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第24話

 ……やってしまった。 『ただれた週末』ってやつを。相手は恋人ではあるし、やっちゃいけない理由なんて一つも無いんだけど、でも四十路にもなって、浮かれてイチャイチャするだけの週末を過ごすことになるなんて思いもしなかった。  土曜日の朝に宮下がやってきて、セックスに雪崩れ込んでから、その後の予定なんて全部ぶっ飛んでしまった。一度親密になってしまったら、もうその距離が適正距離なんじゃないかと思う位に心地よくて、離れられなくなった。  そのことに『俺、大丈夫か?』なんて思ったりして。  朝一で俺の部屋で会って、その時は抱かれる可能性なんてほとんど考えてなかったはずなのに、蓋を開けてみれば年下の自分の子ども程も年の差のある部下にすんなり抱かれてしまった。  抱かれる可能性なんてちっとも考えてなかった数日前の自分に教えてやりたい。『お前、そいつに抱かれるよ』って。  多分びっくりするんだろうな、と思って一人で声を出して笑ってしまう。  きっと、思いもしないって顔して「いやいやそんなこと……」って言ったりするんだろう。それから、ドキドキして、怖くなったりするんだろう。  正直、二十数年抱かれるなんてチラリとも思わずに生きて来たものだから、今までそれは未知を過ぎてほとんど恐怖みたいに思っていた。同じ男の身体を自分が抱いたことはあっても、自分が抱かれるのはまた別だ、みたいに。  けれど、いきなりバーンと目の前に突き付けられた現実に、あれよあれよと巻き込まれて、深く考える間もなく決断して、怯える間もなく抱かれてしまったものだから、不幸中の幸いとでもいうんだろうか。  さして悩むこともなく、怯えることもなくあっという間に経験してしまった。それは確かにすごい経験で、概念でいえば天地がひっくり返ったんだけど、感覚としては「あれ? こんなものか」って感じだ。  抱かれるのは、主導権とか恥ずかしさとか、細かい部分では色々違うんだけど、それだけだった。好きな相手と一緒になるってどっちの立場でも一緒なんだなと、今更ながらに気付く。  恥ずかしい話ではあるけど、今までそこに少なからず拘ってた俺って何だろうな、愚かだったんじゃないのか? って思う程度には、革命だった。  もちろんそっちの立場は初めてだったから、まともにリードするなんて全然できなくて、挿れられてからは何が何だかわかんないままに揺さぶられて、委ねて、高められて、快感の波に放り出されたみたいに揺蕩って、されるがままに振り回されるみたいな、そんな時間なんだけど。  だけど、好きな奴とひとつになって、お互いを感じて高めあって行くみたいな、一つの頂点目指して感覚を共有するみたいなのはどっちの立場でも全然変わらなかった。  もちろん慣れてない行為だから苦しいし、痛いし、すんなりと二人一緒にイケなかったんだけど、却ってそれもすこし嬉しかったりして。こればかりは自分もやったことあるから分かる感覚だ。  感じてる声を聞いたら興奮するんだけど、それだけじゃなくて嬉しくて愛しくなってくるのとか。苦しさでぐっと爪を立てられる程掴まれた腕の痛みが、実はすごく興奮していじらしくなるって事とか。挿れてしまえば動きたくてしょうがないのに、それを慣れるまで我慢してるうちに愛しさが増してくるのとか。射精しそうになってくると、性器だけじゃなくて全部が包まれてるみたいに気持ち良くて、我慢できなくて、ゾクゾクするだとか。射精すると、俺のものだって印をつけたみたいで、もの凄く安心するだとか。  そういうのを宮下が感じてくれてるのかなと思ったら、なんかたまらなくて、宮下が俺で気持ち良くなってるってのがすごい嬉しくて、もっと夢中になって欲しくて、抱かれる側の優位みたいなのを感じた。  なんかもう、こっちも一杯いっぱいで余裕なんて全然ないんだけど、見上げた余裕のない宮下の姿が可愛くて仕方なかったとか……。  とりとめもなく、色んなことを思い出す。  色んなことを思い出して、一人で赤面した。三日前までは宮下の裸も、肌の熱さも知らなかったのに、今じゃその熱を思い出すだけでゾクゾクする。昨日の夜まで一緒に居たよな、とたった二日間のことなのに、ずっとそうしてたみたいな感覚になっていて、嬉しいんだけどゾっとする。  二日間、セックスだけじゃなくていっぱい話もしたはずなのに、ほとんどが意味ない会話だったのか、どこか頭がおかしくなってるのか、抱き合った事しか覚えてないみたいで。  ふわふわと幸せに漂っているとスマホから着信音が鳴った。  二日間たっぷりと睦んで、昨夜帰りたくないってダダ捏ねながら帰っていった宮下からだ。……俺だって、帰って欲しくはなかったけど。  昨夜は一人になった部屋で、寂しくて潰れそうって思ったくせに、頭の中はセックスのしすぎかふわふわしていてあっという間に眠ってしまった。  宮下が家にいた間、半分くらいはベッドの上にいただろうか? その狭い空間で引っ付いて過ごした時間。二日間でだいたい三十六時間一緒にいたうちの、半分だとしたら十八時間くらい。その間にシーツだけを変えてもふわっと宮下の香りがわかるくらいに、ベッドに匂いが染み込んだ。  多分上辺だけの香りで二、三日もすれば消えちゃうのかもしれないけど、今はその香りに顔を埋めている。  寝転がったままスマホ画面をるのぞき込むと、『おはようございます。起きれましたか?』とメッセージが表示されている。それだけでにまにまと表情が緩んだ。 『起きた。おはよう』  嬉しさを隠すみたいにぶっきらぼうなメッセージを返す。こんな朝の挨拶だけで犬が尻尾振ってるみたいに喜んでいるのを知られるのはちょっと恥かしい。恥ずかしいけど、嬉しいのだから仕方ない。  返信するとすぐに電話が掛かって来て「声が聞きたかったから」なんて言って甘い言葉を囁く。朝から王子様度マックスみたいな宮下に赤面した。何でこいつは臆面もなく、電話に向かって「大好きです」とか言えるんだ? こっちはもう、その言葉だけでクラクラしちゃうんだけど。  朝からふわふわと浮いてるみたいな頭で、宮下の声を聞いた。  身体を心配する言葉に「大丈夫だって」と言いながら、何が大丈夫なんだ? って不安になる。  なんかもう、夢の中にいるみたいなんだ。……もしかして、本当は起きてなくて夢なのか? って思う程に現実感が無い。宮下と話してる言葉もなんかふわふわしてて、自分が喋ってるんじゃないみたいな気がして、アラームの音に追われて「また後で」と電話を切った。  ……これは相当気合入れないと仕事どころじゃないぞ。  通話の切れたスマホをボケっと見つめていた自分に気付いて思う。  とりあえず顔を洗ってスッキリさせようと立ち上がり、腰の奥の背骨がギシリと痛んで赤面する。  一度してしまったら、たがが外れたみたいに何度もしてしまった。宮下は若いから……と言い訳できても、俺はそういうわけにいかないっていうか、いい年して……と自分でも思ってしまう。  でも、求められるって嬉しいんだよな……、と考えて、これじゃダメだ! って気合を入れた。

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