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第1話
俺と目の前の男は血の繋がらない親子で、世間的には慈善家の男が善意で引き取った子供が俺って訳だ。
「……んっ……っ…も、やだぁ…」
真っ黒で大きな瞳から生理的な涙が溢れては頬を伝い流れていく。
「ヤ、じゃねェ…ちゃんと前見てろ…繋がってるのが丸見えだ」
風呂場に置かれた姿見の鏡には俺のそこが養父を隙間が無い程受け入れ淫らに濡れた音を響かせている。
そう、俺と養父には他人には言えない関係だった。
養父の事は嫌いではなかったけど、これだけは好きになれなかった。だって養父はいつだって、俺が嫌がる顔や繋がってる様をビデオに映しては売りさばいてる。俺が知らないと思ってるみたいだけど…知ってるんだ。
きっかけは隣の家に一人で住んでる専門学生のレイジのおかげだ。
「なぁ、アメルちょっと見てもらいてェモンがあんだけど…?」
いつも優しい笑顔だったレイジが困った様に、申し訳なさそうにしてたからその時の事はよく覚えてる。
しかも、ずっと俺はレイジの事が好きだったから。初めて入ったレイジの部屋は煙草臭くて、全く物が無くて…むき出しのコンクリートが寒そうに見えた。
「なぁ、見せたい物って…?」
物珍しそうにキョロキョロと辺りを見ながら聞くと、おもむろにレイジはビデオをつけた。そこに映っていたのは、僅かにぼやけた画面の向こうで養父に犯されて悦がる俺の姿だった。
足元から何かが崩れていくのを感じた。
「……やっぱ、お前だったんだな。安心しろよ……この辺りじゃ俺しか知らねェし、誰にも言ってない」
画面から流れるBGMみたいに俺の声が聞こえる中、レイジは悲しそうに微笑んで俺の頭を撫でた。
「言わないで居てくれるのか?本当に?」
震える声で、喚き散らしたいのを我慢する。こんなに屈辱的で絶望に心が支配された事は無かった。まさか、よりによってレイジに知られたなんて、今すぐにでもこの場から掻き消えたかった。
「まさか慈善家で有名なサザードにこんな一面が在ったなんて…幻滅だろ?」
もう、自暴自棄で言葉を吐き捨てる。
きっとレイジはこんな俺を軽蔑してる。
想いを伝える前に終わってしまったこの気持ちに、ただ絶望するしか今の俺には出来なかった。
なのに、レイジはいつもと変わらない笑顔で俺を優しく抱きしめてくれた。
「辛かっただろ?いくら自分を育ててくれた親でも…辛いよな…」
俺を抱きしめてくれたレイジのいつも隠れてる左目が見えた。
その色はただ、青くて…瞳孔が開いていた。
生気を失った瞳に俺が唖然としていると、レイジは苦笑を漏らして頭をなでてくれた。
「見えたか?左目は無いんだ……母さんが俺を犯しながらアイスピックをブッ刺したからな」
単なる同情なら、要らないと思ってた。
でも、レイジは似たような…いや、俺よりももっと辛い目に遭ってきたから、心が通じ合っている。
そんな気がしてた。
だから、俺はその日から養父の仕事が終わるまでずっとレイジの部屋に入り浸る様になってた。
何気ない話、学校であった事、沢山話をした。
養父が出張に出かけた日は、レイジの部屋のリビングで月を見ながら二人で横たわってプランターの中で芽を出した待宵草が大きな花を咲かせるのを黙って見てた。
レイジと過ごした時間は俺に安らぎをくれた。
でも、レイジはどんなに長い時間一緒に居ても俺には殆ど触らない。頭を撫でたり、たまに俺が抱き着いた時に触れるぐらいで、すぐに離れてしまう。
しかも、両手には手袋をして……。
街に遊びに行っても、俺以外を見るサンジの目はまるで「汚い」物を見る様だった。俺がそれを聞くと
「仕方ないだろ?奴等は汚いんだ…性欲に溺れて、醜く快楽を貪る穢れた存在なんだ」
と憎々しげに言葉を吐き捨てる。そうか、レイジが綺麗だって思えるのは脆いほどに潔癖だからだ。
「大丈夫だ、アメルはそんな奴等とは違う…俺の世界で一番綺麗だ」
今にも崩れてしまいそうなレイジの微笑みが俺には哀しかった。
俺は……レイジにそんな事を言って貰える程綺麗な存在なんかじゃない。毎晩喜んで養父を迎え入れて、快感に酔いしれてる。
胸が苦しくなる程レイジが好きなのに。
今日もまた、言い出せずに帰ってきてしまった。
「よう、アメル……遅いお帰りだな?」
玄関には居る筈の無い養父の姿があった。
心臓を鷲掴みにされたみたいで、体が動かなくなった。
「おーおー、随分緊張しちまって…俺が何も知らないと思ったのか?」
養父の声が一段と低くなって、一歩ずつ踏みしめるみたいにして俺に歩み寄ってくる。
「相変わらずお前は緩い奴だな…俺に秘密を作りたいなら便所の裏も嘗め回して調べるこった……」
手に持っているのは小さな機械、言葉から察するにきっと盗聴器……。
全て知られていた?
最初から?
