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第13章 二年次・10月

 茂と焼肉を食べた数日後に大学の授業が再開したが、茂から聞いていたとおり、どの授業に入ってもそこに佳代の姿はなかった。佳代の友人達と会った時、彼女達は口々に茂に「細谷くん、淋しいね」と言っていた。茂は笑って「淋しい」と頷いていた。 「伊崎さん、お前と別れたこと言ってないのか」 「分からないけど、そうみたいだね」  授業が始まってから高志が小声で聞くと、茂は黒板を見たままそう答えた。  佳代の不在以外は何も変わらず、淡々と日々が過ぎていった。高志自身、佳代がいないことにすぐに慣れた。  それからもたまに、茂は佳代との共通の知り合いから声を掛けられていた。その度に茂は、特に別れたことに言及する訳でもなく、まるで恋人のために遠距離恋愛を受け入れた彼氏のような対応をしていた。  後期が始まって早々、また金曜日に招集がかかり、茂の部屋に集まった。  茂は、サークル仲間には佳代と別れたことを伝えているようだった。殊更にその話題に触れる訳でもないが、といって特に避ける訳でもなく、たまに伊藤あたりが、彼女がいないから茂もリア充脱落だ、といった具合に冗談にしていた。茂も特に気にする様子もなく、笑いながら話していた。  そんな中、10月中旬のある日、茂が発した言葉に高志は心底驚いた。 「彼女できた」  いつものように、食堂で向かい合って昼食を取っている時だった。淡々とした茂の報告に、高志は返事をすることができなかった。 「昨日告白されたんだよね。隣のサークルの一回生の子から」 「OKしたのか」 「うん。あ、ちゃんと『お試しで』って言った」  実際のところ茂は当分誰とも付き合わないだろうと思っていた高志にとって、その茂の言動は全く予想外だった。 「……何で?」 「え?」 「今度は好きになれそうなのか」  佳代を好きになれないことについて、あんなに悩んでいたのに。 「まだ分からないけど」  答える茂を見ながら、佳代のことを思い出す。佳代が何故友人に何も言わないままだったのか分かったような気がした。 「多分、なれないかも」 「じゃあ何で付き合うんだよ」  いつになくきつくなった高志の口調に、茂は高志の顔を見て、それから目を逸らし、 「何か、最近ちょっと淋しいから」 とぽつりと言ったので、高志は再び言葉をなくした。 「……悪い」  やっとのことでそう言った高志に、茂はかすかに笑って首を横に振った。  後期が始まってから、また遥香とは日曜日に会うようになった。結局夏休みのうちに旅行には行かなかったし、それはもうとっくに諦めていたことだったが、遥香が何も言わなかったことが気にかかった。うやむやにされるくらいならやっぱり行けないと言ってもらえた方が良かったが、言えばまた高志が不機嫌になると思わせたのだとしたら、変に気を遣わせたのが申し訳なかった。  10月下旬に一度、遥香のサークルが日曜日に練習試合をするとのことで、いつものデートが駄目になったことがあった。代わりにその週は土曜日の夕方に会ったが、仕方のないことだと思いつつも、遥香の行動範囲が広がるとその分自分が会える時間が減るのだと分かり、気が滅入った。  更に悪いことに、11月の学園祭シーズンが始まり、授業がない日に一度泊まりに行きたいと高志が言った時も、遥香は申し訳なさそうに首を横に振った。テニスサークルで模擬店を出すことになり、遥香も連日大学に行かなくてはいけないとのことだった。学園祭に遊びに来るかと聞かれたが、高志の大学ではその期間は通常どおり授業があり、わざわざさぼって行ってもおそらく遥香と二人の時間は殆ど取れないだろうと思ったため、行かないと答えた。  学園祭が終わった後は、再び平穏が戻ったように思えた。相変わらず高志は日曜日の度に遥香と一緒の時間を過ごした。  しかし12月になり、ある日曜日、いつものように遥香の部屋に行き、遥香に触れようとした時、体調が悪いからとさりげなく断られた。申し訳なさそうに謝られたが、その時高志は今までにない不安を覚えた。  その次の週、いつものように自宅近くで遥香と待ち合わせると、遥香は駅ではなく近くの公園へと高志を連れて行った。そしてそこで、好きな人ができたので別れて欲しいと高志に告げた。

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