに言うと、アークがクリスのデスクの上に置かれた招待状をゴミ箱へと放り込んだ。
「もう、こんなもの必要ないだろう?」
「そんなわけないだろうが」
クリスがゴミ箱の中の招待状を拾い上げながら言った。
「これからが本番なんだぞ」
「しかし、もうお前の狙っていた魔物の売買組織のリーダーであるガーゴリウス男爵を捕らえらのだからいいんじゃないのか?」
アークの質問にクリスは、溜め息をついた。
「ガーゴリウス男爵は、所詮傀儡にすぎん。本当の黒幕は、ガーゴリウス男爵の三男、ルイス・ガーゴリウスだ。そして、ルイス・ガーゴリウスは、あの夜から行方不明だ。彼を捕らえないうちは、魔物の売買を根絶やしにすることは不可能だ」
「なんでまた、魔物の売買なんだ?そんなこと昔からあったことだろう?」
アークの言葉に魔王ディエントスが低く、言った。
「それが、我々魔族と人の子との和解の条件だからな」
「和解の為の条件?」
「クリスと私は、魔族と人類の戦いを終わらせるための妥協点を探った。その結果、人間どもによる魔族の売買の問題に行き着いた。クリスは、私に、必ず、魔物の売買を止めさせてみせると誓ったのだ」
「マジで?」
アークにきかれて、クリスは、頷いた。
「私は、王になったら奴隷制度を廃止したいと思っている。その手始めとして魔物の売買を禁止する」
「しかし、それでは、人々の生活に支障があるんじゃないか?」
「奴隷制度や、魔物の売買によって成り立つ普通の生活なんて、私の国には必要ない。皆が手を取り合って、共に協力しあい、成長していく世界を、私は選びたい」
クリスは、珍しくマジな表情で言った。
「たとえ、皆が等しく幸福な世界はないとしても、弱いものを踏みにじって成り立つ世界であるよりはましだ」
ふーん。
俺は、クリスの言葉に少し、感動していた。
いつもニコニコして何考えてるんだかわからない王子様だけど、実は、まっとうないい人だったんだ。
「とにかく、ルイスを誘き出すために、ユウには、引き続きお姫様をやってもらう必要があるんだ。頼むよ、ユウ」
俺は、本当は、もう、これ以上かかわり合いになりたくなかった。
あの男の転生した姿であるルイス・ガーゴリウスと、もう二度と出会いたくはなかった。
だけど。
クリスの言ってることは、正しかった。
俺たちは、その正しさ故に、彼の計画に従うしかなかった。
俺は、一人、窓辺で空から降ってくる雪を見つめていた。
すごく、静かだ。
まるで、全てが夢で、俺は、まだ、あの場所で眠っているのではないか、と思ってしまうほどに。
「お前は、本当に、雪が好きだな、ユウ」
振り返るとディエントスが湯気のたつカップを手に立っていた。
俺は、ディエントスの差し出すカップを受けとると一口飲んだ。それは、ホットミルクで、なんだか、じんわりと心から暖まる様な気がした。
「ルイスの行方は?なんか、わかったの?」
俺は、ディエントスに訊ねた。ディエントスは、頭を振った。
「何一つ、つかめていない。まるで、奴の存在自体がかき消されたかのように、奴は、消えてしまった」
俺は、さもありなんと思っていた。
この世界の理の全てを手に入れているといっていいあいつなら、なんだってありうる。
「お前は、あの男に因縁が浅からぬようだな」
「うん」
俺は、空から降る雪を見つめて言った。
「俺は、あいつの手で創られたんだ」
「そうか」
ディエントスが言った。
「お前には、我々魔族のために苦労をかけるな」
「別に、いいよ」
俺は、カップの中のミルクを飲み干してからディエントスにカップを返した。
「はやく、魔族が解放されたらいいね。そしたら、ディエントスも戦争なんてしなくてよくなるし」
「そうだな」
ディエントスが俺からカップを受けとると優しく微笑んだ。
「本当に、そうなればいいんだが」
ディエントスは、ぽん、と俺の頭を撫でると、背を向けて部屋から出ていった。
俺は、アークと、アルカイドから魔族と人類の歴史について聞かされていたことを思い出していた。
「かつて、この世界の最初の女であるリリアが、双子を生んだことが全ての始まりだったとされています」
アルカイドは、語った。
「双子のうちの一人は、魔族の祖となったアルムであり、もう一人は、人の子の祖となったカイアでした」
二人の母であるリリアと父であるアキムは、二人を等しく愛し育んだ。
二人は、お互いを助け合い、仲睦まじく成長していった。
そんな二人の前に、女神からの贈り物が現れた。
