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39:親ばか

 待っている人が居るって素晴らしい!  俺は時計をチラチラと気にしながら思わずニヤけてしまうのを止められなかった。あと少しで仕事が終わる。終わったらいち早く家に帰らなければ。 そう、こうしている今もあの何もない部屋には待ってくれている人……いや人ではない。鳥が居る。  かわいい、かわいい俺のフクロウ!  ウィズが居ない間、預かるという形で我が家に来てもらったフクロウだったが、最初、何故あんなにも怖がっていたのか自分でも不思議なくらい、今はもう大好きになってしまった。 「ふふふふ」  昨日の夜なんか、ウィズに教えてもらった撫で方をそっと実践したら、気持ちよかったのかウットリとした表情をしてくれた。 -------あぁ、なんて、かわいいんだ!  確かに、フクロウの餌はちょっと予想外というか、まぁ、けっこう捌くのに勇気と葛藤が必要だったけど、フクロウの為なら、俺は何だってできるのだ。 小鳥だって、ラットだって捌いてやるよ!フクロウの為だもの! 「ふふ」 「アウト先輩―。何ニヤけてるんすかぁ」 「はっ!」 「アウト先輩って、我に返った時とかビックリした時に、ちゃんと自分の口で“はっ”って言いますよねー。そゆとこ、私好きっすよ」 「何か分からんけど、好きでいてくれてありがとう。アバブ」  いかん、いかん。本当に無意識にフクロウの事を考え過ぎて表情の管理が出来ていなかった。気を付けなければ。気付いたのがアバブだったから、こんな全肯定してくれるけど、これが他人なら普通に気味悪がられてしまう。気を付けなければ。 「で?なんか良い事でもあったんすか?」 「ふふふ。よくぞ聞いてくれた!なんと、家で俺の帰りを待ちわびている子が居ます!」 「えっ!?なんすか!?アウト先輩、急にそんな浮いた話持ち込まないでくださいよ!先輩は私の大事な受けなのに!」 「ふふ、アバブにも紹介しちゃおっかなぁ!俺の大事な子!すっごく可愛いんだよ」 「うああああ!嘘だと言って!先輩はボーイミーツボーイなストーリーを歩むって決まってるんすよ!」  そう言って頭を抱えだしたアバブに、俺は昨日、飽くほど写出砂で描画したフクロウの姿を見せてやろうと手帳を取り出した。 それまで、写出砂で砂画を作成する人たちは、若さ漲る弾けた10代だけだと思っていたけど、そうではないなと思い知ったのだ。  あのニッコリした寝顔などは、何回描画しても足りない可愛さを誇る。今日も帰りに写出砂を買って帰らないと。 「ねえ!アバブこれ見」 「アウトさん、また弟さんがいらっしゃってますよ」 「………は?」  俺は可愛いフクロウの砂画のページを開いたまま、がっつりと固まってしまった。 --------な・ぜ・に!? いや、こないだも来たばっかりなのに、なんで。てか、なんでアイツは仕事終わりがいつも俺より早いんだ。騎士は暇なのか。俺達の血税を一体何だと思ってるんだ! 「また急ぎとの事で、早く来て欲しいとの事です」 「…………」  そう、先日同様、淡々と述べてくる受付の女性に、俺はなんと返事をすべきかと思案した。多分ここで、仕事が終わったら行きますと言ったところで、チラチラとこちらを見ている上司が早く行くようにと言う筈だ。  そして、先ほどまで謎のショックを受けていたアバブは口を手で抑え天を仰いでいる。 「家で待ってる可愛い子って超イケメンの弟さんですか……!下剋上で兄を組み敷く暴君な弟が、唯一兄だけに見せる弟としての可愛い素顔。もぐもぐ、いただきました……!はぁっ、やっぱりアウト先輩は私の神様っす」 「…………」  いくらビィエルの知識に薄い俺でも、このアバブの専門的かつ難解な用語が真実とズレてしまっている事はなんとなく分かる。いくら神様扱いされても、非常に解せない。  しかし、ここでいくら数分の抵抗を見せたところで結果は前回と何ら変わらないだろう。  俺はアバブに見せる為に広げていた、俺のかわいいフクロウの砂画のページをパタリと閉じた。 