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9.ほろ苦い失恋話(4)
「……どうしてもダメ?」
ミオは腕を抱いたまま、俺の顔を見上げる。
あぁその目はヤバい、決意が揺らぐ!
その大きく澄みきった、深みのあるブルーの瞳で見つめられると、ダメなものもOKと言ってしまいそうだ。
でも俺が、あの元カノに吐かれた、今でも夢に見るほどショッキングなセリフだけは伏せておきたいなぁ。
何より男の沽券 に関わることだから。
ただ、そもそも彼女がいた事と別れた事を口走ってしまったのは俺なのだし、何らかのケジメはつけないといけないだろう。
当時の俺が男としてダメな人間だったのは間違いないのだが、それが原因で別れたという事を、まだ幼いミオに遠回しに教えるにはどういう表現を用いればいいのか。
うーん、難しい。ここに来て国語の勉強か。
ミオに抱きつかれたまましばらく考え込んでいると、ふと、天啓を得たかのごとく妙案が浮かんだ。
その妙案とは、〝伝えることは伝えるが、ミオが知らない横文字を並べてごまかす作戦〟である。
「分かったよ、教えるよ」
「ほんと?」
「うん。ハッキリ言うとフィーリングなんだな」
「ふぃーりんぐ?」
「そう。フィーリングが合わなかったの」
「それってどういう意味?」
「要するにアクティビティがライブリーじゃなかったわけだよ」
「え? え?」
ミオが動揺している。
「分かりやすく表現すると、俺のスキルがイネクスペリエンスドで……」
「全然分かりやすくないよー」
ミオは困惑した表情でそう言った。
そりゃそうだ。某タレントみたいに日本語と英語を交えて適当に喋っているだけなんだから、子供のミオじゃなくてもてんで理解できないだろう。
「つまり大人の男女関係ってのは、そうそう簡単な言葉では表現できないって事だな」
俺は腕組みをして、自分の言葉に納得するかのように数回頷いてみせた。
「じゃあ、恋愛を言葉にするのはすごく難しいって事?」
「うん。好きになったり別れたりする事の心理は特にね」
「そうなんだねー。ボクも大きくなったら分かるようになるかなぁ」
「ああ、きっと分かるよ。ミオは賢い子だからね」
などと適当こいてごまかしてしまった。
すまないミオ。人は誰にでも、触れられたくない黒歴史が一つや二つはあるのものなのだ。
「てことで、俺の夢の話はこれでおしまい。満足してくれたかい?」
「うん、ありがと」
ミオがニッコリと微笑んだ。
「ね。お兄ちゃん、もう一つ聞いてもいい?」
「ん? 何かな」
「あのね。男の子が女の子にじゃなくて、男の人を好きになるのも、恋愛になると思う?」
「そうだなぁ」
俺は少し考えたあと、こう答えた。
「俺はなると思うよ。恋愛の形って本来は自由であるべきだから、男同士で恋をするのも自由なんじゃないかな」
「うん、そうだよね……ありがとう、お兄ちゃん」
そう言ってミオは、その両手で抱いた俺の腕に頬を寄せた。
同性愛に対する理解が深まっていなかった一昔前ならともかく、今は多様性の時代だ。
そういう時代だからこそ、同性同士の恋愛は、男女に関わらず認められてもいいものだと俺は思うのである。
ミオはこの先、どんな形の恋をするんだろうな。
この子の里親の立場として、俺はとにかくいい人と結ばれてほしいなと強く願うのであった。
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