創世の女神の創ったガラティアという姉と、ガラムという名の弟の姉弟だった。
流れるような黒髪に、黒い瞳を持つ姉 ガラティアに双子は、夢中になった。
同じく黒髪に黒い瞳のガラムは、醜い姿をしていたが、聡く、心優しかったのだが、双子は、彼を見もしなかった。
ガラムは、悲しみ、遠く離れた森へと隠れすむようになった。
やがて、ガラティアは、双子の子を産んだ。
それは、4人の男女の赤ん坊で、うち二人は、神のごとき力を持った異形の子供たちであり魔族の祖となった。
残りの二人は、脆弱ななんの力も持たない子供だったが、賢く、美しい、人の祖となる者だった。
ガラティアは、女神より授かった宝具を2つ持っていた。
一つは、剣で、武力でこの世を統べる力を持つものだった。
もう一つは、鏡で、知力でこの世の人々を導くものだった。
ガラティアは、剣を魔族へ、鏡を人の子へと与えた。
魔族と人の子は、分かたれて別々の国を作り、それぞれに繁栄していった。
しかし、ある日、人の子が魔族の力を羨みガラティアへと訴えた。
「我々にもあのような力をお与えください。さもなければ、いつ、あの者たちに攻められるかと不安でたまらないのです」
困ったガラティアは、兄 ガラムのもとへと人の子らを向かわせた。
話をきいたガラムは、最初、人の子らを拒絶していたが、そのうち、あまりにも人の子らが頭を下げるものだから、嫌けがさして己の持っていたたった一つの宝具を人の子に与えた。
「これを持って、はやく、帰ってくれ。そして、もう二度とこの地へと現れるな」
ガラムの与えた宝具は、一冊の本だった。
それは、人の子のどんな願いも叶えてくれるものだった。
人の子は、それで、魔族の国へと侵攻し、彼らを蹂躙した。
魔族は、その本のために人の子が狂わされたと嘆き、本を人の子から奪い取ろうと戦った。
こうして、魔族と人の子は、あい争うようになったのだという。
「その本は、原始の書と呼ばれ、畏怖の念を持って、人々から『R』と呼ばれています」
そうなんだ。
俺は、その話をきいても、特に何も思うことはなかった。
よくある昔話だし。
ただ。
俺の表紙をなどるあの男の指先を思い出していた。
そして、初めて俺が本として成ったときのあの男の言葉。
「お前なら、『R』に匹敵することだろう」
「『R』ってなんだ?」
俺は、アルカイドにきいた、アルカイドは、答えた。
「私にも、わかりません。ただ、その本を手に入れる者は、神にもなれるという伝承があるぐらいの凄い宝具だったということです」
俺は、アルカイドが立ち去ってから、アークに聞いてみた。
「アークは、本になった時の俺の表紙に書かれている言葉がわかる?」
「いや、正直、超古代文字であるということしかわからないな」
アークが言ったので、俺は、全てをアークに話してしまいたいと思ったが、それ以上は、話せなかった。
だって、そうだろう?
奴が俺の表紙に『永久魔法機関Rー15』と刻んでいるなんてこと、俺は、言いたくなかった。
ましてや、昔話とはいえ、もともとの『R』の引き起こしたことの話をきいた後では、それは、誰にも知られてはならないことだった。
「どうした?ユウ」
アークが俺のことを抱き寄せてきいてきた。
「アーク」
俺はアークの首に腕を回して、アークにキスをした。
「ユウ?」
俺は、アークの胸に顔を埋めてその胸の健やかな音に耳をすませた。
とくん、とくん。
暖かい音が聞こえてきて、俺は、微笑みを浮かべていた。
アーク。
「アーク、俺のこと、好き?」
「ああ」
アークが俺を抱き締めて言った。
「愛している、ユウ」
「俺も」
俺は、目を閉じてアークに身を任せて囁いた。
「愛してるよ、アーク」
俺は、アークをソファに押し倒した。
「ユウ?」
俺は、アークの手をとり一本一本に口づけしていった。
「ユウ」
アークは、俺を引き寄せると、ソファに押し付け、キスを貪った。
「んぅ・・」
「ふっ・・」
俺から口を離したアークは、言った。
「愛している、ユウ。今まで抱いてきた誰よりもお前がいい」
「アーク」
俺は、アークの背に腕を回して彼を抱き締めた。
アークは、俺の着ていたシャツのボタンをもどかしげに外すとそれを脱がせ、続いて、ズボンと下着も取り去った。
俺は、足をアークの腰に絡ませ、彼を全身で抱いた。
「アーク・・」
俺は、囁いた。
「壊れるまで抱いて欲しい」
そうして。
全てを忘れさせて。
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