「……すぐ、行きます」 「はい、そのようにお伝えします」  奥でうんうんと満足気に頷く上司と、隣の席でくせ毛を靡かせて世界と俺に感謝するアバブを横目に、俺は鞄に荷物を詰める準備を始めたのだった。          〇 「なに」 「何だ、その明らかに不満そうな顔は!」  前回同様、職場の玄関ホールでこれでもかという程の存在感を放ちながら仁王立ちするアボードに、俺は先手必勝とばかりに不機嫌に問いかけてやった。不機嫌というのはなった者勝ちなのだ。それに、この位の不機嫌は許されても良い筈だ。  なにせ、俺はフクロウとの満ち足りた時間を、この暴君に邪魔されたのだから。 「せっかく良い酒持って来てやったのに!ほら、お前じゃ到底買えないレベルの酒を持って来てやったんだ。ありがたく思え」  そう言って目の前に差し出された神々しい程に立派な酒瓶に、俺は思わず不機嫌な表情を作るのを忘れた。そう、確かにそれは高すぎて飲めないと内心諦めていた、最高級の命根から作られた酒だ。このシリーズの酒は和酒と呼ばれ、サラリとした飲み口で非常に人気が高い。  まさか、この酒を飲める日がこようとは……! 「え、くれるの!?」 「バカ言え!俺も飲むんだよ!」 「え!?もしかして、また俺ん家来る気か!?」 「わりぃかよ!合うツマミも買って来てやったんだ!ひれ伏せよ」  そう言って、瓶を持つ方とは逆の手に携えられたパンパンの紙袋に、俺の表情は完全に不機嫌を忘れてしまった。最高級の和酒とそれに合うツマミ。  確か、アボードは酒の中でも和酒にもこだわりを持つ方だったので、きっとツマミも合うものを心得ているに違いない。 「お前、俺ん家気に入り過ぎだろ」 「っは!別に気に入ってる訳じゃねぇよ!ちょうど言う事あったから来ただけだし」 -------いや、完全に気に入ってるだろ。  でなければ、わざわざこんな高い酒を片手に俺の所に来よう筈もない。 もともと、あの狭い部屋に対して愛着のようなものを持っていたアボードだったが、こないだの酒盛りで、それが更に増した事は火を見るよりも明らかだった。  灯りと香りの効果の絶大足るや。  更に、あの寮には俺しか住んでいなというのも、アボードにとっては好ましいらしい。前回の酒盛りの時に「静かだな」と呟いた、あのアボードの、どこかホッとしたような表情が、俺は妙に頭に残って仕方が無かった。常に周りに人が絶えないというもの、なかなか大変なモノがあるのだろう。 「まぁ、いいけど。ただ今俺ん家、お客様が居るからきちんと挨拶しろよ」 「はぁ!?お前あのクソせめぇ部屋に俺以外とか呼んでんのか!?恥ずかしいやつ!」 「……おま、事実だけど、人の部屋にめちゃくちゃ言うね」 「んだよ、客が居るなら俺は用件だけ言って帰るわ」  急に殊勝な態度に出てきたアボードに、俺は出会い頭とは180度違う表情を浮かべた。  頼むから、その酒をと共に去るのは止めて欲しい。そして、できれば俺のかわいいフクロウの自慢を聞いて欲しい。アバブに写真を見せられなかったせいで、このフクロウを紹介したい欲は完全に不完全燃焼なのだ。  ------おいでよ、我が弟! 「いや!待て!お前にも紹介したいから、是非来てくれ!」 「なんだよ、急に。……紹介?まさか、女か?やめとけ、その女、俺を見たらお前じゃなくて俺に惚れるぞ」 「……お前、バカじゃねぇの」 「あ゛ぁ!?ぶっ殺すぞ!このクソガキ!」  そう言って、アボードが俺を殴ろうとしたものの、その両手は酒とツマミで塞がっていた為、理不尽な拳を受けずに済んだ。  しかし、次の瞬間、アボードの長い足が勢いよく俺に回し蹴りを食らわせてきた。 さすが騎士、判断が早い。そして、死ぬほど蹴られた大腿部が痛い。これなら殴られた方がマシというものである。 「そこまで言うなら、紹介されてやる!早く行くぞ!」 「~~~っ痛ぅ!きっと、お前は彼女の可愛さに慄くぞ!」 「言ってろ!このクソガキ!」  こうして俺は、痛む大腿部を引きずりながらアボードと共に家路を急いだのであった。

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