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第7章 11月(3)
こうやって希美と過ごす週末を、高志は割と気に入っていた。普段の一人の時間もそれなりに快適だったが、希美が来ると何でもない時間が楽しかった。
そうやって過ごしながら高志は、あの後に茂と連絡を取っていないことを意識しないようにしていた。あれ以来、茂から連絡はなかった。きっと仕事と勉強で忙しいのだろう。そして高志からももう何も送らなかった。もし茂が単なる友達であれば、連絡がないことすら意識しないか、あるいは何も遠慮せずに連絡したい時にしていただろうが、今の高志にはどちらも難しかった。
だから、殊更に希美との時間を楽しむように意識した。恋愛感情はなくても、高志にとって希美はもう充分に特別な存在になっていた。それでいいのではないか、恋愛感情なんかなくてもこうやって楽しい時間を過ごせていれば何の問題もないのではないか、と思ったりもする。でもそれでは希美の気持ちを無視することになるのかもしれない。好きな人には同じくらい好かれたいと思うかもしれない。
希美がどう思っているのか聞いてみたかったが、もちろん本人には聞くことはできなかった。第一、高志は希美と別れたくなかった。能動的な恋愛感情がなければ付き合ってはいけないという訳でもないだろう。多分そんな強い感情はそれほど長続きしなくて、いずれは今みたいな居心地の良さへと変容していくものなのではないか。
きっと、茂の存在がなければ、自分はここまで悩まなかった。一緒にいて居心地が良ければ、それを恋愛感情だとすら思っていたかもしれない。居心地の良い女性と、友達だったはずの男。どうして後者の方に恋愛感情があると思うのだろう。もしかしてその認識自体が誤っているのではないだろうか。理屈でそう考えてみても、実感としてはやはりそれが事実だった。茂に対する渇望とも言える感情は常に高志の中にあった。一年前に茂が自分を切り捨てた時からずっと。
希美といればそれが消える、とまではいかなかったが、少しの間忘れていることはできた。このまま本当に忘れてしまいたい、と高志は思っていた。
「高志くん、今度USJ行かない?」
12月に入ってしばらく経った頃、いつものように金曜日の夜に高志の部屋で過ごしながら、希美がそう言った。
「いいよ」
高志が何気なく即答すると、希美が苦笑する。
「高志くんていつも大体のことはいいって言ってくれるけど、もし気が乗らなかったらそう言ってよね、遠慮とかせずに」
「うん」
しかしUSJに行くことは特に嫌ではなかったので、高志は「でもいいよ、まじで」ともう一度言った。
「行ったことある?」
「うん、だいぶ前に」
スマホを見ながら何も考えずにそう答えると、希美が少しだけ逡巡してから、「……元カノと?」と聞いてきた。高志は顔を上げた。
「……元カノとか他の友達とか、何人かで行ったかな」
「そうなんだ」
何故か、希美はいつも元カノのことを必要以上に気にしているように見えた。それが付き合っていれば普通のことなのか、あるいは希美が特に敏感なのか、どちらかは分からない。
「高校の時、クラスで仲良かったやつらとみんなで行こうってことになって」
「へえ、楽しそうだね」
「……気になる?」
希美がそこまで気にする理由が高志には分からなかったし、高志から見れば全く気にする必要のないことだった。遥香に関する全ては完全に過去のこととなっていた。もし何か不安があるのなら取り除けるかもしれないと思い、希美の表情を見ながら高志がそう聞いてみると、希美は少し笑って、「ごめん」と言った。
「元カノさんって、高校の頃に付き合ってたんだね」
「うん」
「どれくらい付き合ってたの?」
「……三年くらい」
「そうなんだ」
遥香のことをわざわざ気にする必要などないのに、と思う。茂のことならともかく。
「結構長いね。そんなに付き合ってたら、大抵のところには一緒に行ってるよね」
「いや……そうでもないと思うけど」
答えながら、高志はふと思いつき、
「元カノと行ったことないところ、どっか行く?」
と言ってみた。希美は笑いながら「うん」と頷く。その表情からは、自分の提案が正解だったのかどうか分からなかった。
「行ってないとこなんか山ほどあるけどな」
「高志くんはどこがいい?」
「いや、特に……じゃあ行きたいところいくつか挙げていって」
行ったことなかったら言うから、と言うと、希美がいくつか気になるスポットを口にした。すぐに、遥香とは行ったことのなかった有名な水族館の名が挙がった。
「そこ行ったことない」
「あ、そうなんだ?」
かなりメジャーなデートスポットであるため、希美が意外そうに声を上げた。
「行く?」
「あ、うん、行きたい」
「明日?」
そう聞くと、希美は首を横に振った。
「ううん、何の準備もしてないもん。来週にしない?」
「いいよ。来週な」
高志が頷くと、希美も笑って頷いた。
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