「残念ながら、あのボウズがビデオを持ってるのは偶然じゃねェ、俺が作った必然だ…萌えるシチュエーションだろ?」
『逃げられない』
心の中で呟いた途端俺の視界は舞い上がり、強い衝撃と共に床に転がった。何が起きたのか、理解できないまま腹にある痛烈な熱さを感じている。瞬間、目の前に黒い靴のつま先が迫った。
《ぐしゃ》
鈍い音がして、俺の鼻からは止め処ない血が噴出した。
ボタボタと目の前の床が赤く染まっていく。
「あ…っつ…あぁっ…!!」
ただ、訳も分らず俺はそう叫んでいた。鼻を押さえて、流れ出す血を止めようと必死になっていた。
「いいか?もう一度確認するぞ…お前は俺の所有物、どんな風に扱おうとお前が意見する権利など無いってなぁ!」
次に聞こえた音はベニヤ板を切るのに似た音でバツン、と酷く耳に響く音だった。
「あああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それは俺の脚から聞こえて振り返った先の手には包丁が、真っ赤に染まった包丁が握られていた。
アキレス腱が切れた音だったのだ。
幸い包丁は骨で止まったらしく、俺の脚はまだ胴体から切り離されていない。
しかし、全身を駆け巡る喩え様の無い痛みが、無意識に張り叫ぶ俺の声が、流れでる涙が、ぐちゃぐちゃになって意識が朦朧としている。
のたうち、転げまわる俺を捕まえて、養父は……いや、サザードは嘲笑った。
そして…俺の下着をズボンと一緒に引き摺り下ろして、突然中に浸入してきた。
俺の血を塗りたくった、それを慣らしていないそこ挿れると、一気に奥まで突き上げる。それでも、毎日慣らされた俺の体はすんなり受け入れ、ギッチリと締め付ける。
「うあぁァッ!サ、ザーッド!!」
ビクン、と俺の体が跳ね上がり目を見開く。苦しい筈なのに、血液が音を立てて肉が擦れ合うのを助けて、すぐに快楽を呼び起こす。
何度も擦りあげられ、腰を叩きつけられて、痛いのか気持ち良いのか分らなくなって俺は必死にサザードに縋り付いた。
「アッ……ふ、ぅ……サ、ザー……ドォ……」
鼻にかかった甘い喘ぎがもれて、俺自身が蜜を垂らす。
「仕込み甲斐のある奴だ……突っ込んだだけで、こんなに濡れてんだからな」
意地悪な声に煽られながら、俺はサザードに快楽を強請った。最早逃れようの無い快感に俺は溺れていく。
しかし、突然の来客で俺の朦朧とした意識は現実に引き戻される。
「アメル!!!」
俺の絶叫を聞いていたのか、レイジが突然玄関を開け放ち、入ってきた。
「レッ…イジ!!」
後ろからサザードの膝に座る形で突き上げられて居た俺の姿はレイジの目に丸見えで、隠し様も無かった。
言い訳も何も出来ない状況なのに、サザードは俺を追い上げ、レイジの目の前で俺は白濁のそれを惜しげもなく吐き出し、注がれた。
「よう、お前がレイジ君か…うちの飼い犬が世話になったみてェだな」
血まみれになった俺を抱き上げてサザードが頬に口付けをしながら厭味に笑う。
「ナイト気取りで来た様だが、生憎取り込み中でね…帰ってくれないか」
サザードに弄ばれながら俺はレイジに縋る様な目を無意識に向けていた。
「ヤダッ…レイジ、見ないで…く…れ」
どうしようもない現状にただ、懇願した。
涙を流しながら、みっともない俺を見ないで、と俯いてサンジの視線から逃げた。
「…アメル…今、助けてやるよ…」
レイジの呟きは、あまりにも穏やかで、サザードはどうするつもりだと嘲笑った。
少しだけ目を上げて見えたのは、レイジの足元に転がるサザードが使った包丁。俺の血で真っ赤に染まったそれをレイジの黒い皮手袋をした手が拾い上げる。
「まさか…お前さん犯罪者にゃなりたくねェだろ?!考え直せよ!!?」
感情の読み取れないレイジの穏やかな微笑がサザードに焦りを与える。
「残念…俺たちゃミセーネンなんだ…虐待を訴えりゃ鑑別所送り程度で終わりさ」
俺は思わずレイジの綺麗な微笑みに見惚れてしまっていた。不思議と俺はサザードが殺される事に何の感情も見出せなかった。
むしろ…やっと自由になれる…そんな風に喜んですらいたんだ。
鈍く、何かが刺さる音が背中で聞こえた。
静寂よりも先にサザードの叫び声が聞こえた。
それでも、俺の心は酷く安らいでた。
『バイバイ、とうさん』
俺は小さく呟いて、中に在ったサザードの名残とお別れをした。
そして……サザードの血で染まった手を見つめて微笑むレイジに抱きつこうとしたのだが、足が言う事を利かなくて、床にへばりついてしまう。
それをレイジが優しく抱き起こしてくれた。それから俺の頬にキスをして、シャツを破いて脚の止血をしてくれた。
鼻は幸い折れてなくて、血管が切れただけだったみたいだ。
「……アメル……これで俺たちは自由だ……愛してる……」
レイジの言葉に嬉しくて、ただ頷き俺は涙した。
それから、俺はレイジの部屋のベッドに寝かせてもらった。
「レイジ、これでもう…ずっと一緒に居られるな!」
優しく俺の頭を撫でるレイジに俺は飛び切りの笑顔を見せた。
そしたらレイジも柔らかく笑って「そうだな」って答えてくれた。
「でも、その前にしなきゃならない事がある……アメル、ここで待っててくれ。すぐに終わらせてくる」
そう言ってレイジは部屋を出て行ってしまった。
する事ってなんだろう、早く戻って来ないかな、そんな事を考えながら俺はウトウトし始めていた。
遠くで子守唄みたいに誰かが騒いでる。
サイレンが沢山聞こえる。
どれも遠くて、微かにしか聞こえない…。
あぁ、サーカスのパレードみたいだ。
レイジが戻ってきたら連れて行って貰おう二人で手を繋いで…。 END
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